
新たな乗り鉄を発掘、北条鉄道「キハ40」導入戦略
都会人の「オアシス」的存在として期待が高まる
谷川 一巳 : 交通ライター 2022/10/05 6:10
[写真・画像] 五能線時代のデザインそのままにピカピカに磨かれていたキハ40
(写真:谷川一巳)
2022年3月、兵庫県の第三セクター鉄道である北条鉄道に国鉄型キハ40ディーゼルカーが運行をはじめた。運行開始から少し時間を経た週末、久しぶりに北条鉄道を訪ねてみた。
北条鉄道は元国鉄北条線を引き継いだ第三セクター鉄道で、関係する加西市、小野市、そして兵庫県と地元企業が出資する。JR加古川線と神戸電鉄が乗り入れる粟生から、終点の北条町まで13.6kmのミニ路線で、目立った勾配や山越えはなく、平坦な単線非電化のローカル線である。
日本には地域の鉄道が数多くあるが、きわめて地味な存在といっていいかもしれない。国鉄の民営化時、不採算路線として切り離され、これといった観光資源に恵まれているわけでもない。地域需要だけではなかなか経営も難しいのではないかと思われる鉄道会社だ。そんな鉄道にキハ40がやってきたのだ。
■ピカピカのキハ40にテンションも上がる
筆者は前日、姫路に宿泊、加古川で加古川線へ乗り継いで北条鉄道の起点である粟生を目指した。加古川線の列車はロングシートの2両編成、日曜日だったせいか、仕事利用の人は見ないが、週末の気軽な日帰り旅行と思しきカップルや熟年夫婦でそこそこの乗車率であった。
ところが、加古川線の列車が粟生に到着すると、多くの人が下車した。週末の日帰り旅行と思しき客は北条鉄道が目当てだったようで、思っていたより北条鉄道の人気が高まっていると感じた。キハ40形導入は鉄道ファンもさることながら、一般客の集客に効果を発揮しているとも感じた。
北条鉄道には3両のディーゼルカーが在籍していた。第三セクター鉄道でよく見るタイプで、1両はすぐ近くにあった同じく第三セクター鉄道の三木鉄道が廃止になったとき譲り受けたものである。
しかし、これら在籍する車両が引退するわけではなく、路線を延ばすわけでもないのにキハ40形導入となった経緯は、路線のほぼ中間の法華口駅に列車の行き違い設備を設け、増発が可能になったためである。
■五能線のキハ40がやってきた
それまで北条鉄道には列車交換設備がなく、1本の列車しか運転できなかったが、列車の行き違い設備を設けたことで2本の列車が運転できるようになった。在籍する3両のうち、2両を運転し、1両がメンテナンスなどを受けると予備車がなくなるため、1両増備されたのだ。こうして、新型車両より安価に導入できる元JR東日本の五能線を引退したキハ40形導入となったのである。
実際にキハ40形と対面すると、五能線で見ていたときよりピカピカに磨かれた元気な姿で嬉しくなった。キハ40形はJR西日本の山陰地区にも多く残っているが、JR西日本では長く利用されている反面、窓が換気程度にしか開かないよう改造され、サイドビューの印象が変わっているのに対し、今回導入された車両は、デザインこそ五能線カラーであるが、冷房化されたこと以外はオリジナルスタイルで、いかにも「キハ40」を思わせる姿が鉄道ファンの心をくすぐるのではないかと感じた。
■「五能線当時のまま」をうまく利用
車内に入って苦笑してしまったのは、路線図が五能線当時のままというところで、「深浦」「鯵ケ沢」といった、この土地とは無関係の地名が見られることである。かつて、一般的には中古車両であることに興味を持つのは鉄道ファンだけであったが、北条鉄道では「東北の車両がやってきた」という部分をうまく利用している。
トイレの外壁部分には「キハ40導入支援者一覧」があり(トイレは使用できない)、支援者名や団体名がずらりと並ぶ。キハ40形導入に際してはクラウドファンディングによっての資金調達が実施され、目標金額を大きく上回る金額が集まったという。
