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ディーゼルオート店のブログ一覧

2025年10月26日 イイね!

日本海沿いで活躍する電気機関車「EF510形」

日本海沿いで活躍する電気機関車「EF510形」日本海沿いで活躍する電気機関車「EF510形」
赤・青・銀の3色がある理由は?
2024年6月25日(火) 鉄道コムスタッフ 西中悠基
(上)「日本海縦貫線」を中心に活躍するEF510形0番台
(中)寝台特急「北斗星」のけん引機として活躍していた頃のEF510形
(下)R貨物に譲渡され、流星が消された後のEF510形500番台。画像は、JR東日本時代には入ることの無かったおおさか東線での運用シーンです

 関西圏と東北・北海道方面を結ぶ、通称「日本海縦貫線」(北陸本線(第三セクターへ移管された区間を含む)、羽越本線など)では、近畿地方と北陸、信越、東北地方、そして青函トンネルを超えて北海道を結ぶ貨物列車が、日夜運転されています。その先頭に立つのは、JR貨物のEF510形電気機関車。国鉄時代に製造された車両を置き換えるため、2001年に登場した車両です。
 ところでこのEF510形、赤色の車両と、青色の車両、そして銀色の車両の、3つの色が存在します。なぜカラーリングが複数あるのでしょうか。
 赤色の車両は、当初からJR貨物で活躍する0番台。一方、青色と銀色(日本海縦貫線で活躍する車両のみ)は、もとはJR東日本が導入した500番台です。500番台の製造目的は、寝台特急「北斗星」「カシオペア」のけん引用。老朽化したEF81形を置き換えるため、2009年から2010年にかけて、15両が製造されました。カラーリングは、「北斗星」カラーの青色と、「カシオペア」カラーの銀色の2種類。いずれも側面に流星を描いていました。
 JR東日本のEF510形は、2010年に特急列車のけん引を開始。当時はJR東日本が受託していた貨物列車の運用もあり、旅客列車用に製造された機関車が貨物列車をけん引する姿が見られました。この運用開始により、EF510形はEF81形の定期運用を置き換えた……はずでした。
 しかし、2013年には貨物列車の受託が終了し、EF510形は早くも一部が余剰に。これらはJR貨物に売却され、貨物けん引用機関車に役割を改めました。さらに2015年の「北斗星」廃止、2016年の「カシオペア」定期運用終了によって、JR東日本のEF510形は定期運用を喪失。最終的に、全15機がJR貨物に譲渡されたのです。同形式の導入時点で、北海道新幹線開業時の寝台特急廃止は想定されていたはずで、EF510形の売却も、当初から織り込み済みだったと考えられます。
 そうしてJR貨物に譲渡された元JR東日本の車両は、側面の流星マークは撤去されたものの、青や銀といったベースの色はそのままに、JR貨物仕様に改修されました。現在では、生え抜き車も譲渡車も区別なく運用に就いており、JR東日本時代には入線することのなかった中京圏や関西圏にも、日常的に乗り入れています。カラーバリエーション豊かなEF510形ですが、複数の塗装があると管理上のコストが掛かります。今後の大規模検査などで塗装が塗り直される際、500番台の独自塗装は消滅してしまうかもしれません。
 ちなみに、2023年にはもう一つの「銀色のEF510形」として、300番台がデビューしています。こちらは主に九州で活躍するグループで、車両の色は「銀釜」ことEF81形300番台をイメージしたもの。今後、EF81形、ED76形の置き換えのため、導入が進められます。

≪くだめぎ?≫
 「八菜館」の後ろに"赤色"のEF510形0番台が見えた。EF510形500番台も入ってくるが、銀色の車両「カシオペア」色は実は見たことはない・・、実は貴重だ。青森信号場を経由して大阪から八戸貨物駅にやってくる。
 逆に当地での主流EH500が秋田貨物駅まで奥羽本線を南下する。

個人的には、交流区間の片方上昇パンタグラフ姿が
馴染んでいるし、その姿の画像がもっと多くてもよいと思うが・・。
Posted at 2025/10/26 08:06:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道貨物 | 旅行/地域
2024年08月20日 イイね!

