
待望のお盆休みになり三日目ですが皆さんどうお過ごしでしょうか?
今年は休日出勤もどうにか回避でききちんと予定どうり休めそうです。
ちょっと夏バテ気味で疲れているような気がしたのでこの三日間はどこにも行かず家で引きこもり。
で、溜まっていたDVDの鑑賞会。
「八月の鯨」
やっと発売になったDVD。もう十年近くも待った。
VHSはとっくに廃盤になっていたし輸入盤のフランス語字幕は発売されていたのだがどうゆうわけか日本語訳は発売されなかった。
主演は伝説といってもいい往年の名女優、リリアン・ギッシュとベティデービス。
初めて見たのは岩波ホールだったか。もう二十年近く前になる。
リリアン・ギッシュといったら映画がまだサイレント時代だった頃、D・W・グリフィスの「イントレランス」での「運命」のゆりかごを揺らす聖母マリアを象徴した乙女がずっと記憶に残っているのだけれども。
相方のベティ・デイビスはアカデミー賞10回ノミネート、3回受賞。アメリカ映画協会の「最も偉大な女優50人」のランクで2位に選ばれているくらいの女優さん。
その二人が1987年に共演した作品で人生の黄昏を迎えた老姉妹の話。
撮影当時リリアン・ギッシュは93歳、ベティ・デイビスは79歳。おかしなことに作品のなかではギッシュが妹役でデイビスが姉の役と実年齢とは反対の役を演じていたのだけれどもうこの位の歳になるとどうでもいいか。
以下あらすじはネットから引用
サラ(リリアン・ギッシュ)とリビー(ベティ・デイヴィース)の姉妹は60年来、夏ごとにメイン川の小さな島にあるサラの別荘にやって来る。そこの入江に は8月になると鯨が来る。少女の頃、彼女たちはよく鯨を見に駆けていったものだった。しかし、それも遠い昔のことになった。リビーは、第1次世界大戦でサ ラの若い夫が死んだ時、彼女の面倒をみた。しかしリビーは病のため目が不自由になり、今度はサラが2人の人生の責任を持つようになる。リビーはわがままに なり、言葉にとげを持つようになっていた。他人に依存しなければ生きてゆけない自分に腹を立てていた。彼女たちの家には、幼馴染みのティシャ(アン・サ ザーン)や修理工のヨシュア(ハリー・ケイリー・ジュニア)、近くに住むロシア移民のマラノフ氏(ヴィンセント・プライス)らが訪ねてくるがリビーは無関 心を装う。ある日、サラはマラノフ氏を夕食に招待した。リビーとのいさかいで、料理はちょっと失敗だったが、お互いの昔話に2人は時がたつのを忘れた。だ がマラノフ氏は、リビーのとげのある言葉に傷ついて腰をあげる。サラは姉のことを詫び、「貴方は1人かも知れないけれど、自由でうらやましいわ」と言う と、貴方はロマンチストだと笑って、マラノフ氏は帰っていった。リビーは何よりもサラが去って一人ぼっちになることを恐れていたのだ。やがて彼女はヨシュ アが勧めていた、大きな窓を別荘の居間の壁に取り付けることを認めることで自分の思いをサラに届けようとした。そして再び鯨を見ることを夢見ながらの彼女 たちの暮らしは続いていった…。
映画のタイトルになっている「鯨」を見るために、妹はいつも岬へ行く。
8月にやってくる鯨の群れは、彼女たちの「生」の象徴なのか
妹はいつ死んでも構わないという姉にきっぱりとこう言う。
「死にたいのなら姉さんはそうすればいいわ。でも私は死にたくない。
最後まで力一杯生きていくつもりよ」
決して見ることの出来ない鯨を見ようとはしなかった姉だったが、
映画のラストシーンで妹に言う。
「岬へ連れていってちょうだい。鯨を見たいわ」
アメリカ人はこういう文芸作品を作らせたらほんとうにうまいと思う。
アンドリュー・ワイエスやノーマン・ロックウェルの絵にも共通する画面全体から漂う、日本人から見るとちょっとわざとらしいくらいの描写も後になって思い出すとちょうどいいくらいの後味になって記憶に残っているから不思議なものです。
この作品は傑作です。YouTubeで(消されていなければ)全編みられるようです。
なおリリアン・ギッシュは1970年に生涯の業績を評価されてアカデミー名誉賞を受賞。また、1984年にはアメリカ映画協会から生涯功労賞を受賞している。
1999年には、同じくアメリカ映画協会が選出した「最も偉大な女優50選」で第17位に選出された。
1993年2月27日に老衰で死去。生涯独身であった。
ベティ・デイビスは1989年、フランスのヌイイでガンのために死去。
Posted at 2012/08/13 21:41:38 | |
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