2026年10月21日
現時点での総走行距離は、E53が81,342km、モデル3が40,467kmになった。2年前まで乗っていたe-208は68,848kmまで走った。EVはトータルで109,315km走ったことになる。


E53は車検証上は一応ハイブリッドだが、モーターのみで駆動することは無く、ほぼ一般的なガソリン車。ガソリン車とEVを同時並行で合計19万キロの距離を走らせて来たことになるが、クルマについての考え方は大きく変わった。
自分の場合、内燃エンジンを積まない、モーター駆動車を「EV」と認識している。PHEVはまだしも、ハイブリッドをHEVと表記してEVの一種のように誤認させるのはインチキと思っている。
クルマを運転するようになって40年を超えるが、ここ10~20年でドライバーを取り巻く環境は変わり、法令や交通法規を順守する考え方が浸透してきた気がする。高速道路を走っていても、2000年代に比べると明らかに平均速度は下がっている。無茶な運転する人も絶対的には少なくなっていると思う。
社会全体でも、コンプライアンス、ガバナンス、SDGs、ESG、CSRとか言った用語が喧伝されてきている。そうした用語の目指すところは分かるし当然とは思うが、標語として独り歩きし、稼ぐためのネタとして利用したいコンサルタント、浅薄な意識高い系やマスコミが使いだすとほんとうんざりするし、大嫌い。まともに英語も喋れないような大学教授がガバナンスと連呼すると鳥肌が立つ。そのガバナンスの導入を標榜して不祥事起こしている会社がたくさんあるのはどうして? そういうカタカナ英語を使って表面的な施策をしても有効な対策にはならないといういい実例だ。
脱線してしまったが、現在のような運転環境では、かつてのようにクルマの運転を楽しむというのは難しいと思っている。
かつて乗っていたBMW E46 330 M Sportsは、3Lの直6で、今となっては大したことのない231PS/30.6kgmという出力だったが、公道で乗る分には不必要なほど速かった。それでも当時の道路環境下では、場所を選べば直6NAの気持ちよさを存分味わうことができた。内燃エンジンの最盛期はNAの時代にあったと今さらながら痛感する。
その後、ターボ車が増え、出力の底上げがある一方、日本の道路では平均速度の低下、取り締まりの強化などあって、出力が上がった車は徐々に性能の持ち腐れになっていったと思う。いまや一般的なクルマであっても十分な性能があって法定を遥かに超えるスピードが出せるし、高性能車なら500馬力で当たり前、果ては1000馬力超まであって際限がない。
運転を楽しむのに、そのクルマの性能はある程度は引き出してやる場面も当然出てくる。だが、出力が大きい車だと法定速度を簡単に超えてしまうし、周囲のクルマとの速度差が大きくなってリスクも高まる。高性能車の高性能な部分を日本で常識の範囲で楽しむことはもう無理なのだ。合流時や料金所通過時の短時間の加速や車間が空いたときの瞬間的な加速で楽しめるくらいか? ゆっくり走っても面白い高性能車だったらこの限りではないが。
RS3やC63、G63とかが一般道や高速で滅茶苦茶な運転しているのに遭遇したことがあるが、ああはなりたくない。見栄や自己満足で乗るならいいのだが、性能を発揮させるために頭のネジが飛んでるような運転をするのは、周りからすれば迷惑だし甚だ見苦しい。自身も相応のリスクを負うことになる。いい大人のやることではない。高性能車に乗っているからと言ってそれを運転する人間が高性能になるわけでも、価値が高まるわけでもない。単にクルマの威を借る情けない人間だ。まず自分自身を鍛えた方がいい。
結局、この手の「高性能」って、売る側が付加価値つけて高く売るためのもので、買う側は乗せられてるだけという、当たり前の構図に行きつく。どういった製品であれ、こういう側面はあるし、ビジネスとしては正しいと思う。例えば必要もない高額なドラム式洗濯機を販促するが、実は縦型で十分なのはメーカーも分かっていてやっている。クルマも同様と思うが、クルマの場合は余剰性能が大き過ぎるんだと思う。普通の家族なら400Lの冷蔵庫で十分なのに高級ラインなので2000Lの容量にしてみましたって感じ?