「NXトレイン」安定輸送と環境対策を実現する

「NXトレイン」安定輸送と環境対策を実現する安定輸送と環境対策を実現する、貸し切り鉄道輸送サービス「NXトレイン」[写真・画像]
 日本通運では、「持続的成長と企業価値向上のためのESG経営の確立」を実現するため、トラックから鉄道・船舶を利用した輸送形態へ切り替えるモーダルシフトに積極的に取り組み、CO2排出削減に貢献するサービスを創出しています。
 その中の一つとして、列車編成の一部を貸し切ってお客様の貨物を輸送する、ブロックトレインサービス「NXトレイン」を、2022年3月から開始しました。
 定時性や即時性を守りつつ、CO2排出削減の対策としても効果の高いサービスになります。
■ブロックトレインサービス「NXトレイン」とは
「NXトレイン」とは、貨物列車全26両編成のうち当社が12両を貸切り、すべての品目を対象として、毎週月曜日~土曜日に以下のエリアを対象として輸送を実施するサービスになります。
※品目から、火薬類、産業廃棄物・積載9t以上のISOタンクは除きます。ただし危険品の積載は運賃2割増しにて可能です。
※日曜日、祝日、年末年始、GW、お盆期間中は運休になります。
■関東・長野、関西各県と中四国の一部まで、広範囲にカバー
ブロックトレインサービス「NXトレイン」は、広い範囲にわたって対応しています。
北関東・長野エリアでの対象駅は、熊谷から倉賀野・土浦・水戸ORS・千葉貨物・神栖・羽生ORS・宇都宮タ・隅田川*越谷タ・北長野・岡谷新営業所・南松本までを対象にしています。
また関西各県と中四国地方では、京都貨物 *吹田タ *百済・大阪タ・安治川口・和歌山新営業所・岡山タ・東水島・東福山・高松タ・伊予三島・新居浜・松山貨物・高知ORS・*神戸タ *姫路タ・湖山ORSまでをカバーしています。
*31ftコンテナ発着可能駅を指します。(行先によっては、対応不可の場合もあります)
■「NXトレイン」の発着時間
北関東方面と関西方面の発着時間はそれぞれ以下のとおりになっているため、貨物引き取り後の翌日配達が可能です。
【下り】  越谷 –----- 百済 -------- 吹田-------- 神戸 --------  姫路
(発)18:22    (着)05:50   (着)07:55  (着)09:58 (着)13:05             
【上り】  姫路 –----- 神戸 –-----  吹田 –----- 百済 –-----  越谷
(発)14:00 (発)16:00      (※)   (発)19:20  (着)06:46
※上りの吹田駅は当面の間積載が見合わせとなっています。
■「NXトレイン」による課題解決
お客様が抱えられている以下のような輸送面や環境面の課題を、「NXトレイン」によって解決することが可能です。
具体的な解決内容について3つの視点でご紹介しましょう。
・輸送の安定性
当社では、毎日往復120の輸送枠を確保しているため、安定的な輸送を実現することができます。
またトラック輸送の際の交通渋滞などもないため、列車運行ダイヤに基づく定時輸送によって、お届け先へスケジュール通りに納品することが出来ます。
合わせて、鉄道輸送は安全性が高く、列車単位にGPS管理もできることから、コンテナごとに「配達中」や「輸送中」等のステータスも知ることができます。また、積載した列車の駅間位置情報が確認できるため、お客様の貨物がどのあたりを移動しているかリアルタイムに把握することも可能です。
・日本通運のみの独占販売による即時性
「NXトレイン」では、関東から関西にわたる越谷駅⇔神戸・姫路駅間は、日本通運が独占販売しています。そのため短い納期の納品を求められた際にも、越谷⇔大阪・神戸・姫路は、基本、翌日配達が可能となっています。
※集荷時間、配達時間、住所によってはお約束できない場合がありますので、事前にご確認ください。
・環境性
トラック輸送に比べて、当サービスによるCO2の排出量は約1/13と、環境に非常に優しい輸送方法になっています。CO2やNOx排出量、エネルギー消費量などを大幅に下げることができるため、お客様のESG経営にも貢献できます。
■ブロックトレインサービス「NXトレイン」のお問合せは日本通運へ
社会課題の解決に向けて、日本通運は、特にお客様のCO2排出削減に貢献する事業の創出に取り組んでいます。「NXトレイン」は、鉄道貨物輸送の定時性や安全性という強みを最大限に活かしつつ、モーダルシフトを推進することができます。
また、毎月定期的な発送があるお客様向けには「定期割」、相互に発送があるお客様向けには「往復割」といった費用面でメリットのある料金体系もご用意しています。
安定的な輸送を実現させつつも環境負荷を低減するため、同サービスを取り入れてみてはいかがでしょうか。
 掲載組織名 日本通運株式会社 通運部


