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かながわのやまちゃんのブログ一覧

2022年01月16日 イイね!

沼津から静岡へ 富士山景勝地 R1200RT

沼津から静岡へ 富士山景勝地 R1200RT1月16日日曜日に日が変わってすぐ

緊急速報のアラームに起こされて、事態を把握する前に次のアラームが鳴り続け・・

眠れないままに起床のアラームに促されて
眠い目をこすりながら・・
夜明け前に出発します

東名高速道路を西へ
御殿場あたりは予想通り氷点下
路面は乾いているので寒いだけです




東名沼津インターから沼津市街地へ




沼津港

駐車場所がわからなくて、行ったり来たり・・

まずは腹ごしらえを




『にし与』さん




7時前に入店した時にはお客さんは数人でしたが、ほどなく満席に

さすが人気のお店ですね




何にしようかな

お姉さまに相談します




三色丼

メニューには載っていないのですが、お願いして
桜えび、生しらす、あじのヅケで作っていただきました

ヅケが絶品です




看板に『とんかつ』と書かれているので、揚げ物も頼まなくては・・あじフライを2枚

こちらもメニューにはありませんが、1枚から注文できます

某グルメサイトでは『黒い揚げ物』のレビューが多いですが、ご覧の通りです
サクフワの美味いあじフライです

美味いものを食べて、活力が湧いてきました

いざ




沼津港を出発します




千本松原




松原と砂浜海岸の間の防潮堤は止むを得ないのでしょうね・・




道の駅富士
地元のライダーの方々で賑わっています


向かう先は



薩埵峠です
静岡市のホームページにある案内地図の通りにルートをとります




興津大橋から先
案内板が設置されているので、迷うことはありません

由比からの道はすれ違い困難な一車線です
二輪車、四輪車とも通れないことはないでしょうが、地元の方、サイクリスト、ハイカー優先かと思います




駐車場に到着
8台です

奥の黄色区画は地元農家専用で一般車は駐車厳禁です
停めないようにと注意がありました




駐車場から少し歩いて




展望台です




雲が切れるまで待ちました




東海道五十三次 由井




今は東海道本線、国道1号線、東名高速道路が通る要所です




すっきりと雲がなくなりました
期待できそう

次に向かいます




到着




三保の松原です




羽衣の松
三代目 樹齢400年
案内板に記されています




神社を抜けて




広い砂浜です
ここからは富士山は見えません

皆さん富士山を目指して左手に歩いて行かれますが・・

逆の方向 右手に見える消波ブロックを目指して歩きます
石混じりの砂浜を延々と歩くので、ブーツやトレッキングシューズがお勧めです




お馴染みの風景はこちらから

雲一つない快晴です

タイトル画像もここで撮影です




伊豆半島方面




私の他には三脚とカメラ2台の本格派の方が一人だけです

ゆっくりと撮影を楽しんでから
次に向かいます




御穂神社

初参拝です

伊豆駿河観光ガイドホームページより以下抜粋引用します

羽衣伝説ゆかりの「三保大明神」として知られる神社で、駿河国三宮にして世界文化遺産。御祭神として大国主・大己貴命(おおあなむちのみこと)として知られる三穂津彦命(みほつひこのみこと)と、三穂津姫命(みほつひめのみこと)を祀る。一説には大国主ゆかりの出雲国の御穂埼(現:美保関)から遷座したとも伝わるが定かではない。参道である約500mの松並木は「神の道」と言われ、その先に「羽衣の松」がある。毎年11月1日に、舞殿にて羽衣の舞が奉納される例祭が、2月14日~15日にかけては、豊作祈願の「筒粥祭(つつかゆさい)」が執り行われる。
(以上)




