現在、ロール軸とステア特性との関係について基本的な部分をひとつの記事にまとめたものを書きたいと思って執筆中なのですが、それにあって少し調べものをしていたら「おや?」と思う記事が目に止まりました。
ちょっと古いのですが、2台目インプレッサWRX STiがデビューした際に書かれたレスポンスの記事です。
https://response.jp/article/2000/10/24/5117.html
以下、大事なところだけ引用します。
「ロール軸を前下がりとすることで、リアの追従性向上と気持ちのいい走りを目指しました」とシャシー設計部機構設計課の高津益夫課長は語る。
ロール軸が前下がりになるとハンドリングが敏感になる反面、オーバーステア傾向になると思いがちだが、そうではないと言う。
「フロントのロールセンターは変えずに、リアのロールセンターを40mm高くすることでロール軸を前下がりにしたので、リアの追従性を向上させることが出来たわけです。これは、リアのクロスメンバーを上に移動し、それに伴ってデフの位置も上げるという大手術を行って実現しました」
ロールセンターを上げることで、コーナリング時にトレッドが動的に広がり、グリップ限界が向上する。結果、絶対的な運動性能の高さ、リアが落ち着いた安心感のある走りを実現したということだ。
記事はスバルのシャシ設計部の方にインタビューされてるので間違ったことは書かれてないと思うのですが、それにしても「ロールセンターを上げることで、コーナリング時にトレッドが動的に広がる」というのは本当でしょうか?
なんとなく逆のような気がするなぁ…。
実際そうだったとしても、スバルとして「絶対的な運動性能の高さを実現した!」と主張するような規模ではないように思いますし、なんとなく記者の方の解釈とスバルの本来の主張との間に少しズレがあるのではないか?と思って、気になったのでGDBの新車解説書を調べてみました。
リヤサスについては次のように書かれています。
[2]リヤサスペンション
・4WD車は、操舵時のリヤサスペンションの沈み込み低減によるロール感の向上と車線変更や障害物回避、旋回制動時の動的安定性を向上させるため、リヤ・ロールセンターアップを行い、前下がりロール軸を実現させました。また、従来に対し、ホイール・ストロークによるトー変化を小さく抑え、外乱が入力された場合の優れた安定性を実現しました。
・4WD、2WD共に従来に対し、イニシャル・キャンバー角をよりネガティブ化して旋回時の車両姿勢変化による旋回外側の対地キャンバー角度を小さくするようにして旋回性能の向上(リヤ追従性向上)を図りました。
・WRXは、全車トレッドを拡大し、ロール剛性をアップして旋回時のロール角を抑制しました。新開発のパイプ製ラテラルリンクを標準装備し、バネ下重量の低減により快適な操縦安定性を確保すると共に、乗り心地を向上させました。一部のワゴン(I’s、I’s-s)は前後共パイプ製を採用しました。
・スタビライザーは、ワゴン一部車種(I’s、I’s-s)を除き、全車に設定しました。
・ヘルパーは滑らかな非線形特性と耐久性に優れたウレタン製を採用しました。従来のものに比べ長さおよびヘルパークリアランスの最適化を行い、積載時の操縦安定性を実現させ、乗り心地とロール剛性の両立を図りました。
操舵時の沈み込み低減と、全車トレッド拡大の記載がありますが、リヤロールセンタを上げたことによってトレッドが拡大したということを示唆する記述はありません。
サスペンションの話としてはちょっと込み入った部分なので、もしかしたら記者の方がいろいろごっちゃになってしまったのかもしれませんね。
操舵時の沈み込みについて、コーナリング中のクルマにかかるジャッキアップ/ジャッキダウン力のことはあまり書いてこなかったのですが、左右タイヤそれぞれのコーナリングフォースがアームの角度分だけ車体を持ち上げる/沈み込ませる働きをすることで、左右のサスペンションストローク量に差が出て、結果として重心そのものが持ち上がったり沈み込んだりすることを「ジャッキアップ(またはジャッキダウン)現象」と言います。
ジャッキアップ/ジャッキダウン量は基本的にゼロであることが望ましいものの、全くゼロにするのは難しく、ストラットの場合は基本的にジャッキダウン傾向なので、GC8→GDBへのフルモデルチェンジの際にリヤのジャッキダウン特性の改善が図られたようです。
このあたり勘違いしやすいのですが、ジャッキアップ/ジャッキダウンはあくまで内部力の働きによる見かけの動き(=姿勢の変化)であり、荷重移動量は変わらないのでその点ご注意ください。
ところでロールセンタ高さに関して、KYB株式会社『自動車のサスペンション』には次のような記載があります。
