
[写真] 50キロ競歩を2位でゴールした荒井広宙(手前)。奥は小林快=AP
毎日新聞2017年8月13日 19時36分
Wメダル&トリプル入賞 日本の男子50km競歩はなぜ強いのか
2017.08.14 10:30
ロンドン世界選手権の最終日。バッキンガム宮殿前付近の周回コースで行われた男子50km競歩は日本勢が圧巻のパフォーマンスを発揮する。荒井広宙(自衛隊体育学校)が3時間41分17秒で銀メダル、小林快(ビックカメラ)が2秒差の3時間41分19秒で続き、銅メダルを獲得した。日本勢はこの種目で2大会連続の表彰台となり、初のWメダル。丸尾知司(愛知製鋼)も3時間43分3秒で5位に入り、トリプル入賞を果たしたのだ。
男女競歩は男子100m、同200m、同4×100mリレーとともに日本陸連から「ゴールドターゲット」に設定されている。そのなかでも50km競歩は日本陸上界にとって金メダルの夢が見られる数少ない種目のひとつ。一昨年の北京世界選手権で谷井孝行(自衛隊体育学校)が銅メダル、昨年のリオ五輪では荒井が銅メダルを獲得しており、世界大会では3大会連続のメダルになっているからだ。
なぜ日本の男子50km競歩は強いのか?
今回のレースでも日本勢の強さの秘密がいたるところに散りばめられていたと思う。ヨアン・ディニズ(フランス)が序盤から抜け出すも、日本人ウォーカーは無理に反応することはなかった。なぜならディニズは、3時間32分33秒の世界記録を保持する一方で、途中で止まるなど、不確定要素のある選手だからだ。「記録が違いすぎるので、無理に追いかけても、つぶれてしまう」と荒井は冷静に対応して、小林とともに2位グループでレースを進めた。
今回のディニズは絶好調で、30kmの通過で後続に3分18秒というリードを奪う。そして、そのまま独走でレースを完結。3時間33分12秒の大会新で圧勝した。今回、日本勢の3人はあらかじめ目標タイムを定めたなかで、試合の流れを意識しながらレースを展開していた。競歩の今村文男強化コーチは、「集団のなかで戦うのではなく、自分のペースを追いながら、レース展開を考える感じでスタートさせました」と話す。
メダルを狙っていた荒井(自己ベスト/3時間40分20)は3時間38分~40分、50km競歩2回目の小林(自己ベスト/3時間42分08秒)は3時間40~42分、入賞を目標にしていた丸尾(自己ベスト/3時間49分17秒)は3時間45分をターゲットにしていたという。だからこそ、そこから大きく外れたペースに反応することはなかったのだ。
荒井と小林は2位グループのなかで、丸尾は集団から遅れるかたちになったが、それも当初の予定通り。今村コーチは、「気象条件にもよるんですけど、目標ペースは想定される心拍数も参考にしているので、最後まで崩れることは少ないです」と選手たちのペースメイクには自信を持っている。日本の競歩勢は練習時から心拍計ウォッチを使用しており、そのデータなどを蓄積。試合時でも実際のペースだけでなく、自らの心拍数を確認して、無理のないレースを心がけているのだ。
2位集団にいた荒井と小林は、38km過ぎに集団から抜け出すと、ふたりで2・3位争いを繰り広げた。キャリアのある荒井が引っ張るかたちで、小林が背後につく。荒井が小林に給水を手渡すなど、協力する場面もあった。荒井は、「日本人同士でバチバチやるのも嫌でしたし、僕がペースメーカーになって、彼のポテンシャルを最大限に引き出せればいいなと思いました」と後輩をアシスト。ジャパンのチーム力で後続を寄せ付けなかった。
荒井の金メダル級のサポートが実を結び、日本勢は2つのメダルを獲得。荒井は目標タイムに届かなかったものの、集団のなかで変幻自在のレース運びを見せて、勝負どころでは自ら仕掛けた。小林と丸尾は大舞台で自己ベストを更新して、目標タイムもクリア。男子50km競歩トリオは全員がしっかりと結果を残したことになる。
なぜ男子50km競歩が強いのか? と荒井に尋ねると、「強化選手は一緒に同じ合宿をしながら、同じ場所で練習をしています。食事も一緒で、交流を持ちながらやってこられたのが良かったのかなと思います」と答えた。今村コーチも、「長期の合宿を経て、今大会に臨んでいるので、簡単な言葉で、本人のなかで動きが修正できるんです。合宿を通して、言語の共通理解ができていたのが良かったと思います」と付け加えた。
競歩はスピードだけでなく、「歩形」も大切になる。世界大会の競歩は2kmの周回コースで行われるが、日本勢はスタッフを随所に配置。前後の選手とのタイム差を知らせて、今村コーチは歩形が崩れていないかも目を光らせている。競歩チームは高い組織力で結果を残し続けているのだ。
そして、50km競歩は世代交代もスムーズにいっている印象がある。
たとえば、荒井は今回が4大会連続の世界選手権出場だが、世界大会でメダル獲得や入賞をしている谷井、森岡紘一朗(富士通)などと強化合宿などで同じメニューをこなして、自信をつけた。「国際大会で活躍した選手たちと同じトレーニングをすることで、『自分もできる』という気持ちになると思います」と今村コーチ。そして、世界大会では先輩から多くのことを学び、最年長となった今回は逆に初出場となった小林と丸尾をナビするなど、選手たちの人間関係も好循環を生んでいる。
さらに今回はコンディショニングも良かったという。「男子50km競歩は過去のデータを積み上げてきたなかで、暑さ対策、調整なども非常にうまくいきました。レース展開も前半から思うような状況で、最後まで押していけたのがこういう結果につながったかなと思います」と今村コーチ。2020年東京五輪に向けた暑さ対策のなかで、個別の発汗量、体重の減少に応じた給水量に対応するなど、最先端の科学サポートもしっかり取り入れている。
「数年前には考えられないことが現実になってきて、今の時代に競歩をやれて幸せだなと思います」と荒井が言うほど、日本の競歩は充実している。一時は、オリンピック種目か除外される話もあった50km競歩だが、2020年の東京五輪では大きくクローズアップされることになりそうだ。
(文責・酒井政人/スポーツライター)
THE PAGE
≪くだめぎ?≫
「50kmW」
私が競歩を始めた一つのキッカケが、50kmWがありマラソン42.195kmより長く・3時間半以上の長丁場、であること。私自身50kmWの公式記録を残せなかったのが残念。
小学高学年で堤防を走ることが好きだったので、中学校入学後は陸上競技部へ。当時、マラソンは瀬古・宗兄弟が全盛・女子競歩が公認種目に。愛読誌・陸マガに「マラソンと同様に50kmWも有望種目」に載ったことがあった。高校入学後、近くに競歩選手がいて、一緒に練習を始めた次第。
当時の日本記録は4時間10分台の時代。それが現実になったことが嬉しい。
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競歩 | ニュース
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2017/08/23 08:18:24