拝殿と本殿




各社参拝します




こちらでは熱心に参拝されている方が

境内には他の参拝者はいません




御朱印をいただきます




御穂神社鳥居から三保の松原に続く『神の道』




最終目的地へ




清水側から入ります
短い区間ですが、クネクネ道を上がり




日本平
後方『夢テラス』は後ほど




実は初めて乗ります




本来ならば、表参道の1159段の石段を登るべきなのでしょうが

今回はご容赦を

青い『殿』ゴンドラで久能山へ




すれ違いの赤い『姫』ゴンドラは超密・・




到着

久能山東照宮が造営される以前の久能城の遺構の石垣が残されているそうです




久能山東照宮
日光東照宮より19年前、僅か1年7ヶ月の短期で造営されたとのこと、なるほど・・




御社殿は国宝です









人が多いので、足早に参拝を済ませて

再び、青い『殿』ゴンドラで駐車場に戻ります




眼下のいちごのビニールハウス

今の季節は観光いちご農園毎に『いちごのビニール風船』をクルクルと回して呼び込みをするのが風物詩と記憶しています

今年もやっているのかな?

天気に恵まれました
御前崎まで良く見えます




日本一!




清水のまちを眼下に
雄大ですね




先ほど訪れた三保の松原と駿河湾を挟んで伊豆半島方面




静岡市駿河区市街地




堪能しました




15時ちょうど
帰路につきます

日本平パークウェイ
動物園方面に下りをクネクネと走り

静岡インターに向かうつもりでしたが、
『日本平久能スマートインター』できたのですね・・知りませんでした




鮎沢パーキングエリアで一休み

日中は10℃以上で風もなく、快適なライディングでした

今回は345km走行です

2月にかけて伊豆は花の季節、房総にも行きたいしと計画だけはしているのですが、再び厳しい状況となりつつあります
なかなか先の見通しは立たないですね・・

お付き合いいただき、ありがとうございました😊









Posted at 2022/01/17 22:11:47 | コメント(5) | トラックバック(0)
2022年01月15日 イイね!

三浦 小網代の森 R1200RT

三浦 小網代の森 R1200RT2022年初乗りは・・




年末に切れてしまったヘッドライトバルブ




前回交換から、走行5,000km経過したエンジンオイル

交換のためディーラーに予約を入れています

予約時間は14時で午前中が空いているので、三浦をひと回りしてから向かうことにしました




三浦海岸




前回と同じ場所です




久里浜方面

三浦の冬の風物詩の大根干しも今が最盛期でしょうか?
三浦海岸駅からまっすぐ降りたところ、いつもの夏ならば海の家が立ち並ぶ海岸にも大根すだれ(と私が勝手に言っているだけです・・)が広がります

で、今回向かうのは『小網代の森』です



(神奈川県ホームページ)

小網代の森は、三浦半島の先端にある、相模湾に面した約70haの森です。
森の中央にある谷に沿って流れる「浦の川」の集水域として、森林、湿地、干潟及び海までが連続して残されている、関東地方で唯一の自然環境と言われています。
森、川、海のつながりが必要なアカテガニをはじめとして、希少種を含む多くの生き物たちが、多様な生態系を形成しています。
(中略)
小網代の森とその周辺地域には大規模な開発計画がありました。県では、この貴重な自然を後世に残す必要があると考え、平成7年に三浦市と事業者へ利用方針等を提示し協議の結果、小網代の森を保全していくこととなりました。その後、地権者との話し合いを進め、土地の買い取りを進めたほか、地権者による自主的な保全や寄付などにより、平成22年に保全に必要な用地の確保が完了しました。そして、平成23年から散策路等の整備を進め、平成26年7月に一般開放を開始しました。
(神奈川県ホームページより引用)