「サスペンションの形式によっては、ロールに伴うサスペンションのストロークによりトレッドが変化する。例えば、図3-34のようにバンプに伴ってタイヤトレッド中心が内側へ移動する場合には、タイヤに内向の力が発生しコーナリングフォースは増すことになる。トレッドの変化の軌跡はロールセンタを中心としたタイヤ接地面の動きであり、ロールセンタが高いほどトレッドの変化量は大きくなる。この特性を利用して前後輪のロールセンタの高さを変えると、ロール時のヨー方向の動きを変えることができる。前輪に比べて、後輪のロールセンタが高いと、ロール過渡状態での後輪コーナリングフォースが大きくなり、ハンドリングに対するレスポンスを良くすることが出来る。」
新車解説書の記載のうち「車線変更や障害物回避、旋回制動時の動的安定性を向上させるため、リヤ・ロールセンターアップを行い、前下がりロール軸を実現させました」という部分はこの働きを意識して書かれているように思うのですが、でも冒頭の記事に書かれている「コーナリング時にトレッドが動的に広がる」というのが本当だった場合、スカッフ変化の向きが反対側になるので、この働きは作用しないことになります。
WEB雑誌の記事が新車解説書よりも正しいということはないと思うものの、全く見当違いなことが書かれているようにも思えないし、一体どういうことなんだろう?気になっていたところ、ちょうど都合よくウチの職場に丸目GDBが入庫したので、必要箇所の寸法を測定し、それを元にトレッド変化量を計算してみました。
といってもトレッドそのもの(左右タイヤの接地中心間の距離)の変化にはキャンバ変化の影響が含まれてしまうので、今回は左右ロアアームのハブキャリア側取付点間の直線距離が広がるか狭くなるか?ということをもってトレッド変化を求めることとします。
また、ロール時のバンプ側とリバウンド側のストローク量に差はないものとして計算します。
それではさっそく、計算してみましょう!
うーん、リヤロールセンタを高くしていくと、トレッド減少量が大きくなる(つまりトレッドが狭くなる)ようです。
新車解説書の記述とは矛盾しませんが、WEB記事の内容とは食い違ってしまいますね。
ただ、この結果は「バンプ側とリバウンド側のストローク量に差がない」という前提で算出したものです。
実際にはデュアルリンク式ストラットなので、横Gがかかるとジャッキダウンします。
具体的にどのくらいジャッキダウンするか?というのは、ロールの各段階における荷重移動量が分からないので算出できないのですが、今回は大体の傾向を知りたいだけなので、仮にバンプ:リバウンドの比率が1.1の場合と1.2の場合で計算してみて、その傾向を見てみることにします。
↓結果がこちら。
【バンプ:リバウンド比率1.1の場合】
【バンプ:リバウンド比率1.2の場合】
おおお…!マジか!
自分でも予想外だったのですが、ジャッキダウンする前提であればロールセンタを上げたほうがトレッド減少幅が小さくなるようです。
この計算結果は「ロールの各段階でバンプ:リバウンドの比率が一定である」前提となっており、厳密に言うとこの比率はロール角が大きくなるほど(地面に対するアームの角度変化が大きくなるほど)大きくなるのですが、「どこかの段階で1.1あるいは1.2になることはあるだろう」という意味では参考にはなるのではないかと思います。
実際には1.05とか、もっと少ないかもしれませんが、変化を分かりやすくするために1.1と1.2にしました。
さて、そうなると今度は逆に、ロールセンタを上げたことでロール時のトレッドが(ロールセンタが低い状態に比べ)広がったことになり、スカッフ変化によるコーナリングフォースが使えないことになります。
でも新車解説書にはしっかり「車線変更や障害物回避、旋回制動時の動的安定性を向上させるため~」と書かれていますね。
うーん?おかしいな?と思ったのですが、よく考えたら車線変更や障害物回避、旋回制動時というのはロール角が小さい範囲のことであり、それに対してWEB記事がいうコーナリング時のグリップ限界うんぬんはロール角が大きい範囲のことです。
ロール角が小さい範囲ではジャッキダウンも少ないので、その過渡領域の反応としてリヤコーナリングフォースが発生することで安定性を得ることができ、ロール角が大きい範囲ではジャッキダウンが進むため、今度はトレッド変化が小さくなることで運動性能を保てる。
という意味でどちらも両立しているのかな?と思いました。
まぁどちらにしても規模としては小さいというか、新車解説書で「沈み込みは少なくしました」って言っちゃってるのでジャッキダウンの影響は少ないということを考えると、WEB記事で書かれているような「グリップ限界ガー!」「絶対的な運動性能の高さガー!」というのは大げさだろうと思うのですが、そこはメディアの常としてスルーしておくことにしましょう。
結構楽しめたので満足です^^
どうでもいいけど今まで僕エクセルで三角関数の計算をしたことがなかったので、今回初めて使ってみたら勉強になりました。
電卓による手計算ではちょっと厳しい部分なので、改めて「エクセルすげぇ便利!」と思った次第です(笑)
ブログ一覧 | 日記
Posted at
2024/05/30 12:33:35