ダイハツ タント開発者「 ミラクルオープンドアは量産が難しい 」
「2014年に日本で一番売れたクルマ」ダイハツはタントの開発者インタビューです。
日本一売れたクルマを作り上げたエンジニアはどんな人なのか
何を考え、何を目指してタントを作ったのか。
お話を伺うのはタント担当のエグゼクティブ チーフエンジニア、片山英則さんである。
F: なぜタントは日本一売れるクルマになったのでしょう。
どこが市場に評価されたのだと思いますか。チーフエンジニアとしての自己分析をお聞かせ下さい。
片: うーん、何でだろう(笑)。ヤマグチさんは何でだと思いますか?
F: そうですね。やはりあの軽らしからぬ圧倒的な広さでしょうか。
片:そう。軽自動車の大きな流れから見ると、(魅力は)やはりスペースです。昔はウチで言ったらミラとかスズキさんで言えばアルトなどの“小さい軽”が売れていた。しばらくするとムーブやワゴンRなどが売れるようになり、それから初代のタントが出た。「モアスペース」と僕らは言っていますけれども、より大きな軽、車内スペースの広い軽が売れるようになってきたのです。今までの軽よりも広い軽。2003年に我々がタントを発売して、そうした市場が育ってきているのです。
F: モアスペース、なるほど。今までよりもっと大きく、もっと広く、と。
そしてその「でっかい軽」のパイオニアはタントである、と。
片: はい。このクルマは3代目で、僕が担当したときには、初代と2代目とを合わせて既に100万人ものユーザーがいらっしゃいました。
F: ひええ。タントだけで100万人!
片: もともと初代タントを出したときは、「こんなに広い空間なんかいらんだろう」と周囲に言われたんです。こんなにダダッ広くて、頭の上なんか、高くても何も使わないじゃないかと。重量ばかり嵩んで、しかも背が高くて風でフラフラするじゃないか、とかね(苦笑)。回りからは結構ブーブー言われながら出したんです。でもやっぱり、家も天井が高いほうが気持ちが良いわけで。
F: それはそうです。家でもクルマでも、キュウキュウに狭いよりも、
広く高い方が間違いなく気持ちが良い。
片: そう。やっぱりそれが受けたんです。だからこそ、この市場が成長していったのだと思います。ウチには既に「でっかい軽」のユーザーさんが100万人ぐらいおられましたので、他社さんよりアドバンテージも有りましたし。
F: 一方で、市場を切り開いたパイオニアには必ず追随者が出てきます。
タントには既にいくつかの“そっくりさん”がいますよね。 その中でタントの圧勝(2014年1位のタントは23万4456台、2位のN-BOXは17万9930台、スペ-シアは9位で12万1086台)はどうしてでしょう。何が決定打になったとお考えですか。
片: 機能的にはやはり「ミラクル」「オープン」「ドア」(注:正式名称はミラクルオープンドア)ですね。あれはやはりお客様に喜ばれます。助手席側ドアを開けた時、空間がパッと広がるでしょう。あの開口部を初めて見たお客さんは、皆さん一様にびっくりされるんです。そして実際に暮らしの中で使っていくと、非常に使い勝手がいいことに改めて驚かれる。F: はい。私も最初に見た時は驚きました。あのガバっと開く開放感は大変なインパクトが有る。しかし一方でBピラーが無いという“怖さ”もあります。走行時の剛性は確保されているのか、横から衝突されたらヤバくないか、という。
やはりピラーがないので安全面に不安がある、と躊躇される方もおられます。そこは一長一短なんですけれども、あの開口部はやはり強みと言えますね。
F: どうして他社はピラーレスのマネをしないのでしょう。
タントの成功を見て、美味しい市場であるのは分かりきったことなのに。
片: それは、あの機構を作るのがとても難しいからです。設計する段階でも念入りな強度計算が要りますし、図面を起こしたら今度は生産するのがとても難しい。ええ、壁は“生産”です。量産することです。試作車をポコっと1台作ることはできても、そのクルマの品質を安定させて大量に生産するのはとても難しい。ウチがあの形のクルマを出して、市場に評価されたからといって、ヨソさんが簡単にマネできるものじゃないんです。