引橋近くに駐車場があります

警備の方は普段の週末には県外車が多い、とおっしゃっていました




案内板に沿って、坂を降りると




引橋からの入口です




歩道が整備されています
むやみに立ち入らないようにするためには、この方が良いでしょう




小さな沢が現れます




森に生息する動植物についての解説板が随所に設置されています




沢がはっきりとした流れになると湿原が広がります




冒頭地図の『まんなか湿地』付近です

夏にはホタルも見られるようです




『えのきテラス』

ここから小網代湾が見えます




『眺望テラス』

河口付近と小網代湾




えのきテラスまで戻り、
『北尾根入口』に向かいます




貴重な干潟が残されています




小網代湾

岩場づたいに進んでみると




こんな海岸が隠れていました




『北尾根』への階段道
  



登り切ったところに案内板が設置されています



 
北尾根の道は舗装路かと思い込んでいたら、
快適な尾根道です




竹藪の先で視界が開けて




こんな場所があるんだ




畑の中の一本道を進むと




タイトル写真の場所です




ここではキャベツがだいぶ育っています




1時間あまりの散策でした

気になりながら、今まで通りすぎるばかりで・・
季節を変えて、再訪したいと思います




昼どきなので




すぐ近くの『まるい食堂』さんへ

腹ペコの
地元の方々、仕事途中の方々、サイクリストで賑わっています

今日は決め打ちです




かつ丼 上




普通のかつ丼も肉厚で柔らかいかつで十分満足できるのですが




さらに上をいきます

下膨れの丼の半分がかつで占められていて、ごはんが少なく思えるぐらいです

定食類も充実しています

かつ丼の他にソースかつ丼、かた焼きそばが名物としてメニュー表記されています

初訪の方は頼みすぎる傾向にあるのでご注意を・・




大家族が乗ってきたスゴいクルマと一緒に撮影


オイル交換とヘッドライト交換に向かいます

西海岸沿いの道は混みはじめていたので、太田和から山科台経由で衣笠から高速を使います




到着




作業中

https://minkara.carview.co.jp/userid/3211914/car/2880928/6717160/note.aspx




ショールームで待たせていただきます




R 18 Classic




魅せるエンジンですね

入口近くには




『M』が2台
売約済み展示です

目の保養になりました 

1時間あまりで作業完了
帰路につきます

さて、どこに行こうかな

お付き合いいただき、ありがとうございました😊



Posted at 2022/01/15 19:06:42 | コメント(3) | トラックバック(0)
2022年01月10日 イイね!

冬の北陸へ 3日目

冬の北陸へ 3日目旅も最終日です

お付き合いいただき、ありがとうございます😊



朝から快晴です

朝食は駅前のこちらへ




料理旅館 金沢茶屋
割烹つづみ さん

宴会場と思われる部屋に案内されます




ごはんと味噌汁はお代わり自由、
コーヒーとお茶はあちらに、と案内されます




ふぐの一夜干し




小鉢
左上 ずいきの胡麻和え
右下 甘海老
が面白い




加賀野菜
いしる(魚醤)出汁につけて、いただきます

お言葉に甘えて甘えて
ごはんと味噌汁のお代わりをいただいてから




玄関までお見送りいただき、お店を後にします

午前中は近隣を散策します
最初は駅からほど近い




安江八幡宮へ




手水舎

笠間稲荷神社を思い出しました




拝殿
(以下、安江八幡宮ホームページより抜粋引用)
安江八幡宮の御祭神は、(中略)誉田別尊(応神天皇)と気長足姫尊(神功皇后)と玉依姫命を祀っている。
(中略)
藩政時代には前田加賀藩主や大聖寺藩主に崇敬されて、火防や病気平癒を祈られ、また社殿の修繕および祭器具を寄進されている。神社のある此花町は以前安江鍛冶町と称して、多くの刀鍛冶のいたところである。有名な泰平・兼若もここにいた。これら刀鍛冶が水火の伝授(刀剣製作時の火と水の加減のこと)を必ず神社でおこなったことから、今でも俗に「鍛冶八幡さん」と称している。
(以上)


