皆さんはサーキット走行やジムカーナ、峠アタックなどはされますか?
「1秒でも早く走りたい!」と思うと、車高調をいじってアンダー/オーバーといったステア特性の調整をしたりしますよね。
フロントのばねを硬くするとアンダーになるとか、リヤの車高を上げるとオーバーになるとか、そういったことはよく耳にすると思います。
ただ、それが具体的にどういうメカニズムでそうなるのか?ということに関しては、あまり雑誌やインターネットの記事で扱われることがないので、知識として普及していません。
メカニズムを知っているからと言ってすぐに速いセッティングが出来るわけではないのですが、根本的な部分を理解していると「今の課題を解決するにはこれが必要だな」とか「これはあまり意味がないな」といったようなことが分かるので、足回りの不満点について「どうやったら解決するんだろう?」と悩むことが少なくなりますし、巷に溢れるトンデモ理論に惑わされることもなくなります。
そんなわけで今回はステア特性の調整について、タイヤが持つ物理特性の観点から1つの記事にまとめたいと思うのですが、ちょっと話が長くなるので、読みやすさのためにまず最初に要点だけを箇条書きにして、その後でひとつずつ詳しく見ていく、という書き方にしますね。
【今回の要点】
(1)ステア特性の調整とは、タイヤのコーナリングフォースの前後バランスを調整すること
(2)コーナリングフォースは左右の合計で考えることが大事
(3)荷重移動が大きいほど、左右の合計値は減る
(4)荷重移動の前後バランスを決める2大要因「ロール剛性」「リンクの角度」
(5)ロールセンタの高さによって各要素の「影響度合い」が変わる
なお、内容としては過去数回に分けて書いた記事とほとんど同じものなので、「これ読んだことあるよ!」って方は悪しからずご了承ください。
さて、まずは(1)「ステア特性の調整とは、タイヤのコーナリングフォースの前後バランスを調整すること」についてですが、これはまぁ文字通りですね。
前後バランスとしてフロントタイヤのコーナリングフォースが上がればクルマは曲がりやすくなりますし、リヤのコーナリングフォースが上がればクルマは安定します。
ただ、サスペンションの話は「フロントがロールしやすいからアンダーで…」とか「リヤが突っ張るからオーバーで…」といったような言葉で表現されることが多く、それだけだと最終的に何がどうなってアンダーやオーバーといった特性の変化に繋がるのか?といったことが分からないので、ばねやスタビ、減衰力の話であっても最終的にそれがコーナリングフォースの前後バランスにどう関わるか?ということを意識しながら考えることが大事です。
つぎに、(2)「コーナリングフォースは左右の合計で考えることが大事」についてです。
一般に運転の上手な人ほど荷重移動もスムーズにされると思うのですが、例えば「荷重をしっかりかける」とか「タイヤをしっかり潰す」といった表現からも分かるように、基本的にドライビングテクニックとしての荷重移動は荷重が増える側のタイヤ(アウト側のタイヤ)のことしか意識されません。
ドライビングテクニックだけの話ならそれでもいいのですが、でも、そのとき荷重が減る側のタイヤ(イン側のタイヤ)が全く仕事をしていないわけではないですよね(FFのリヤが浮いたときなどを除く)。
フロントタイヤは2本ありますし、リヤタイヤも2本あります。
なので、アンダー/オーバーといったステア特性の話をするときは、左右合計のコーナリングフォースを考えることが大事になります。
つぎに(3)「荷重移動が大きいほど、左右の合計値が減る」についてですが、まずはこちらのグラフをご覧ください。
このグラフは、
本田技術研究所の論文サイト掲載「フラットベルト式 サスペンションタイヤ試験機」(酒井智紀、日下馨、佐藤祐二)のFig.10を参考にして、それとほぼ同じになるように描き出したものです。
グラフの縦軸がコーナリングパワー(単位角あたりのコーナリングフォース)、横軸が荷重になります。
これを見てわかるように、タイヤにかかる荷重を増やしていったときのコーナリングパワーの増え方というのは正比例ではありません。
荷重が増えればコーナリングパワーも増えますが、かかる荷重が大きくなるほど増えにくくなっていくという性質があります。
ある点を過ぎるとむしろ減少します。
これをタイヤグリップの荷重に対する非線形性といいます。
ところで、1Gのときのフロントタイヤ1輪にかかる荷重が仮に4000Nのクルマがあったとしましょう。
このクルマがコーナリングすると、荷重移動によってイン側の荷重は減り、アウト側の荷重は増えます。