≪くだめぎ?≫
・2021年7月16日 通称「日通」から、「NX」ブランド導入に関するお知らせ
・2022年1月4日から グループ統一のブランドアイデンティティを新たに導入する
・2022年3月24日 列車編成の一部を貸し切りで輸送するブロックトレインサービス「NXトレイン」を3月14日より開始
・2022年1月からはスポンサーの日本通運が持株会社への移行とグループブランドの導入に伴う社名変更により、
『NX NIPPON EXPRESS SAÚDE! SAUDADE...』(J-WAVE制作)
地元「BeFM」で聴取、ズーッと
「NX NIPPON EXPRESS」と連呼してるではないか。
取り上げなければ成るまい。
(LEXUS NX・・・)
Posted at 2024/08/20 17:17:02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道貨物 | 旅行/地域
2023年04月28日 イイね!

住友セメント八戸工場専用線

住友セメント八戸工場専用線[写真・画像] 住友セメント八戸工場NO.7+鉱車+人車
八戸市内の新井田小学校に保存。
撮影日 2014年6月24日
八戸線の陸奥湊から専用線で結ばれた工場からさらに採掘場まで伸びていたナローの路線で使われていた機関車。
後ろに木製鉱車3両と人車を引き連れている。
1951年製のKATO7t機。
汽車・電車1971~ より


八戸セメント
 八戸セメント株式会社(はちのへセメント)は、住友大阪セメント株式会社傘下のセメントメーカー。本社および生産拠点の八戸工場は青森県八戸市大字新井田字下鷹待場7-1にある。
■沿革
1918年(大正7年)2月 - 日出セメント株式会社会社設立。
1921年(大正10年)6月 - 湊工場(現・八戸工場)操業開始。
1925年(大正14年)7月 - 磐城セメント株式会社に合併、湊工場は同社の湊工業所となる。
1941年(昭和16年)1月 - 湊工業所が八戸工場に改称。
1963年(昭和38年)10月 - 住友セメント株式会社に社名変更。
1977年(昭和52年)8月10日 - 八戸セメント株式会社設立。
1977年(昭和52年)9月10日 - 住友セメントより八戸工場を継承、営業開始。
1984年(昭和59年)5月 - 住友セメントなど7社と共同で、セメント共同販売会社のアンデスセメント共同事業株式会社を設立。
1994年(平成6年)5月 - アンデスセメント共同事業解散。
1994年(平成6年)10月 - 親会社住友セメントが住友大阪セメント株式会社に社名変更。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

八戸鉱山
 八戸鉱山(はちのへ こうざん)は、青森県八戸市にある露天掘りの鉱山である。石灰石を採掘しており、現在でも操業中である。八戸鉱山株式会社が経営している。地元では、八戸キャニオン[1]と呼ばれている。展望台も設置されていて自由に眺めることができる[2]。

1.採掘
 人工ではあるものの日本一標高が低い(陸地上の)地点が存在する。その深さは海抜約-170m、つまり海面下である。かつては海抜0mに目印があったが、採掘が進んで消えてしまっている[3]。
 総延長が10kmにも及ぶ地下輸送管が八戸港埠頭まで延び、採掘された石灰石をベルトコンベアで輸送している。石灰資源の一部は八戸セメントに送られている。 
 鉱山はすり鉢状に掘り進められたが、これ以上深く掘削するには横側に掘り進める必要がでてきたため、西側に200mほど拡張する予定である。
1-1.基本データ
鉱区の幅:南北に約2km、東西に約1.2km
深度:海抜-170m 地表(川面)から190m
石灰石埋蔵量:10億トン