お土産品で見かけたことある
ホテルのフロントにも飾ってありました



加賀八幡起上り

(以下、安江八幡宮ホームページより抜粋引用)
この起き上がりは、八幡大神のお誕生の折、真紅の産着を着けられたお姿を写し、これを八幡起き上がりと名付けました。昔、氏子の一老翁が当八幡宮に参詣して御神像を受け、日夜多幸を祈って宏大なる御神恩に浴した事を深く悦び、諸人のためこの起き上がりを発案して毎年正月に献じたのを社参の人々がこれを拝受して、厄除け・病気平癒・愛児の健康祈願・起き上がると言われるため社業繁栄・商売繁盛のお守りとしました。石川県のキャラクター「ひゃくまんさん」のモデルとしても知られております。
(以上)




御朱印にも加賀八幡起上りがデザインされています

安江八幡宮を後に
別院通りからまだ静かな近江町市場を抜けて

こちらまで歩いてきました




尾山神社




神門
国指定重要文化財
和漢洋三様式折衷の外観が目を引きます

三層目はギヤマン張り(ステンドグラス)
上部の避雷針は日本最古であるそうです




内部の彫刻も見事です




参拝をして御朱印をいただきます

(以下、尾山神社ホームページより抜粋引用 長いです ご参考まで)

尾山神社の歴史

慶長4年(1599)閏3月3日、利家公が薨去します。その後、二代利長公は、利家公を仰ぎ神として祀ろうとしました。しかし、当時、前田家は、なんといっても外様大名の立場です。徳川幕府の許可なくして、勝手なことはできません。利長公とて、徳川幕府をはばかり、公然と神社創建に踏み切ることができませんでした。
そこで利長公は、守護神としていた物部八幡宮ならびに榊葉神明宮を遷座する名目で、卯辰山麓に社殿を建立し、利家公の神霊を合祀しました。これが、卯辰八幡宮です。
 廃藩置県後、旧加賀藩士等は祭祀を継続し、利家公の功績を不朽に伝えんと、明治6年旧金谷御殿の跡地である現在の社地に社殿を新築しました。尾山神社と称して、郷社に列せられます。翌明治7年には県社に昇格、そののち明治35年には別格官幣社に列せられました。また、平成10年には正室であるお松の方も合祀されました。
(以上)

尾山神社を後にして




長町武家屋敷跡




足軽資料館
入場無料で自由に見学できます




旧加賀藩士高田家跡




大野庄用水に沿って歩きます




こもの巻かれた土塀が金沢の冬を感じさせます




市街を離れて
金沢市大野町に向かいます




『宝生寿司』さん
金沢では必ず立ち寄ります

おまかせでお願いします




鱈子




平目

中トロ
アオリイカ
甘海老






のどぐろ
クエ




ばい貝
ガス海老


おまかせはここまで

大好きな『じゃ海老』は入っていないとのことなので




特に良かった
鯖とガス海老を追加して締めます




やはり外せないお店です




大野町は醤油のまちです




『ヤマト醤油味噌』さん
こちらの『いしる』(魚醤)を重宝しています




直売所と食堂があります
昔はこじんまりとした売店があるだけでした




チーズケーキ店⁉︎




素通りもできずに
チーズソフト




旅も終わりに近くなりました




『チャペック』さん

県庁近くの住宅街に立地しています
以前は近江町市場近くにありました




奮発してゲイシャと




スイートポテトをいただきます




レンタカーを返却して

金沢駅はご覧の通り




かがやき510号
定時発です




富山付近の車窓

日常生活に戻ります

3日間の旅日記
神社巡りと食べ歩る記になってしまいましたが、お付き合いいただき、ありがとうございました😊
Posted at 2022/01/12 20:02:17 | コメント(4) | トラックバック(0)
2022年01月09日 イイね!

