2018年06月27日
「みんカラ定期便」なるメールが届いた。そんなものが配信されることは知らなかったし、受信を希望した覚えもない。「毎週水曜日に送信」と書かれているが、みんカラに登録してから初めての受信である。開いてみると「PVレポート」だの「愛車ランキング」など、全く興味のない内容ばかり。挙げ句の果ては「同車種の注目記事をチェックして、フォル太さんの愛車もパワーアップ!?」だって。全く余計なお世話。自分自身の備忘録的に開設しているページなのであって、誰かに注目してほしいとか、ちやほやしてほしいとかいう気持ちはないのだ。そのテの項目は見たい人だけが見ればいい。見たくない人間にメールで送信するなんて迷惑なだけだと思うんだよね。
…ってな訳で、速攻受信停止。
話は少し変わるが、楽天とかで買い物をすると、ショップメールやジャンルごとのメルマガ受信がデフォルトになっている。これもまた腹立たしい。「希望しない人はチェックを外してください」とかあるけど、急いでいるときはうっかりチェックを外し忘れてしまう。頼んだ覚えもないメルマガが届いて、初めて自分がチェックを外し忘れたことに気付き、いちいち配信停止手続きをする…という感じ。出来るなら、「希望する人はチェックを入れてください」ってしてくれないかなあ。先方はメルマガを受信させて、少しでも売り上げを向上させたいのだろうけれど、こちらからすれば、必要もないメルマガをだまし討ちのような形で送付されるんだから、好感なんか抱くはずがない。少なくとも私は不快感しか感じないし、そこに多少お得な情報が載っていたとしても、意地でもアクセスしないし利用もしない。狭量で偏屈なんだろうけど。
当初はタイトルを「余計なお世話Part2」としたのだが、過去記事を確認したら「余計なお世話」系の日記が3つあったので…改題w
Posted at 2018/06/27 14:36:40 | |
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みんカラ関係 | 日記
2018年06月16日
先週、事業所の近くの町内で交通事故があった。重体だった被害者の女の子、残念ながら亡くなってしまったそうだ。可愛い盛りの娘さんを失ったご家族の心痛は想像するに余りある。心からご冥福をお祈りしたいと思う。
まだ警察の捜査が続いているようだし、詳細に書くつもりもないが、道路上でキャスターボードなるスケボーの亜種で遊んでいて事故に遭ったようだ。きっと親御さんは「『道路で遊んではいけない』と強く指導すれば良かった。」とか「あんな遊具を買い与えなければ良かった。」とか、自分を責めていることだろう。加害者(福祉サービス利用者の送迎中だったそうだ)も「もう少し速度を緩めていたら…」とか「あと数秒早く(遅く)通っていれば…」などと後悔にくれていることだろう。
道路は人や車両が通行するところであって遊び場ではない。…とは言え、私が子供の頃とは違い、近所に空き地もないし、公園や広場で遊んでいても「声がうるさい」というような苦情が出てしまうことが多い昨今だ。どこで遊べばいいのか、遊ばせればいいのかと不満を覚える人も少なくないだろう。ただ…酷いことを書くようだが、「諦める」という選択肢も考えるべきなのではないかと思う。人生の選択肢など、基本的には「努力する」「諦める」の二択なのだ。近所に安全な遊び場がなければ、「努力して安全なところまで移動して遊ぶ」か「諦めて別の遊びをする」しかないだろう。第三の選択肢があるとすれば…「状況が好転するのをひたすら待つ」ってことか?