2.歴史
1970年(昭和45年) 八戸埠頭へ石灰を運ぶためのトンネルの建設が始まる
1973年(昭和48年) 八戸鉱山から八戸埠頭までの地下輸送管が完成する
3.法人概要
 日鉄鉱業の子会社である八戸鉱山株式会社が所有、経営している。旧商号は住金鉱業株式会社。かつては新日鉄住金(現:日本製鉄)の傘下にあったが、2013年に新日鐵住金が保有する全株式(持株比率70%)を日鉄鉱業に譲渡し、同社の子会社となった[4]。それにともない、2014年4月1日に社名を八戸鉱山株式会社に変更した。
4.アクセス
東北自動車道 「八戸IC」より車で25分。
JR東北新幹線・東北本線 「八戸駅」よりタクシー30分。
5.脚注・出典
[1]^ キャニオン(Canyon)は英語で「谷、峡谷」の意味。
[2]^ “八戸キャニオン”. VISIT HACHINOHE. 2022年8月24日閲覧。
[3]^ “【セメントのある風景】(1)八戸キャニオン 海面下の石灰石、日本で唯一採掘”. 日刊工業新聞 (2018年4月27日). 2022年8月24日閲覧。
[4]^ “住金鉱業株式会社の株式の取得(子会社化)に関するお知らせ”. 日鉄鉱業 (2013年8月2日). 2022年8月24日閲覧。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より


≪くだめぎ?≫
 国鉄八戸線陸奥湊駅-住友セメント八戸工場1,067 mm軌間
 住友セメント八戸工場-松館鉱山ナローゲージ
1973(昭和48)年に"無公害地下長距離ベルトコンベア(LBC)"が完成し、鉄道専用線を切り替えた。新井田小学校の下、新井田川沿いの道路は専用線跡地である。
Posted at 2023/04/28 20:28:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道貨物 | 旅行/地域
2023年04月28日 イイね!

日鉄鉱業『尻屋運鉱線』

日鉄鉱業『尻屋運鉱線』まぼろしの鉱山鉄道4 日鉄鉱業尻屋運鉱線
【鉄道アーカイブ #19】
VicomStation 2013/04/23
[写真・画像] (上)
 『本州最涯地』の碑が立つ、青森県の下北半島先端、東通村に位置する尻屋崎。白亜の灯台、そして放牧されている馬の寒立馬(かんだちめ)でも有名だ。この地に向かう場合、通常、青森県道6号線を経由してゆくことになるが、かつては到着寸前でひとつ踏切を渡る必要があった。県道は日鉄鉱業尻屋運鉱線を横断していたのだ。
 路線は762mm軌間のナローゲージ。1958年から運転を開始した。非電化で、鉱山から尻屋岬港まで石灰石を輸送していた。両端はエンドレスになっており、途中は並走するため複線区間に見える。また中間地点の海側には簡易な車庫もあった。会社は現在も盛業中で運転も頻繁に行われたが、今後も安定した永続的な輸送をはかるためか、ベルトコンベア化を決定。路線は1994年1月21日を最終運鉱とし、36年の活躍を終え廃止された。累計で7404万1734tを輸送したとのことだ(保存車両の説明看板による)。現在、港近くの貯鉱場の隅には防爆形のディーゼル機関車・DL15-HY762(No.2の表記/昭和42年5月・日本輸送機製)と40と33の2両のグランビー鉱車が静態保存されている。津軽海峡を、そしてはるかに北海道を眺めて活躍した軌道。『さいはて』の言葉通り、実際に見にゆくにはなかなか困難な地であったが、一度でも訪問すれば強烈な印象を受け記憶に残る路線であった。
 なお走行シーンの映像は1993年に撮影したアナログ素材であり、撮影時および経年化によるテープの劣化を起因とするノイズが所々に発生していることをお許し頂きたい。また廃線跡は2001年に撮影したもので、現在とは状況が異なる箇所があるものと思われる。YouTubeより