冬の北陸へ 2日目

冬の北陸へ 2日目旅の2日目です
ご覧いただき、ありがとうございます😊

予報では雨でしたが、起床すると雨は止んでいます

金沢から再び高岡市に向かいます

富山県内では越中国一之宮を称する神社が気多神社の他、昨日参拝した射水神社、高瀬神社、そして雄山神社があります




気多神社です




昨日の二社とは打って変わり、静かです




趣きある参道を進むと




石段の先に拝殿が見えます




拝殿
 



本殿
(以下高岡市ホームページより抜粋引用)
本殿は永禄年間(1558~1569年)に再建されたと伝えられているもので三間社流造り、こけら板葺、正面三間向拝付き、外壁は真壁造り、素木板張り、意匠的には簡素で質実、室町時代に建てられた神社本殿建築として大変貴重な存在で昭和6年(1931)に国宝に指定され、戦後、改定により改めて国指定重要文化財に指定されています。
御祭神は大己貴命、奴奈加波比賣命。相殿:菊理姫命、事代主命。
(以上)




大伴神社
昭和60年の創建です




御朱印
宮司宅の社務所でいただくことができます




参道より

氷見の雨晴海岸は晴れれば、富山湾の向こうに立山が見える景勝地ですが、どんより曇り空なのでパス

氷見線のキハ40単行とすれ違いました
狙っていたわけではなく写真は撮れず

鹿島郡中能登町へ




月とピエロ(のパン研究小屋)さん
小さな集落を抜けた先にあります

入口脇には釜で使うと思われる薪が山積みされています




店内へ




大きなハードパンが目を引きます
この時間だとだいぶ品揃えが少ないのは仕方ないようです
使用する小麦は自家栽培されているそうです




雑貨、小物の展示販売もされています

ここからは観光地、景勝地はすっとばして食ネタ続きます・・

昼食はこちらへ




穴水町の『かき浜』さん
能登では必ず立ち寄ります




入口脇には焼き用のかきが準備されています




いざ
炭火にかきを置いて




かき佃煮
もずく酢




かき南蛮




第一弾 焼けました




かきフライ




食べ応えあります




焼きかきはこれで終わり・・




かきご飯
自家製味噌の汁
香の物
で締めます




お店の前の小さな入江
奥に見えるブイの下がかきの養殖いかだです

デザートは



マルガージェラード能登本店さんへ
金沢市内にもお店があります




かなり個性的なメニューもあります




どうしようかな




迷いに迷って




ダブルコーン
マスカルポーネとオレンジバニラ+紫いも
おまけトッピング
グランピスタチオ

美味いけど・・屋外は寒い❄️

客足が途絶えることのないお店を後にして

珠洲市の『二三味珈琲』さんに向かったのですが、1月中旬まで臨時休業中・・
1月の連休ではいつも開いているので何の疑問も持たずに来てしまいました・・
きちんと調べるべきでした


どうしようかなと思案しながら




道の駅すず塩田村




揚浜塩田での塩づくりを能登半島で唯一行っています




冬の能登としては今日は穏やか




こちらも必ず立ち寄りますが、以前には天候不順が続くと生産量が少なくなり、大容量品揃えなしや購入個数制限が設けられることがありました
今日は十分な量が置かれています




垂水の滝

山から海へ直接そそぐ滝です
落差およそ35mのこの滝は、別名「吹き上げの滝」とも呼ばれていて、強い海風が吹く日は、左右に大揺れしながら空に向かって上り始め、時には滝口からそのまま真っ逆さまに吹き上がるのですが、今日は穏やかなのでそのまま海へそそいでいます 

