
(上)「さくらバス」廿日市市内を走る循環バス
(下)宮島島内乗合タクシー(メイプルライナー)
廿日市市 より
市の母体は旧佐伯郡廿日市町である。廿日市は中世以来、厳島神社の造営・修繕と西中国山地産の木材の集積を基盤とした木材産業の町であり、山陽道(西国街道)の廿日市本陣を中心に発展した。
昭和時代最後に市制施行した市でもある。
旧廿日市町域は商業・工業都市の側面が濃かったが、平成の大合併によって周辺の4町村(佐伯町・吉和村・大野町・宮島町)を編入したことで、西中国山地の豊かな自然や厳島神社を含む安芸の宮島などの新しい顔を併せもつこととなった。
厳島神社の年4回の祭礼の最終日がいずれも20日であったことから、早くも鎌倉時代中期には毎月20日に市が立つようになり、二十日の市=「廿日市」という名称が徐々に定着していったと思われる。
・1878年(明治11年)11月1日 - 廿日市に佐伯郡役所が設置される。
・1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により
佐伯郡廿日市町が成立。
・1956年(昭和31年)9月30日 - 廿日市町・平良村・原村・宮内村・地御前村が合併して新たに廿日市町が発足。
・1957年(昭和32年)6月10日 - 五日市町佐方の一部区域を編入。
・高度経済成長期以降、広島市に隣接する五日市町と西隣の廿日市町は、ともに広島市のベッドタウンとして急速に発展を遂げた。五日市町は1980年国勢調査で、廿日市町は1985年国勢調査で、それぞれ人口日本一の町となっている。両者は人口増に伴う都市基盤整備の議論の渦中におかれ、五日市町は広島市との合併を選択して、1985年(昭和60年)3月、旧町域全域を区域とする「広島市佐伯区」が発足した。当初は廿日市町も佐伯区に編入するとの案があったが、廿日市町は単独市制を選択したため立ち消えになった。
・1988年(昭和63年)4月1日 - 市制施行し、廿日市市が発足。当初は面積47.89平方km、人口約58,000人(1985年国勢調査では52,020人)のコンパクトな市であった。
・1989年(平成元年)6月1日 - 広島市と境界変更。
・2003年(平成15年)3月1日 - 佐伯町・吉和村を編入。市域が約8倍に拡大する。
・2005年(平成17年)11月3日 - 大野町・宮島町を編入。なお、これにより佐伯郡は消滅した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
最終更新 2026年6月1日 (月) 20:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
≪くだめぎ?≫
2005年に大野町・宮島町を編入。
同時に『佐伯郡』が消滅した。
結果、政令都市"広島市"に参加しない町村は
「はつかいち」シティ、に集結した。
Posted at 2026/06/19 14:41:30 | |
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