
なんとも予想すらしていなかった出来事に直面して、ドタバタした一日となった2月20日。
ドタバタは幸いにして日頃お世話になっている皆さまのお蔭で最小限のダメージに抑えることが出来たのですが・・・。
それはさておき、この日のニュースで気になったのが次の記事。
●都市化で姿消える霊きゅう車 宇都宮、新斎場では乗り入れ禁止
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下野新聞 2008年2月20日
栃木県の地方紙にあった記事ですが、
宇都宮市に新たに出来る火葬場に、宮型霊柩車の乗り入れを自粛するように市が各葬祭業者に依頼した、という内容です。
霊柩車。
ほぼ全ての人が必ず人生の最後にお世話になる車。
霊柩車にはいくつかのタイプがあり、おおまかに四つに分類できます。
「宮型」は日本古来のタイプで、荘厳な造りの"宮"を架装したタイプ。
対して最近増えているのが「洋型」で、こちらは西欧の霊柩車と同様に派手な装飾はなくストレッチしたステーションワゴンといった風体です。唯一、ほとんどの車両に西欧の馬車時代からの名残である金属製の装飾部品が棺室の左右サイドに装着されています。
このほかには遺族とお棺が一緒にに移動できる「バス型」と、葬祭の儀式的な色合いをあまり持たない「バン型」も存在しています。
今回のニュースで取り上げられている「宮型」は、多くの日本人が霊柩車と聞いて頭に思い浮かべる典型的なタイプであると言えるでしょう。
一般的には黒塗りの大型セダンボディをベースに、フロント座席のみを残して後半部を大幅に改造。リアオーバーハングやホイールベースを延長して、後部ルーフやトランクを取り除いてピックアップ形状になった車体に棺室を架装します。
棺室には種類がいくつもありますが、神社仏閣のような装飾が特徴的。金箔が貼られていたり白木で作られていたりという豪華なものもありますし、屋根上に龍などの装飾を載せている場合もあります。
こうした棺室は熟練の職人によって造られますが、その仕上がりは芸術品の域。もちろん柩をおさめるスペースの内部も装飾が施されています。
大変製造には手間と費用がかかりますが、しっかりした造りのものは耐久性にも優れているので、車体のみを更新して棺室は旧い車から新しい車に載せ替えて使われることもあるようです。
しかし近年、都市部を中心に「宮型霊柩車」は邪険な扱いを受けるようになりました。
葬祭場の建設そのものでも近隣住民の大反対が起こることが多いですが、建設反対に留まらず「宮型霊柩車」の乗り入れを拒むケースが増えているのです。
外観がいかにも"霊柩車然"としている宮型を拒み、装飾度合いの低い洋形やバス型などは受け入れるという地域が多いために、日本でも洋型霊柩車が増えてきているのです。
こうした現状を"住民エゴ"と言ってしまうのは短絡的すぎるでしょうか。
人は誰でも必ず死にます。そしてその時に葬祭場は欠かせないものであり、霊柩車は故人を偲び崇める意味を込めて遺体を運びます。そのために日本に受け継がれている伝統や宗教的なものを形にしたのが宮型の霊柩車ではないかと思います。
おそらくはこれを「不吉」などという表現で拒むのでしょうが、逆に一体何が不吉なのでしょうか。
極端に言えば私にしてみれば霊柩車というのは救急車やパトカー、もっと言えば宅配便のトラックと同じように、日常に欠かせない大切な"はたらくくるま"のひとつであり、しかも必ず全ての人がお世話になるという大きな特徴を持っています。
また別の観点からすれば日本の独特な文化や芸術的なものが自動車と合体しているものでもあります。
地域性もあり北陸では赤いボディのものがあったり、名古屋ではとても独特な造りの霊柩車を見ることが出来ますが、これらは民俗学的な考証の素材としても良いかもしれません。
何となくですが、本来であれば人の死ということを正面から受け止めるべきところを、無理に見ないようにしている風潮を感じざるを得ません。
「臭いものには蓋」ではありませんが、墓地や寺社、葬祭場や霊柩車といった人間の営みにとって当然必要であり敬意を持つべきものを排除することが"都市化"だとしたら、何かが間違っているように思います。
ちなみに写真は
沖縄県・
名護市。
この道は国道58号。先にある信号を左折すると屋我地島や古宇利島ですが、それらの島を結ぶ道は海の中を貫くようなロケーションの美しい橋であり、絶好のドライブコースです。
そして左折して最初の短い橋を渡った先には奥武島という小さな島があります。
この島はあっと言う間に通過するのですが、無人島なので誰もその存在を気にも留めないと思います。
ですが、この島は古来沖縄で「死者の島」と位置づけられて島全体がお墓となっていました。そして、この島そのものを住民たちは崇めていたということです。
Posted at 2008/02/21 16:13:20 | |
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