皆様お久しぶりです。
今年はお嬢(長女)も高校生になりましてまた、次女は中学2年生思春期に入り、ご飯を食べる量もすっかり増えて、好きなアイドルに夢中になっています。
そんな今年ですが新たな人生の分岐点に遭遇して舵取りをしてまいりました。
どんな人生の分岐点可と申しますと実は・・・・
転職しました。!!
っても同業他社へです。
去年の秋辺りから、お誘いはありましてずいぶん悩みましたが、条件も良く年齢的にもう最後のチャンスかと思いまして4月の初旬に転職しました。
入社してからは仕事の内容的にあまり変わりはありませんが転職して良かった事が3つありました。
1つ目は社長を含めて同世代で新しいアイデアが生まれやすいのと話しやすい環境に尽力して仕事がしやい、また休暇にも力を入れていて、夏季休暇や土曜日(取得できなければ代休)などの休みが取得しやすい。
前の会社ではなかなか取得できなかった。(泣)
2つ目は20代の若い社員さんも居て、とても前向きで嫌な仕事から逃げず仕事自体に興味を持っていて楽しい。
トイレ掃除なんて自ら進んでされていた事にびっくりしました、後で聞いたら自分が使う所なので汚れてたら嫌なのでしているとの事でしたが、その前向きさが良かったです。
3つ目は社用車がオール日産車で尚且つ新車しか社用車にしていない事
ちなみに、社長はセレナ、専務がキックス、部長がノート、営業部長はリーフそして私は・・・
働く車NV100バンです!!

久しぶりにこのマークを見ます。♪

車内も広く荷物も載せられて5速ATで燃費がいいです♪
走りは変速時にクラッチが離れるような感じでアクセルを踏み続けると急に腑抜けの様な感じになります。
なので加速が苦手で、高速道路の合流は不得意かも。
10年近く前に同じ車種に乗られてたみんカラのお友達が「ATの方が好みでCVTの滑る感じが苦手」とお話しを頂いた事がありましたが、それに近いかもって思う感じです。

ナビもついていて近年のナビはテレビを見ても映像が綺麗ですね♪
オープニング画面は新しい日産のマークが出ます。
モニターの映りも14年前のナビとは全く違う・・・
ナビは
日産純正ナビでMJ122D、シンプルな機能しか無いナビで、金額を見るとなかなか高額でした。
DVDが見れないのでナビを使っていた14年前ナビを使用するかと考えましたが、ドライブレコーダーと連動しており諦めました。。。
ちょっと辛い所はシートが一体型、シート表面がビニールでお尻が蒸れます。
車内が広いのでエアコンの効きが悪い、純正ナビのDVDが見られない・・・
ナビの表示でガソリンスタンド・コンビニ等銘柄が出ないと色々ありまして、ナビ自体変えたくても、ドライブレコーダーの記録の本体となっているので交換できないです・・・
けど社用車はありがたいです。
ヘッドライトはオートライトで走り出すと勝手に点灯してくれます、またカメラが付いていて衝突防止もしてくれます。
ヘッドライトはLEDに変えますけど・・・
頑張って稼いでワゴンもしくはノートを乗らせて頂けるように頑張ります♪
転職に伴う時間の余裕が出来ましたので、随分前から見学したかった旧甲子園ホテルに行ってまいりました。
旧甲子園ホテルは建築家
フランクロイド・ライトさんが来日して
帝国ホテルの設計者ですがその際に愛弟子がいまして、その愛弟子が
遠藤 新(えんどう あらた)さんです。
フランクロイド・ライトさんが残した仕事を最後までやり遂げたのちに、今回見学した
旧甲子園ホテルの設計をされました。
因みにその旧甲子園ホテルの支配人は
林 愛作さんです、数奇な運命で帝国ホテル建設時も支配人をされていて建設費用がかさんで解雇されて、再出発でもありました。
純粋に日本人だけで設計した建物でもあります。

建物の外壁はボーダータイル(細長いタイル)と
石材(日華石 にっかいし)
屋根は瓦を使用された建物で、ライト建築と同様に水平垂直方向にこだわった建物でもあります。
下記は過去に見学した建物です。
よく似たデザインです。

フランクロイド・ライトさんが設計した帝国ホテル(2022年8月明治村で撮影)
2本の煙突が特徴的で、石材は栃木県で産出された大谷石(おおやいし)。

同じ時期に帝国ホテルの片手間に設計した
ヨドウコウ迎賓館(旧山邑家住宅)
煙突と水平、垂直が特徴的な建物です。(2021年9月撮影)
最後竣工までしたのが遠藤新さんで今回ご紹介する建物を設計された方です。
石材は同じく大谷石
それでは中へ・・・・

シャンデリアのデザインが独特でした。

映画やドラマでも使用された建物です。

建物内部を説明を受けながら回っていると美しいガラスの装飾に出会います。

各所が美しいです。
噴水がありましたが
私個人的には好きでした。
冬の早朝には動画のような幻想的な光景が見られるそうです。

うちでの小づちがあちらこちらでデザインされています。
因みに噴水にもデザインされています。

入り口、生徒さんがスケッチされてました。

ホールの光景(ライト建築でも見られますが入り口を狭くして扉をくぐってから広く見せる手法を取られています。)
ホールの天井は改修工事でこのようなデザインかと思いきや竣工当時のままのデザインです。
後に分かりましたが天井の白色はガラスでは無く障子紙でした。

