Light My Fire / The Doors (1967)
米国ロサンゼルスで結成されたロックバンド「ドアーズ」の中心メンバーは、ボーカルのジムモリソンでした。
モリソンのほかはギター、キーボード、ドラムスの編成で、バンドにはベーシストは居ませんでした。
このアルバム「ハートに火をつけて」はドアーズのファーストアルバムで、1967年にリリースされていますから、リアルタイムには出会っていません。もし小学校に上がったばかりの息子が、こんな音楽を聞いていたら、親は心配したでしょうね。
ただ、プエルトリコのホセフェリシアーノがカバーした「ハートに灯(火)をつけて」が日本でもヒットしたので、その歌だけは、なんとなくリアルタイムで聞いた気がします。
ドアーズを初めてちゃんと聴いたのは、20歳のときでした。そうです、コッポラの映画「地獄の黙示録」がきっかけです。
冒頭、真っ黒い画面の中で、パタパタパタというヘリコプターの音が聞こえてきます。スクリーンは一面のヤシ畑に変わり、「ジエンド」が流れはじめます。間も無く畑はナパームで無惨に焼かれ、羽音の主は、ヘリコプターから、サイゴンのホテルの天井で回転する扇風機に変わります。ヘリコプターと扇風機の対比。意味深なオープニングだと思います。
今回のワールドカップにはコンゴ民主共和国(旧ザイール)が出場しました。このコンゴはベルギー国王レオポルド2世の私有地でした。この時代のコンゴを舞台にした「闇の奥」という小説があります。
ベルギーの貿易会社に勤めるクルツという男がいました。彼はとても優秀で、深くコンゴに入り込んでは、安価で買い集めた大量の象牙や鉱物などを本国に送り込んできます。しかし、いつまで経っても帰国しない夫の身を案じた妻が、マーロウという若者に、夫を連れ戻すことを依頼します。
マーロウは、クルツがいるとされる村に辿り着きますが、そこには、無数の原住民の死体が転がっています。偶然知り合ったロシア人に訊ねると、クルツは原住民から神のように崇められているけれども、その実、非情な暴力によって一帯を恐怖で支配しているのだと知らされます。
実際、レオポルド2世の「アフリカの領地」での振る舞いは凄まじかったようで、帝国主義まっただ中のヨーロッパでも非難の的だったそうです。ですからもし、今大会で「ベルギー対コンゴ」の試合が実現していたらどんなことなるのだろうと心配でした。
「地獄の黙示録」は、ただの戦争映画というよりも、舞台をアフリカからベトナムに替えながら、知性も理性も倫理も兼ね備えたはずの文明人が、実は、未開な野蛮人たちよりもはるかに残虐であるかもしれないことを、訴えようとしていた作品だったと思います。
何で映画の話を長々と書いたかというと、ジムモリソンはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)映画学科の卒業生で、「地獄の黙示録」を監督したコッポラの後輩になります。歳はモリソンの方が4つ下なので、在学中にどれだけの関わりがあったかは微妙なところです。
ただ、同じUCLA映画学科出身のジョージルーカスとは1歳違いで、在学中から仲が良かったそうです。実は、小説「闇の奥」を映画化するアイデアは、もともとはルーカスが持っていたものを、先輩であるコッポラがかっぱらったらしいです。映画に詳しい方、これってホントなのでしようか?
若くして亡くなってしまったモリソンですが、音楽活動だけでなく、何冊かの詩集を残すなどなかなかのインテリで文学の素養もあったようなので、ルーカスの脚本だけでなく、コッポラのそれにも、直接的間接的に影響を与えた可能性はあるかも知れません。
アルバム「ハートに火をつけて」と映画「地獄の黙示録」を聴いたり見たりした時の気分は、ボクの場合、よく似ています。コッポラが、自分の映画にドアーズの楽曲を使ったのは、それが単にその時代に流れていたからという理由だけではないんじゃないでしょうか。
ともあれ、ドライブに向くアルバムではありませんね。ごめんなさい^_^!
Posted at 2026/07/07 05:46:31 | |
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