例えば2000Nの荷重移動が起こると、内輪荷重は2000Nになり、外輪荷重は6000Nになりますね。
すると、グラフ上ではこうなります。
ここで、イン側とアウト側それぞれのタイヤのコーナリングパワーがどう変わったか?に注目してください。
アウト側のコーナリングパワーは増えました。
増えましたが、あんまり増えていません。
そして、イン側のコーナリングパワーはたくさん減ってしまいました。
さて、イン側とアウト側の合計を計算してみましょう。
荷重移動する前
内輪1300N + 外輪1300N =
合計2600N/deg
荷重移動した後
内輪800N + 外輪1420N =
合計2220N/deg
荷重移動したことで、合計のコーナリングパワーは減ってしまいました。
タイヤのこのような特性が、ステア特性を考える上で一番根本的な部分になります。
ばねを変えてステア特性が変わるのも、車高の前後バランスを変えてステア特性が変わるのも、タイヤのこのような特性によるものです。
スポーツカーの重心を下げるのもここに理由があります。
クルマの重心が高いと同じ横Gでもたくさん荷重移動してしまう、するとトータルのコーナリングフォースが減ってしまい速く走れないので、少しでもグリップを稼いで運動性能を上げるために重心を低くするわけです。
さて、このようなタイヤの特性について確認できたところで、ここからはいよいよサスペンションの調整の話に入っていきます。
まずは(4)「荷重移動の前後バランスを決める2大要素」についてです。
【ロール剛性に関わるもの】(代表例)
・コイルスプリング
・スタビライザー
・バンプラバーの潰れ具合
など
【リンクの角度に関わるもの】(代表例)
・車高
・ロールセンタアジャスタ
・ダンパの減衰力
など
例えばフロントのコイルスプリングを硬く、リヤを柔らかくすると、クルマがロールしたときにフロントのほうがたくさん荷重移動します。
そして先ほど確認したように、タイヤグリップには荷重に対する非線形特性があるので、フロントがたくさん荷重移動するとフロントのコーナリグフォースの左右合計が減ってしまうことから、クルマは曲がりにくくなります。
ただ、荷重移動の前後バランスを決める要素というのはそれだけではありません。
荷重移動の前後バランスは、サスペンションリンク(またはサスペンションアーム)の角度によっても変わります。
例えばリンクが地面と平行の状態から車高を上げると、リンクはハの字を描くことになりますが、このとき、リヤは地面と平行のままでフロントのみ車高を上げた場合、ロールしたときにフロントのサスペンションリンクが突っ張るような状態になることで、フロント側が負担する荷重移動の割合が高くなります。
気をつけて欲しいのですが、ここで発生する荷重移動量の前後差はあくまで前後バランスとしてそうなるのであって、クルマ全体としての荷重移動量がそのぶん増えるわけではありません。
クルマ全体の荷重移動量は車重、横G、重心高さ、トレッドの4要素で決まるので、そこからさらにロール剛性やリンク角度などによって前後のバランスが変わるということです。
余談ですが、ときどき「フロントのロール剛性を上げると、リヤに対してフロントのロールが小さくなるので、クルマは曲がりにくくなる」といったような表現を目にします。
「フロントのロール」「リヤのロール」と考えたい気持ちは分かるのですが、ロールというのは前後ロールセンタを結んだロール軸を中心にボディが回転する運動であり、ロール角とはボディの回転角度のことを指すので、ボディがねじれない限りフロントとリヤのロール角は同一です。
逆に言えばボディ剛性って重要だねって話にもなるのですが別の話題なのでここでは割愛します。
走行中のクルマはロールだけでなくピッチングするのでこのあたりちょっと複雑なのですが、あくまで「ボディがねじれない限りフロントとリヤのロール角は同一である」というのは変わらないのでご注意ください。
ロール剛性やリンク角度で変わるのはロール角の前後バランスではなく、荷重移動量の前後バランスです。
ところで、車高や減衰力がどうしてリンクの角度に関わってくるのかというと、それらを変えると実際の走行中のリンク角度が変わるからです。
車高を変えるとハの字の角度が変わるので、そこから一定角度ロールさせたときのリンクの角度も、車高を変える前と後で変わります。
したがってそのことよる荷重移動量の前後バランスの差というのが生まれ、ステア特性が変化するわけです。
また減衰力に関してはロールやピッチングの速度が変わるので、過渡期の挙動が変わります。