ここで

羽咋市の能登一宮『気多大社』
開門時間にギリギリで間に合うと踏んで、向かうことにします
 
窓岩、千枚田はクルマから眺めて

輪島の街と西海岸の景勝地はパス




間に合いました




神門 
1584年造営
国指定重要文化財




拝殿 
1653〜1654年造営
国指定重要文化財




本殿 
1787年造営
国指定重要文化財

本殿左手
若宮神社
1569年造営
国指定重要文化財





本殿右手
白山神社
1787年造営
国指定重要文化財

奥宮の鎮座する原生林『入らずの森』は神聖な場所として撮影禁止です




太玉神社




菅原神社




御朱印です

(以下氣多大社ホームページより抜粋引用 長いです 参考まで)
由緒
天平十三年(七四一年)能登国が越中国の一部であった時代、越中国の一宮は現在の気多大社であった。気多大社が中央の文献に初めて見えるのは『万葉集』である。天平二十年(七四八)、越中守大伴家持が出挙のため能登を巡行したとき、まず本社に参詣して、「之乎路から直超え来れば羽咋の海朝凪ぎしたり船楫もがも」(志雄街道をまっすぐに越えて来ると、羽咋の海は朝なぎしている。舟と櫓が欲しいものよ)と詠んだ。本社がいかに重んじられ、のちに能登の一の宮となる神威を当時すでに有していたことがわかる。
北陸の一角にありながら朝廷の尊崇が厚く、神階も累進して貞観元年(八五九)には正二位勲一等から従一位にのぼっている。このような国家の厚遇は、東北経営、あるいは新羅や渤海を中心とした対外関係とも無縁ではあるまい。
(中略)
能登の守護畠山氏の社領の寄進、社殿の造営などが見られる。今も遺る摂社若宮神社(国指定重要文化財)は畠山氏の再建で、石川県の中世建造物として重視される。
近世は、前田利家をはじめ歴代の藩主が崇敬し、社領三百五十石を寄進したほか、祈願、祈祷はもとよりしばしば社殿の造営をした。本殿(大己貴命)、拝殿、神門、摂社若宮神社(事代主命)、摂社白山神社(以上国指定重要文化財)、神庫、随身門(ともに県指定文化財)がそれである。
加賀藩の保護した社叢(国の天然記念物)には奥宮が鎮座し、「入らずの森」と呼ばれる聖域となっている。昭和五十八年五月二十二日、全国植樹祭に御来県の昭和天皇が本社に行幸され、入らずの森に踏み入られ「斧入らぬ みやしろの森 めずらかに からたちばなの 生ふるを見たり」と御製を詠まれました。昭和天皇は、決してみだりに採取などなさらず、それぞれの植物が平穏に存続をつづけ、その場所の植物相がいつまでも変わらないようにとお祈りになっておられるからである。「斧入らぬみやしろの森」は、そのおよろこびなのである。明治四年(一八七一)に国幣中社、大正四年(一九一五)には国幣大社となり、現在も北陸道屈指の大社として知られる。
(以上)




千里浜は車両進入禁止でした

金沢に戻ります

金沢2日目の夜は




袋町
『鳥たけ』さん

確か前回訪問は4年前です




カウンター席のみ
落ち着いた雰囲気のお店です




ハートランド

食事はおまかせでお願いします




糠漬け



手羽元



砂肝



ぎんなん



かしわ



木滑(きなめり)なめこ



つくね たれ



長芋



手羽先



せせり



はつ



締めで
たたき丼

お味は・・もちろん言うことなしです




すっかり遅くなってしまいました
店主に御礼を言って、お店を後にします

長くなりました
2日目もお付き合いいただき、ありがとうございました😊

3日目に続きます
Posted at 2022/01/11 20:30:05 | コメント(2) | トラックバック(0)
2022年01月08日 イイね!

冬の北陸へ 1日目

冬の北陸へ 1日目三連休です

11日月曜日休みを取ることができました

昨年は緊急事態宣言下で遠出はかなわず、今年も予断を許さない状況ですが、北陸へ2年ぶりに出かけることにしました

3日間の旅日記
よろしければ、お付き合いください


1月8日土曜日



未明に出発して
早めに東京駅に到着したので




長野行



東北・上越方面




乗車するのは
かがやき503号金沢行
10分ほど前に入線




定刻発車

上野、大宮の次は長野までノンストップ
金沢まで2時間半です




軽井沢
思ったより雪は少ないです




妙高




金沢駅着
旅行者で賑わっています




ここからの相棒はカローラです

先ずは15分ほど走り




にし茶屋街

最初に伺うのは




甘納豆かわむら

お店が広がり、品揃えが増えましたね




珠洲の『二三味』ということは・・




お目当ては限定品のこちら

一旦金沢を離れて富山県南砺市に向かいます




南砺市井波
八日町通り(石畳通り)