閑話休題。交通事故には被害者も加害者もない。いや、もちろん立場の違いはあるのだが、両方とも不幸にしかならない。故意に事故を起こす人はいないだろう。事故に遭おうとして積極的に遭う人も同様だ。もちろん、どんなに気を付けていても避けられない事故はある。しかし、気を付けることで避けられる事故も少なくないはず。改めて「心してハンドルを握ろう!」と思わされた出来事であった。
Posted at 2018/06/16 10:38:46 | |
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爺放談 | 日記
2018年06月10日
新潟県知事選挙が終わり、副知事経験者が僅差で競り勝った。それにしても、今回もメディアの偏向はすごかったなあ。結果を受けて「組織選挙」だの「論点をぼかした」だの「政党色を出さなかった」だのと、あたかも当選した側の陣営が正々堂々と戦わなかったかのように報じている。投票前には、地元の商工会長さんの「女性知事は必要ない」という発言を女性蔑視、セクハラだという風に一生懸命誘導してたっけ。何かね、本当にメディアの中立性が失われているんだな…と感じる。
「組織選挙」って言葉で、個人の思いを吸い上げず、組織で強制的に票まとめするようなイメージをもたせたいんだろうな。でもさ、その組織ってのは県内にある組織なんだよね。であるならば、県民の意思が損なわれているとは言えまい。県内にある組織が、自分たち組織にとって有益そうな候補者を応援するのは当たり前のことである。対立候補を応援していたかなり大所帯の組織だってあるのだから、そういう言い方をすべきではあるまい。ブーメランが返るだけだ。
「論点ぼかし」って言葉だって、福島第一原発の事故を見れば、誰だって原発GoGo!とは言わないだろう。論点をぼかすために慎重路線を打ち出したのではなく、批判のための批判をしている連中と違い、前任者の功績や姿勢にも敬意を払っているということではないのか。そもそも、自分たちから遠く離れた地域に原発を押しつけ、そこで発電された電力を使って繁栄している地域の人に言われたくない。
「政党色を出さなかった」だって、某民○党がイケイケだった頃には猫も杓子も民○党を名乗って立候補・当選していたくせに、傾いてきた途端に無所属で出たり、公認を断ったりした連中がたくさんいたじゃない。それはいいの? そういう身内に甘いことばかり言っているから信用されないんだって。
「女性知事は必要ない」発言(問題提起失敗)にしたって、タイミング的には相手陣営の「新潟に女性知事を誕生させましょう!」という演説を受けてのものと判断できる。それを受けて、「女性知事=当該候補者」は必要ないと言ったのであり、女性の政治家はダメだと言ったわけではあるまい。何より、候補者自身の発言ではない。地元の商工会長さんの発言だ。つまり、一有権者の発言であり、ある意味「地元の声」なのである。
「女性」という言葉を使ったのが不適当だというのなら、先に「『女性』知事を誕生させましょう!」と訴えた陣営に落ち度はないだろうか? 先方の発言にあった「女性」が女性全般を指しているのであれば、「男性はダメだ」と言っているに等しいわけだ。先方が「そうではない。女性である『当該候補者』を当選させてくれ!という訴えだったのだ。」と言うならば、それを受けた「女性知事は必要ない」だって「女性である『当該候補者』は必要ない」と解釈できるはずだ。相手にのみ悪意ある解釈を押しつけるのはフェアではない。そもそも、資質のある人間が知事になればいいのであり、そこに性別を持ち出す必要など微塵もないはずだ。以前も書いたが、セクハラをこういう形で利用する人間が増えれば増えるほど、本当に困っている人間の肩身がどんどん狭くなっていくのだが…何で分からんのかね。ま、答えは「本当にセクハラで困っている女性のことを思い遣っていないから」に尽きるのだろうな。
そもそも論で言えば、新潟県の知事を選ぶ選挙を勝手に国政の代理戦争化されたことに腹立たしさを覚えたのも事実だ。新潟には縁遠い中央の政治家たちが応援に駆けつけ、新潟県政に縁遠い「もりかけ問題」での政権批判を繰り返すんじゃ、前回支持した人たちが離れていくのも無理ないのではなかろうか。忘れてはならないのは、「もりかけ」はあくまで疑惑であり、まだ全容が解明されていないものだ。推定無罪の原則に則れば、あのように連日国会を空転させながら責め立てる人々の姿は決して格好よくは映らない。何より、疑惑を真実であると立証する責任を有するのは訴えている側のはずだ。それを新潟県知事選挙にまで持ち込んだのは、先方の戦略ミスでしかない。あの応援演説を見て、当該候補に票を投じることをやめた県民も少なくないはずだ。私はそうだった。
何にせよ、今度の県知事さんは長続きしてくれるといいなと思う今日この頃である。
Posted at 2018/06/11 11:32:20 | |
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爺放談 | 日記