沿線にはカメラを構えた鉄道ファンをずいぶん見かけた。これといって山越えなどの区間はないが、全体的に日本の田舎の原風景のような沿線で、非電化ゆえ架線柱がないので、どの駅で降りてもそれなりに絵になる風景となる。
人気のキハ40形は4両のうちの1両であるが、北条鉄道のウェブサイトに4両の運用予定が掲載されているので、事前に運行日や時間などは確認できる。キハ40形はおもに週末の運転となっているので、やみくもに走らせず、週末の来訪者のために温存しているともとれるスケジュールである。
2022年2月22日付記事(小湊&いすみ鉄道、首都圏で満喫「国鉄型キハ」の旅)でも述べたが、旧国鉄型ディーゼルカー運転には、故障時の部品補充がネックになる場合があるので、大切に使うという考えも重要であろうと思う。
■大阪へ出るなら高速バスが圧倒的に便利
終点の北条町は兵庫県内陸、加西市の中心になる町で、駅前には大きなショッピングセンターがあった。
この地域は中国自動車道が東西に通っていて、地域交通はほぼ自家用車である。大阪へ出るのに、鉄道だと北条鉄道から加古川線、山陽本線、あるいは粟生から神戸電鉄、阪急電鉄などと乗り継がねばならないが、高速バスなら乗り換えなしでアクセスできる。道路を中心に考えると便利な立地だ。
高速バスは高速道路上の「北条」バス停があるほか、始発の高速バスは「アスティアかさい」を起点にする。「アスティアかさい」とは前述のショッピングセンターのことで、つまりは北条町駅前なのだが、バス停名は駅であることに触れておらず、地域住民の足として、鉄道の利用度が低いことを思わせる。
このため、もっとも需要の高そうな北条町から大阪へは高速バスが楽で運賃も安い。では、兵庫県の県庁所在地神戸の三宮へ行くと仮定すると、北条鉄道、神戸電鉄、阪急電鉄と乗り継ぐのが一番便利となる。ちなみに、北条鉄道の運賃は第三セクター鉄道としては安価なほうで(10km360円)、距離当たりの運賃は神戸電鉄より安い(神戸電鉄は10km400円)。もちろんJRのほうが距離当たりの運賃は安いのだが(加古川線10km210円)、JRで神戸方面へ出ると加古川経由になり、距離が長くなり、かえって高額になってしまうのだ。
大阪へ出るなら高速バスが便利だが、神戸へは北条鉄道も大きな役割を果たしているはずである。
■都会人のオアシス的な存在としてうまく機能
そうこうしていると、粟生駅に1台の観光貸切バスが停車、北条鉄道側では時刻表に載っていない、キハ40形ではない列車が行先表示を「回送」にして到着、間もなく行先表示が「団体」に変わった。貸切バスの乗客が北条鉄道の団体列車に乗るのだ。この列車は回送時、法華口でキハ40と交換しているはずで、早くも行き違い設備を設けた効果が表れていた。
貸切バスの乗客は「神戸から来ました」といい、「国鉄の古い電車にも乗る」といっていた。女性がほとんどで、もちろん鉄道ファンといった感じではなく、カメラではなく、皆さんスマホでしきりに車両を撮っている。
一概にはいえないことであるが、熱心な鉄道ファンは、北条鉄道のキハ40を撮るにしても、自家用車で来て、ここぞというポイントで撮影し、案外キハ40に乗る人は少ないのであろう。中国自動車道が至近なので車でのアクセスは非常にいい。
■北条鉄道の「うまい立ち回り」
そのため、「乗り鉄」以外の一般客をどう誘客するかが利用率アップのカギに思えた。そういう意味では北条鉄道はうまく立ち回っていると感じたのである。沿線にこれといった見所はないが、関西圏から若いカップルなどの気軽な日帰り旅にもってこいの場を提供しているように思えた。路線が短いので1日乗車券も1000円以下である。