井波別院瑞泉寺門前から真っ直ぐに伸びる道沿いには彫刻工房が軒を連ねています

昼食がまだなので、開いていたこちらへ




蕎麦懐石 松屋さん




入口にはお店の紹介記事が載った雑誌が多数置かれています




メニューを見て
更科か田舎か迷いましたが・・




手打ち更科そば




手打ち十割田舎そば

両方食べて解決です




ここで

なぜこちらに伺ったかというと・・

 明徳元年(1390年)本願寺五代綽如上人(しゃくにょしょうにん)は、後小松天皇の勅許(ちょっきょ)天皇より命令が下ることにより井波別院を創設したが、いく度か焼失しそのつど再建された。特に江戸時代中期、瑞泉寺本堂再建のおり、本堂彫刻のため、京都本願寺より、御用彫刻師・前川三四郎が派遣(命じて出向かせること)され、このとき地元大工・番匠屋九代七左衛門ら四人がこれに参加し、前川三四郎について彫刻の技法を本格的に習ったのが井波彫刻の始まりである。
(中略)
 以後、その門流が江戸時代末期頃まで主に神社仏閣彫刻などにその技法を競っていた。明治時代に入ってから寺院欄間に工夫をこらして新しい住宅用の井波欄間の形態が整えられ、特に初代・大島五雲は欄間彫刻の研究に没頭して新生面を開いた。
 昭和に入ってからも、寺社彫刻は活発で、東本願寺・東京築地本願寺・日光東照宮など全国各地の寺社・仏閣の彫刻を数多く手がけ、それと並行して一般住宅欄間・獅子頭など・置物にも力が注がれた。
(井波彫刻協同組合ホームページ『井波彫刻の由来』より抜粋引用)




井波別院瑞泉寺です




山門
総欅の重層入母屋造り
1809年上棟 
富山県指定重要文化財




内外に素晴らしい彫刻を見ることができます




本堂と太子堂は雪囲いがされており、外からの全容を見ることができないのが残念です
内部は撮影禁止のため、太子堂から鐘楼堂と山門を望む写真と次の写真だけ撮ります




明治、大正期の再建ですが、井波彫刻の粋を集めた建築とだけあって見応えがあります




勅使門(ちょくしもん)

名前の通り、勅使をお迎えする(した)時だけ開かれる門と説明をいただきました




近寄ってみます

寛政四年(1792年)瑞泉寺勅使門 菊の門扉、両脇に彫刻した「獅子の子落とし」は七左衛門の代表作で、狩野派風な図柄で浮き彫りの技法が駆使され、日本彫刻史上の傑作とされている。
(井波彫刻協同組合ホームページ『井波彫刻の由来』より抜粋引用)




納経帳に御朱印をいただきます




松島八幡宮




佇まいに惹かれて
参拝します




御神木と案内板が出ているわけではないのですが、思わず足を止めて撮ります




井波彫刻総合会館
道の駅同一敷地にあり、井波彫刻の歴史を辿る常設展示と欄間・衝立・パネル・天神様・獅子頭に代表される、置物等が200点以上展示・販売されています
現代の作家による作品も素晴らしいのですが、私には手が出ないので、見るだけです

