
こんばんは~。
本日で今年も終わりますね。
若かりし頃は年末年始は楽しみで、初日の出ドライブとか、テレビの特番なんかを見て
なーんも、考えず年越ししてました。
でも、50を過ぎて、年末年始も仕事もやらなければならない今、色々考えるようになりました。
そんな時に頭の中に思い浮かんだモノ。
それは
一休さん。
実際は
こういうお顔だったみたいですが、
この言葉が、思い浮かんできました。
門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし。
意味は
人生を旅に例えたとき、正月に立てる門松は、
旅の道程の一里塚のようなもの。
門松を立てるということは、ひとつ年を取るということであり、
人生という旅が、また少し終わりに近づいたということでもあるのだよ。
正月はめでたいと言うけれど、
裏を返せば一歩死(冥途=あの世)に近づく日でもあり、
めでたくない日でもあるのだよ。
です。
でも一休さんのお言葉はこれだけじゃあないんですね。
少しだけですが、紹介しましょう。
むさぼりと怒り・恨みの煩悩の根本は、言ってもしょうがないことを言って嘆くことにある
世の中は起きて稼いで寝て食って、後は死ぬを待つばかりなり
つまらぬ争いの根本は、永遠の過去から引き継いだ人間の愚かさ、つまり自分に執着する心情なのだ。それをいつまでも担いで歩けば重かろうに。蝶のあの軽々とした姿に比べて何と愚かなことか
世の中の生死の道に連れはなし。ただ寂しくも独死独来
我はこれ何者ぞ、何者ぞと、頭頂より尻まで探るべし。探るとも探られぬところは我なり
今日ほめて明日わるく言う人の口。泣くも笑うも嘘の世の中
悟りなどないということを悟った
自分の人生は、自分一代のものだ
生まれては、死ぬるなり。釈迦も達磨も、猫も杓子も
世の中は食うて糞して寝て起きて、さて、その後は、死ぬるばかりよ
だいたいの意味はわかります。 まあ これ以外にも様々な言葉がありますが、
他ので僕が好きな格言はこのふたつですね。
この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし、踏み出せばその一歩が道となる、迷わずゆけよ、ゆけばわかる
と
大丈夫だ、心配するな、なんとかなる
です。
最後に載せたこの言葉。
あわてないあわてない。一休み 一休み。がアニメでありましたがそれに通ずるものがありますね。
みんなも僕もひとつ、歳をとりますが、一休さんのこういう言葉を拝見していたら、なんか、
細かい不安とか悩みも何処かへ行ってしまうくらい、落ち着くことが出来たような気がします。
http://meigen.keiziban-jp.com/sou
ここに名言が載ってますのでご興味のある方は見てみたらいいですよ。
今年もいろんなことがありましたが、来年も平々凡々な年にになればいいと思っております。
では今年のブログはこれにて。
明日も仕事ですのでおやすみなさい。
Posted at 2017/12/31 20:02:59 | |
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