地方ローカル線の存続が話題になっていて、その都度問題になるのが、その地域の利用者の減少であるが、地方では地域内の移動は自家用車が圧倒的に便利で、人口も減っているのだから、鉄道利用者が増える要因はほぼなくなっている。
■日帰り旅にちょうどいい
北条鉄道は「地域民の利用者を劇的に増やすことには限界がある」さらに「見所も少ないので観光客誘致も難しい」が、関西圏からのちょっとした日帰り旅にちょうどいい場を提供し、鉄道、しかもレトロなキハ40に乗れるという部分が役立っていると感じた。若いカップルなどにしてみれば、「混雑するところには行きたくない」という人も多いだろう。
地方ローカル線には、「地元利用者は少なくても、都会人の休日のオアシスになれれば」といった視点が必要であろう。
鉄道ファン目線でいえば、「国鉄型」なら加古川線の103系もあるし、すぐ近くの播但線普通列車は電化区間が103系、非電化区間はキハ40系ばかりで運転、ともに「国鉄型」である。形式でいえば、北条鉄道のキハ40がそんなにレアな存在ともいえないはずである。
キハ40に乗車して感じたのは「ちょうどいい程度に人気者になっていた」という点だ。1両しかなく、毎日必ず運転しているわけでもない。逆に大騒ぎになっても受け入れられないであろう。その辺のさじ加減がよかったと思われる。
■粟生での接続は3社とも良好だったが…
北条鉄道は関西圏からほど近い場所に位置しているという点も見逃せないが、とくに観光資源はなくても、都会人のオアシス的な場所にはなりうるという点も感じたのである。
北条鉄道の起点となる粟生駅は乗り換えが便利にできていて、加古川線両方向、神戸電鉄、3社4方向の列車が、どれも本数は少ないものの、それぞれが同じ時間帯にやってくるので、どの列車からどの列車へも待ち時間が少なく接続している。
しかし、ひとつ残念に思ったのが復路、午後に粟生から加古川へ乗った加古川線であった。やってきたのは西脇市始発の125系の単行であるが、粟生ですでに満席状態で立ち客が大勢いる。さらに厄神で大勢の客が乗車、超満員で加古川へ到着した。厄神ではお年寄りも乗車したが「お気の毒」としかいいようがなかった。
おそらく加古川線の列車の車両運用は、あまり現場を見ていない人が、運転する側の効率化を優先して決めたのではないだろうか。
■小回りの良さで需要発掘?
北条鉄道キハ40の乗客は「たまにはこういうレトロな鉄道での旅もいいもんだ」と満足げな顔であふれていたのに対し、復路の加古川線は「ただただ早く加古川へ到着するのを待つ」という顔ばかり、あまりに対照的であった。
私は加古川線を毎日利用しているわけではないので、平均的なことはわからないが、小回りの利く北条鉄道に需要発掘の成果が出はじめているのに対し、大きな組織だと、需要がありながら、みすみす利用者に見限られてはいるのではと心配になったのである。
東洋経済「鉄道最前線」より
≪くだめぎ?≫
北条鉄道北条線は1915(大正4)年3月に播州鉄道が開業させ、1943(昭和18)年6月に播丹鉄道が国有化、国鉄加古川線と一体に成っていた路線だ。特定地方交通線第1次廃止対象として、1985(昭和60)年4月第三セクター鉄道に転換し、経営分離した。加古川線は加古川流域であり、加古川駅起点の路線で、加古川市は姫路市の隣町である。粟生駅だけが小野市であり、ほぼ加西市内の路線だ。
粟生駅に1952(昭和27)年4月神戸電鉄粟生線が開業し、現在の路線形成された。粟生線は最大勾配50.0‰の線形も経営的にも厳しい路線だ。
北条線は今回、路線のほぼ中間の法華口駅に列車の行き違い設備を設け、増発が可能になった、「キハ40」導入は車両面の一環だ。JR加古川線・神戸電鉄粟生線・高速バスを使って、北条線・粟生-北条町 13.6kmのミニ路線に人を引き寄せるか仕掛けたものだが・・。