F: なるほど。生産するのが難しい。
片: 難しい。非常に難しいです。少しでも組み付けの精度が狂うと、とたんにドアがスムーズに閉まりにくくなったり、雨漏りしたりする。あのボディは組み立てるにもノウハウが要るんです。量産車で雨漏りなんかした日には、それこそエラいことになりますからね。そんな事にならないよう、予算と睨めっこしながら工程を組むのですが、その辺の管理がまたとても難しい。ミラクルオープンドアと言っても、ただ単純に大きく開くだけじゃないんです。
※現代自動車の新型SUVで雨漏り騒ぎが有り、購入者数十名がソウル中央地裁に提訴するという事件が起きた。片山さんの言う「エラいこと」は、僅か1年半前に実際に韓国で起きていることなのだ。
F: あの広大な開口部を確保して、さらに強度を維持するとなると、
設計だけでなく、生産も難しいと。あれだけガバっと横が開くからには、
どうやっても剛性は落ちますよね。やはり。
片: そのままにしていれば、当然剛性は落ちてしまいます。だからタントはドアのところに補強を入れてあるんです。ドアを閉めると、ドアの中に入っている柱が車体とカチッと結合してピラーの代わりになる訳です。走っているときは必ずドアを閉めますよね。ピラーと同等以上の補強をドアに入れて、それで高い強度と剛性を実現しています。うんと丈夫な補強を入れているので、側突(側面衝突)のテストをすると左の方が右よりもかえって強いぐらいで(笑)。
F: 側突の実験で、ピラーの無い左のほうがかえって強くなった。それは面白い話ですね。それじゃもう左右どちらからでも、どうぞ好きな方からブツけて下さい、ということですね(笑)。
片: いやブツけてもらっては困るのですが(苦笑)。でも本当に安心して頂きたいですね。イメージとして、どうしても「ピラーがない」と思われてしまうのですが、そうではないんです。我々も2代目のときにピラーレス、ピラーレスと言ったのが良くありませんでした。本当はピラーレスではなく、ピラー・イン・ドアなんです。そのことは十分ご理解頂きたいです。
F: いずれにしても、この機構は2代目タントから。
片: はい。2代目から採用しました。
F: 失礼ながら、その時はかなり酷評されたと記憶しています。
剛性が弱い、ふにゃふにゃしている、と散々な言われようでした。
片: 一部ジャーナリストの方で、そのように言われた方はいたかも知れません。ですが実際にタントに乗っているお客さまから、剛性が足りないとか、走っていてふにゃふにゃした、などのネガティブなお問い合わせは一切ありませんでした。更に3代目は、助手席側の補強だけでなく、ボディ剛性自体も上げています。
F: なるほど。ではドアを閉めるとBピラーの代わりになる柱がボディと結合される。
その仕組みを詳しく教えて下さい。
片: ドアの中の支柱の上と下にロックがあって、ドアを閉めるとそれが車体側とガチャっとロックされます。上下同時に噛ませるのが、実はなかなか難しい。ドアの立て付けがほんの少しでも狂うと、下が嵌っているのに上がダメとかね。ここは作り込みに時間をかけました。
F: この支柱のロック機構は自社開発なのですか、
それともどこかのベンダーが開発したものですか?
片: この部分はアイシン精機さんです。登録車の方で先行して……さっきお話した、ラウムとポルテとかで実績がありましたから、そういう技術を教えていただきながら、軽に合うようにアレンジして入れて行きました。
因みにアイシン精機もトヨタが発行株式数の23.2%を保有するトヨタ系列の会社である。タントのミラクルオープンドアはトヨタグループが総力を結集して……と表現したら言い過ぎだろうか。 次号ではN-BOX、スペーシア等の“そっくりさん”達の話も交えながら進めていこう。 タントの開発者インタビュー。次号へ続きます。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20150428/416383/?ST=AT