<訃報>スズキの名物エンジニア 横内悦夫さん逝去
スズキ70~80年代初頭の世界グランプリ時代のレース担当であり、RG250ΓやGSX1100Sカタナ、GSX-R400/750などの名車を世に送り出した名物エンジニア、横内悦夫さんが亡くなった。87歳だった。
横内さんは、昭和9年4月、宮崎県出身。昭和32年に鈴木自動車工業(当時)に入社、設計課に配属され、同42年にアメリカ駐在、同49年にレースグループ長に任命されてモトクロス、ロードレースのマシン開発を担当。
両競技とも数々のワールドタイトルを獲得し、同53年にはレースグループ長を兼任しながら市販車の二輪設計部次長に配属となる。
ロードレースでは世界グランプリ500ccクラスでのメーカタイトル7年連続獲得という偉業を達成しながら、市販車ではGS750/1000やGSX1100Sカタナ、RG250/400ガンマ、GSX-R400/750などのヒット作を連発。同63年には取締役・二輪生産管理部長となり、二輪設計の現場から退きながら、次世代エンジンの開発やオリジナルF1エンジンの設計検討を進め、実際に3500ccのV型12気筒エンジンの試作機も完成。しかし、スズキがF1エンジンを実際に生産されることはなかった。
スズキ退職後は静岡県浜松市に住み、後進の指導や講演会の出席などを楽しんでいた。
二輪界、ロードレース界、モトクロス界に多大なる影響、貢献をいただいた「生涯いち技術者」(本人談)の一生だった。心より、ご冥福をお祈り申し上げます。
<オートバイ編集部 中村浩史>
横内悦夫さんが亡くなったそうです 残念です。
RG500Γのマニアだったottupai
20歳頃 スズキ本社で横内さんの開発秘話をお聴きしたことがあります。
横内さんが、薄いブルーのユニホーム(作業着)を着て、熱くΓのことを語っていたこと 忘れません。
ホンダとヤマハを抑えて、世界GP500㏄クラス7連覇は偉業の中の偉業と言えます。
市販車も名車というモデルを次々ヒットさせました。
人には寿命があり、いつか天に召されますが、横内さんの死去 残念でなりません。
ご冥福をお祈りいたします
Posted at 2021/10/21 04:56:19 | |
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