そういう背景もあって、EVに10万キロ超乗ってきて思うのは、モデル3くらいであれば、もはやこれで十分ということだ。もう「駆け抜ける歓び」とか言ってクルマを運転する時代ではなくなってきている。多くのクルマにはACCがついていて高速を定速走行をしている車両も多い。遅れている日本においても、数年内に自動運転あるいは高度な運転支援が導入されるだろう。
そうするとエンジンの形式や出力とか、加速性能がどうだとかは重要ではなくなって、乗り心地や居住性、デザインに関心が集まるのではないだろうか?それでも、ブランドやステータス性の要素は残ると思うが、カーシェアが進んで個人所有の考え方が薄れたら、クルマ単体についてはあまり関心を持たなくなるかもしれない。例えば、電車に乗るのに電車というハードウェアについては一般人は興味持たないのと同じだ。
ポルシェみたいなメーカーは立ち位置が難しくなるだろう。EVモデルを出したとしても、走りの良さをアピール出来なくなっていくとどうやって生き残っていくんだろうか。
うちにあるE53は435ps/520Nで、今はもっと高性能なモデルも多いが、正直ここまでの性能はもう不要だ。その性能をフルに享受できる場面は少なく、せいぜい状況が許せばエンジン回して直6を味わうことができるくらいだ。そういう時、出力が絞られるエコモードが役に立つ。SportやSports+ではパワーがあり過ぎて味わう余裕が無くなってしまうからだ。
幸いゆっくり走ってもメルセデスとしての良さは感じられるし、遠出すればAMGの巡航性能の高さを実感できる。パワーは過剰だとしても、実用性は極めて高く便利なのでまだ乗り続けているが、最近はこの先も乗り続けるか、買い替えるかで揺れている。
絶妙なサイズ、広大な荷室、極めて疲れの少ない走行性能とシートは使うほどにその良さを実感している。それに加えて、意外と重宝しているのが、エアサスによる車高調整とドライビングダイナミックシートのアクティブに締めてくれる可変サイドサポート。最初はくすぐったくて切っていたが、慣れるとコーナーで見事に上体を支えてくれて劇的に疲れを軽減してくれる。S214のE53にも備わっていない機能だ。今、上記を全て備えているモデルは自分の知る限り無い。M256の直6も素晴らしいのは認めるが、これがバッテリーとモーターに置き換わったらそれもいい。
2台目のクルマが2000年にEVのe-208になり、2024年にモデル3になって、並行で比較しながら使ってきたが、内燃エンジンのクルマはE53で最後かなと思っている。
GLC53が発売になって、C53も出ると予想されている。W214/S214のマイナーチェンジ時にE63が出て、E53がW213/S213と同じ形式の直6に戻るという可能性もある。だが、もうそういうクルマが欲しいという熱量がない、というより、もう無意味だと思う部分がある。モデル3の方が街中での加速に優れるし、道路を問わず自在に運転できる。ガソリンスタンドに行く必要がない。移動コストが安い。遠出もSC前提で予定を立てれば十分可能だ。
内燃エンジンのクルマじゃなきゃダメだという考えも分かるが、それももう古い。
LPレコードがCDになり、DAPやスマホになっていく過程で、大きくて重いターンテーブルのレコードプレイヤーで拘りのカートリッジを使って大音量の音楽を聴かなきゃオーディオじゃないと言っているのに等しい気がする。
あるいは、スマートフォンに移行する中、ボタンがついていて通話がしやすい昔の携帯電話じゃなきゃダメだ! 電池の持ちが悪いスマホなんか使えるか!と言うのにも似ている。相対的に電池の持ちの悪いスマホ、今どうやって使ってますか? これEVにも通じる点だ。
(適当に書き殴ったので、適宜、補足・修正する予定。)
Posted at 2026/10/21 21:55:34 |
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