※館内は撮影禁止です

続いて




越中一宮
高瀬神社

初詣の参拝客で賑わっています

(以下高瀬神社ホームページより抜粋引用)
御鎮座は遠く神代の昔、また景行天皇11年の御代とも云われています。社伝に御祭神が北国御開拓の折、この地に守り神を祀り、国成りおえて後、自らの御魂をも鎮め祀られ、出雲へ帰り給うたとも伝えられ、のちに延喜式内社、越中一宮として崇められてきました。
 越中国の人々は勿論、朝廷の崇敬も厚く、天武天皇の御代に勅使を派遣され、光仁天皇の宝亀11年に従五位、文徳天皇の斉衝元年に従三位、また同年、祢宜、祝等に把笏を許さる。貞観元年に正三位、その後も順次累進、治承4年に正一位を授かりました。
(中略)
 戦国時代には社頭荒廃し、見るに忍びない状態となりましたが、前田藩主の崇敬厚く漸次神威昂揚せられて、明治6年に県社、大正12年に国幣小社に昇格されました。
 大正13年には摂政の宮の御使が参向され、大正14年には皇后陛下より「神ながらの道」を奉献され、昭和3年の御大典、昭和16年の宣戦また昭和20年の終戦には勅使の参向がありました。
(以上)




さざれ石




御朱印はこの時期書き置き対応となるそうです

北陸地方としては珍しく快晴の日
日没間近でもまだ明るいので、もう一社参拝します

高岡市へ
以前国宝の瑞龍寺と古い街並みを訪れたことがあります




高岡古城公園
車を停めて




越中国一宮
射水神社

こちらも初詣の参拝客で賑わっています

(以下射水神社ホームページより抜粋引用 ご参考まで)

射水神社はもともと、霊山である二上山そのものを祀る社であったと考えられています。古記録に、当社のご祭神は「二上神」と記されており、神仏混淆(しんぶつこんこう)が主流だった江戸時代までは、「二上山大権現(ふたがみやまだいごんげん)」として人々に崇敬されてきました。その後、明治時代には政府による神仏分離令を受け、二上神は瓊瓊杵尊として祀られるようになりました。

「射水(いみず)」という社名は平安時代初期の『国造本紀』に記された「伊弥頭(いみづ)国造」に由来するとされ、平安時代より前から当地の豪族を中心に信仰されていたことが推察されます。

創祀は太古で、当初は現在の鎮座地から5kmほど北の大伴家持卿由来の名勝・二上山の山麓に鎮座され、祭祀が行われていました。当時の領域は、二上荘67ヵ村、二上神を二上権現として祀った別当寺を含めた社寺は二上全山に亘り22万余坪に達したといわれ、越中国全土の各戸より毎年「初穂米一升二合」奉納の制度があり、隆盛を極めました。以後、戦国期に戦災で社殿を焼失したこともありますが、皇室や武将の尊崇も篤く、江戸時代には加賀藩の祈祷所になるなど、越中国一宮としての格式を保持してきました。

当社はこの地で千年超を過ごし、明治4年(1871)に越中最高位の「国幣中社」に列格、その4年後、高岡城跡(国指定史跡[平成27年4月指定])の「高岡古城公園」へ遷座されました。江戸時代の城跡に社殿を構える一宮は全国で当社のみです。
(以上)

大伴家持は越中国守として5年間在任したそうです




御朱印
書き置きで二種から選ぶことができます

すっかり日も暮れてきました
金沢に戻ります




金沢市尾張町
『むさし』さん
5年ぶりに訪問します




落ち着いた雰囲気でゆっくりできます




とんかつなど揚げ物や焼き物が充実しています




あれこれと悩むのが楽しい




お通し




刺身は
甘海老
しめさば
ぶり
さわら
やりいか
かわはぎ

さわらといかが秀逸です

ポテトサラダ




白子天ぷら
 



油淋鶏




酒の品揃えも充実しています
定番のこちらで〆




お店を出ると、あたりは静まりかえっています

明日に備えて早めにホテルに戻ることにします
今日はこのあたりで

長くなりました
お付き合いいただき、ありがとうございました😊














Posted at 2022/01/10 18:00:18 | コメント(4) | トラックバック(0)

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「@hide-RX さま
私も早朝から北杜市でした。
日中は暑いくらいでしたね🥵
どちらを巡られたのか記事楽しみにしています!」
何シテル?   04/09 18:50
かながわのやまちゃんです。よろしくお願いします
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