減衰力が小さければより早いタイミングでリンクの角度変化が大きくなりますし、減衰力が大きければリンクの角度変化がより遅くなります。
例えばリヤの減衰力を最弱にして走ると進入でオーバーになる、というのはそのためです。
ただしロールが頂点に達して定常円旋回のモードに入ってしまうと、サスペンションリンクは動かないので、減衰力は関わりません。
そして最後に(5)「ロールセンタの高さによって各要素の影響度合いが変わる」について、これ、本来なら数式を使って説明すべき項目なのですが、今回は記事の読みやすさを重視して数式は一切使わずに説明します。
そのぶん表現が曖昧になることから、もし具体的なことを知りたい方がおられましたらこちらのページを参考にしてください。
自動車操縦安定性口座入門<4-2、左右荷重移動におけるロールセンター高とロール剛性前後配分>
さて、クルマ全体の荷重移動量というのは車重、横G、重心高さ、トレッドの4要素で決まり、そのうちフロントとリヤがどれくらいのバランスで荷重移動を負担するのか?というのはロール剛性とリンク角度で決まる、というお話をしました。
その結果、フロントの荷重移動量が増えるのであればフロントタイヤのコーナリングフォース(左右合計)が減りますし、リヤの荷重移動量が増えるのであればリヤタイヤのコーナリングフォース(左右合計)が減ることになるわけですね。
ところでクルマというのは重心とロール軸との距離(ロールアーム長さ)が長いほどロールが大きくなります。
逆にロールアーム長さが短くなるとロールは小さくなるのですが、もし仮にロール軸と重心の高さが全く同じ、つまりロールアーム長さがゼロだった場合はどうなるんでしょうか?
このとき、クルマはコーナリングしてもサスペンションが全くロールしない状態になります。
ただしそれでも荷重移動はするので、タイヤのたわみ分はクルマが傾きます。
サスペンションがついていないクルマというか、四角い箱にタイヤだけ付けたようなものというか、そういう状態になるわけです。
(ちなみにそこからさらにロール軸を上げるとロールの方向が反転します)
このとき、荷重移動の前後バランスはどのようになるかというと、1Gの前後重量バランスと同じになります。
つまり前後重量バランスが60:40のクルマがあったとして、ロールアーム長がゼロになるところまでロール軸を上げると、コーナリング時の荷重移動の前後バランスも60:40になります。
今度は逆に、ロール軸を下げてみましょう。
ロール軸をどんどん下げていって地面と同じ高さのところになると、ロールアーム長さと重心高さが同一になるので、今度は荷重移動の前後バランスが前後ロール剛性バランスと同じになります。
このとき、1Gの前後重量バランスは関係なくなるので、例えば1Gの前後重量バランスが60:40で前後ロール剛性バランスが50:50のクルマがあったとして、このクルマのロール軸を地面と同じ高さにすると、荷重移動の前後バランスは50:50になります。
(ちなみにそこからさらにロール軸を下げるとリンク経由で車体に入るモーメントの方向が反転しますが、ロール剛性によるモーメントと相殺されるので、最終的なロールの方向は変わりません)
最後に、ロール軸の高さを重心高さの半分の高さにした場合はどうなるでしょうか?
今度は1Gの前後重量バランスと、ロール剛性の前後バランス、それぞれの影響を半分ずる受けることになります。
そこから少しずつロール軸を上げていけば、1Gの前後重量バランスの影響がより濃く出ることになりますし、少しずつロール軸を下げていけば、前後ロール剛性バランスの影響がより濃く出ることになります。
さて今回、文字だけで説明するにあたり、読みやすさのためにトレッドの影響を省きました。
基本的な傾向としてはこの説明で問題ないと思いますが、細かい計算をしたい方は場合によってはズレが生じてくるので、具体的なことが知りたい方はやはり自動車操縦安定性口座入門<4-2、左右荷重移動におけるロールセンター高とロール剛性前後配分>を履修してください笑
というわけで今回のブログは以上になります。
お疲れさまでした。
ロール剛性を変えたり車高を変えたりしたとき、一体どういうメカニズムによってステア特性が変化するのか?ということについて書きました。
これはいわば荷重移動系の調整であり、ステア特性の調整にはこのほかにタイヤ空気圧やアライメント、空力の調整などがありますが、荷重移動に関する部分はサスペンション・メカニズムを考えるうえで最も基本的なところの一つなので、何かの参考にして頂ければ幸いです。