
土曜日に1泊で群馬の山あいの温泉へ行っていましたが、大雪でひどい目に遭いました。
渋滞の嵐で、到着には時間がかかるは、雪でタイヤがスタックするはで大変でした。
今朝起きたら、スイスポ号が氷漬けになっていました。
ナンバーからつららが下がっていました。
帰りも関越道が通行止めとなっていて、どうなる事かと思いましたが、午後再開されたので何とか帰って来れました。途中休憩で寄った寄居PAが星の王子さまPAに変わっていました。
最近SAやPAがコラボするのが多いですな。
建物は作者のサン=テグジュペリにちなんで、南仏をイメージした物なのでしょうね。
施設内には星の王子さまのストーリーの表示や、
サン=テグジュペリの生涯を講談調に紹介しています。
ここでクイズです。
「作家としてだけではなく、フランス空軍のパイロットとして有名なサン=テグジュペリですがその乗機の機種は何でしょう?」
「ロッキードP38戦闘機」と答えたあなた。良くご存知ですね!
「ロッキードF5偵察機」と答えたあなた。かなりのマニアですね!
「ブロッシュMB174」と答えたあなた。立派な変態ですね!
1944年7月31日にコルシカ島から出撃したサン=テグジュペリは地中海上空で消息を絶ちました。その時に乗っていたのは山本長官機を撃墜したのと同じロッキードP38だと良く言われていますが、正しくはP38を改造して武装を外し、写真撮影用のカメラを積んだF5と言う偵察機です。
ブロッシュMB174はフランス空軍の偵察機で1940年5月のバトル・オブ・フランスの時にサン=テグジュペリが搭乗した機種です。この時はドイツ空軍のメッサーシュミットMe109に発見され追い回されたものの、辛くも逃げ切ったそうです。ブロッシュMB174は生産機数が少なく、第二次大戦の際フランスは早期に降伏してしまったため活躍期間が短く、航空ファンでもかなりのマニアでないと知らないと思います。
サン=テグジュペリが星の王子さまを出版したのが1943年です。バトル・オブ・フランスでMB174に乗っていた時に撃墜されていれば、星の王子さまは世に出なかったと思います。
逆に1944年7月31日に撃墜されなければ、もっと多くの名作を世に送ったのでしょうね。
マルセイユ沖で発見されたF5の残骸に残っていた製造番号がロッキード社の記録と一致し、サン=テグジュペリの乗機と確認された、と発表があったのは2004年の事でした。
話がかなりそれましたが(また訳の分からん事言っていると思ってるでしょ?)、星の王子さまPA。星の王子さまが好きな人や、サン=テグジュペリに興味がある人は一度訪れても良いと思います。
Posted at 2014/02/10 01:14:17 | |
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