ホールの装飾は石膏です。
(損傷している箇所で教えて頂きました)

次に現在製図室で使われている部分の天井ですがあのヨドコウ迎賓館、帝国ホテルでも見られる手法が取られてました。
美しい・・・です。

旧甲子園ホテルの天井

ヨドコウ迎賓館の天井(2021年10月撮影)

旧帝国ホテルの天井(明治村2022年8月撮影)
3つとも似た天井です。

ホールのスライドサッシは大きくしたい為、サッシ枠にワイヤーを仕込んでおもりを入れて重いサッシを動かせる様にしていたそうです。
窓を見ると美しい建物が見える様になっており絵になる場所です。

撮影ポイントですと言われた場所がこの場所でここから撮影するとまた綺麗です。

庭園をぐるりと廻り再度中へと入りますが、一回テラス部分の石材は剥落する恐れがある為石に穴をあけて固定しているそうで2枚目のアップ写真で見ますと上と下で色が若干異なります、綺麗に分からないように改修されてます。

気になったのが瓦を外していることに気になりました。
何故かと聞いてみると、「新築当時の色を再現するため」だそうで瓦を外すと重ね部分が新築時の色が確認できるので、新調する瓦の色確認を行う為に26回試験焼きを行ってるそうです。
たまにお寺などで瓦を見て頂く分かりますが年ごとに改修した時で色が変わります、瓦の色を同じ色なんてものすごく難しいのに・・・・

外壁タイルは当時の部分が多く残っており、当時均一なタイルが作れなかったのがうかがえます。
この当時はタイルが同じ焼き窯の中でも高温低温によって色が変わります、なので所処に茶色に見える場所がまさにその部分です。

屋上に上がると排水溝に「☆☆☆田島」と書かれた排水溝が・・・
今は「田島ルーフィング」と言う会社で屋上防水材を作っているメーカーさんです、歴史は古くて鉄道の屋根をアスファルト(タール)を含ませた不織布でつけたのが最初と言われてます。
※今の屋上も同様にアスファルトを含ませた繊維を張り付けていますが、アスファルト(タール)が紫外線に大変弱い為、砂をまぶしておりその砂で太陽の光を乱反射させて今でも守ってます、更にその砂を保護や反射をして保護する為保護塗装を行っている為、グレーや白っぽい色、緑等が塗られてます。

屋上の丸環はホテル当時に屋上でビアガーデンをする為、提灯を設置する時にロープを張る時に使用されたそうです。

庇は私の憶測ですが片持ちだと負荷がかかり当時はまだ構造的に強力なものが出来ないから穴を空けて軽量にしたか、もしくは光を取り入れる為にしたのかはわかりません。

建築模型製作用品の売店の土間タイルは泰山タイルと呼ばれる京都のタイルです。

ここで面白いのはタイルは瓦と同じく試験焼き(試し焼き)があります。
その破片を使用したタイルなので色々な色があります。

中には裏側をしようしていたり、その裏側は窯の場所を書いています。

竣工年をデザインされたり。

後はタイザンと書かれたタイル。

緑青(銅製)じゃ~無いんだ!!と驚いた瓦製の装飾です美しい

ホテル営業当時のパフレットと、日報

床のフローリング仕上げが
ヘリボーン貼りで美しいです。
奥の黒いのは室内暖房器具で裏側にボイラー蒸気配管の跡部分です。
正面玄関から見て塔の様な部分は煙突で、一つがボイラーでもう一つが厨房だったそうです。

設計した遠藤新さんがデザインして好んだ椅子。
実はこの椅子ですが、師匠のフランクロイド・ライトさんへホテル竣工時写真を送ってますが、返事が返ってきた内容が「写真拝見しましたバーも良いですね~その椅子以外は」とちょっとけなしてます。(汗)
座った感じは良いんだけどな・・・
このホテルの建設時、施主は阪神電鉄で竣工した14年後に太平洋戦争その後野戦病院、戦後は駐留米軍の将校宿舎、誰も手付かずのお化け屋敷状態で荒れ放題、武庫川女子大学が購入して改修と運命が大きく変わる建物でした。
阪神淡路大震災時は改修工事が良かったのか殆ど被害はなかったそうです。
※帝国ホテルも施工中、関東大震災を受けたが殆ど被害はなかったそうです。
構造的に頑丈なのかな・・・・

最後に予約して見学をさせて頂きましたが、武庫川女子大学の建築学科キャンパスってこともありまして説明していただく方の建物への説明が深くて、知らないって言葉が無く驚きと感動しました。
しかも見学料を取らず無償で見学と説明を受けたことに感謝です。
一番の後悔はカメラの調子が悪くて一眼を持ってこれなかった事です。(泣)
また違和感を感じさせない様に改修工事を行う事にも勉強となりまして、転職の束の間に工芸品の様な建物を見られて癒しにもなりました、これからまた頑張ってまいります♪