日鉄鉱業(株)(にってつこうぎょう) HPより
[写真・画像] (下)尻屋鉱業所
〒035-0111 青森県下北郡東通村尻屋字八峠2-61
■鉱石部門
"石灰石の国内自給率100%を支える鉱石部門"
 当社の鉱石部門の主力商品は石灰石です。石灰石は、何億年も前に海底に堆積したサンゴ類などの海中生物の骨や殻が、長い年月をかけて岩石となり、地殻変動によって陸地に隆起したものといわれています。
 この石灰石は、資源小国といわれるわが国において自給率100%を誇る地下資源であり、国内年間生産量は1億4千万トンにものぼります。
 当社グループは、国内最大規模を誇る鳥形山鉱業所(高知県)をはじめ、尻屋鉱業所(青森県)、大分事業所(大分県)など全国各地に石灰石鉱山を有しており、業界トップクラスの年間約2千4百万トンの石灰石を生産し、国内の鉄鋼メーカーやセメントメーカーなどに販売するとともに、一部はオーストラリア・台湾等の海外へも輸出しています。


≪くだめぎ?≫
 伝説の"鉱山鉄道"である、現役営業運転を見ないで暮らしてしまった。
"762mm軌間のナローゲージ" で益々、神成化されそうである。

日鉄鉱業(株)尻屋鉱業所としては、1958年4月に尻屋鉱業所を開設し、1994年1月に最終運鉱とし、ベルトコンベア化されて現在も盛業中のこと。
Posted at 2023/04/28 19:02:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道貨物 | 旅行/地域
2023年04月17日 イイね!

「通運」って一体何だ?

「通運」って一体何だ?物流の日本通運、福山通運…
「通運」って一体何だ?
かつて絶大な力をもった“お墨付き”
2023.04.12 深川孝行
昭和時代の広大な貨物操車場
(画像:鳥栖市)
◎物流大手の日本通運など、社名に「通運」が含まれる運送会社は複数あります。見慣れない単語である「通運」ですが、実は物流の歴史と深い関係があったのです。
■そういえば「通運」とは何なのか
 「侍ジャパン」が見事優勝を飾った、2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。中継番組では、黄緑色の「NX」のロゴをあしらったテレビCMが頻繁に放映されていたことを覚えている方も多いはずです。これは大会期間中のダイヤモンドパートナーとなっている「Nippon Express」つまり「日本通運」で、国内の物流最大手の企業です。
 ここで素朴な疑問ですが、会社名にある「通運」とは一体何でしょうか。「運送」「輸送」「運輸」と違いはあるのでしょうか。
 同じように「通運」を冠した会社としては「福山通運」も著名で、首都圏では「札幌通運」「新潟通運」のトラックもよく見かけます。これらの企業は、日通の子会社でもグループ企業でもありません。
 実はこの2文字、簡単に言えば「貨物駅に出入りしていいですよ」と国からの“お墨付き”をもらった物流企業だけが名乗ることを許された特権、いわば「プラチナ・チケット」の名残なのです。
■巨大な「すき間産業」を国が管理
 文明開化真っただ中の1872(明治5)年、新橋~横浜に日本で最初の鉄道が走りはじめました。当時、鉄道の最大の役目は「旅客」ではなく、あくまでも「軍事輸送(兵站:へいたん)」と「物流」で、富国強兵・殖産興業の牽引役となるのが務めでした。
 翌1873(明治6)年に鉄道の貨物輸送がスタートすると、これまで飛脚か大八車、馬車・牛車しかなかった陸上輸送に大革命が起こります。前代未聞の“超高速”で大量に荷物を運べる貨物列車は、鉄道の急速な全国的広がりとともに、ますます便利になっていき、陸運の主役へ躍り出ます。
 東海道本線が1889(明治22)年に全線開通し、新橋~神戸間約600kmを約20時間で結ぶようになった一方、道路による交通手段はまだ全くの未開で自動車すら存在せず、国道も江戸時代の街道とあまり変わらないレベルでした。
 蒸気船も大量輸送手段として台頭し始めていましたが、スピードでは鉄道の敵ではなく、なにより内陸部の輸送は不可能で、鉄道輸送のシェアを脅かす存在ではありませんでした。
 さて、鉄道貨物を利用するとなると、荷主は自分で貨物取扱駅や「貨物ターミナル」へ荷物を運び、時刻と値段を調べて荷物を貨車に載せます。到着駅では、貨車から荷物を降ろし、自ら目的地まで運ばなければなりません。これらにともなう手続きや書類作成も全部自分で処理しなければならず非常に面倒です。
 そこで、荷主から荷物を受け取ったあと「駅まで運び、貨車に載せたり、駅に着いた荷物を取り出して荷主のもとに届ける」という、いわば「ラスト・ワンマイル」を受け持つ運送業者が必要となりました。
 国は、利便性と安心・安全を図るため、信頼のおける比較的に大きな輸送会社に「通運」の免許を与え、こうした「荷主~貨物駅」を担う業務を行わせることにします。
 なお、「通運」の免許がない業者が内緒で貨物駅に運んだりすると、法律違反として罰せられることもありました。つまり通運免許がない運輸会社は「貨物駅に出入り厳禁」に近かったわけです。
 この通運制度、実はそのルーツは鉄道開通よりも早く、前年の1871(明治4)年に国策で旗揚げされた「陸運元(りくうんもと)会社」が前身です。
 江戸時代から続く「飛脚」制度を一元化し、普通の貨物の他にも、政府関連貨物や官営郵便物を独占的に運搬するのが目的で、数年後に「内国通運会社」へと改称しています。
■長距離トラックはまだまだ「輸送界の負け組」だった?
 さて、昭和時代に入って規制が少々緩和されると、全国津々浦々に中小の通運業者が雨後の筍のように乱立します。そこで、内国通運会社をベースにこれら中小通運会社を合従連衡させて1937(昭和12)年に新設されたのが、半官半民の株式会社だった日通なのです。戦時中は国家総動員の掛け声のもと、通運事業をほぼ独占していました。
 第二次大戦が終わってしばらくすると「通運事業法」が作られ、財閥解体や独占禁止法もからみながら、大原則だった「1駅1事業者」という規制は撤廃され、ある程度の企業規模と信用度を備えた運送会社であれば国から「通運」の免許をもらえるように規制緩和されました。
 先述の日通をのぞき、現在の社名に「通運」を謳う物流企業の大半は、この「通運事業法」の制定後に免許を取得した、いわば“戦後組”です。ちなみにヤマト運輸 は社名に「通運」を掲げてはいませんが、こちらもれっきとした戦後組の通運会社です。
 通運免許は、1960年代まではまさに「金看板」そのもので、絶大な威力を発揮しました。高度経済成長の最中にあっても、国内の中長距離における陸上貨物輸送は、いまだ鉄道貨物が圧倒的でした。当時は高速道路がやっと建設し始めたころで、主要国道の整備もままならず、未舗装区間も多かったトラック長距離輸送は相変わらず「手間・暇・コスト」がかかったのです。
 通運会社はこうしてトラック輸送業界のヒエラルキーのまさに頂点にいる「花形」でした。しかし、時代は規制緩和や鉄道貨物輸送の減少、さらには国鉄の分割民営化を迎え、1989(平成元)年に通運事業法が廃止。長く続いた通運免許制度はピリオドを打ちます。
 代わって設けられた「貨物運送取扱事業法」では、通運業を「鉄道利用運輸事業」と呼び名を変えて、規制も大幅に緩和されています。また今では法律やお役所の書類の中でも「通運」を見かけることはほとんどなくなっているようです。
 それでも日通を始め「〇〇通運」の大半がいまだに「昔の名前で出ています」なのは、「伝統」「プライド」「信頼感」、そして「ノスタルジー」だからかも知れません。【了】乗りものニュース


≪くだめぎ?≫
 「〇〇通運」が第二次大戦の"戦時統合"会社と思っていたが、明治時代まで遡るとは。通運業を「鉄道利用運輸事業」と呼び名だと納得する。
Posted at 2023/04/17 06:04:02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道貨物 | 旅行/地域

プロフィール

「「Yamato」体重計 ♫〜」
何シテル?   04/02 16:02
 「昔々、有ったとさ、 『トヨタディーゼル店』、『トヨタパブリカ店』、『トヨタオート店』、『トヨタビスタ店』・・・」。      身長165cm・体重6...
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