
・人に貸してもらってたまたま読んだ小林まことの「柔道部物語」を読んだ影響で柔道部に入る。
坊主頭が嫌で野球部を避けたんだが、入ってみると柔道部も全員坊主頭だった。
・野球部が強く、当時の同級生がのちに3人甲子園に出た。
ガラは悪かった。
・ヤンキー中学だったが、弱い者いじめが嫌いな昔気質で気のいい不良が多く、いじめはあんまりなかった。
先生たちは若いがしっかりした人が多かった。
・入学当初、クラスでいちばん背が高かったが、中2の秋くらいから周りにみるみる抜かれ中3では、まん中らへんの背丈になる。
・中1のときに限っては女子にモテて、歩いてると女子の集団から歓声を受けたり大きな声で名前を呼ばれたりしていたが、吉川英治の「宮本武蔵」を読んで中二病的に解釈していたせいで、すべて無視していた。
実際のところ、当時はゴルゴ13とゴリラーマンにとても似ていて、なんで自分が女子にモテているのか理解できなかった。
ヤンキー女に特に人気があった。
・中1の体育祭のクラス対抗リレーで最初から2番目、最後から2番目の2回走った。
当時足がアホみたいに速く、ドベでバトンタッチを受けてごぼう抜きしてトップに躍り出るなどし、沸き起こる歓声が快感だった。
・中2の夏、柔道部を辞める。
学年でいちばん強かったが、弱い部員が大量離脱するタイミングになぜか巻きこまれてしまう。
スランプに陥り、嫌いなやつに強さで抜かされそうになっていた、北九州の中学柔道のレベルが高く、全国優勝した他中学の部員にはしょせん勝てずモチベが下がっていたなどの背景がある。
・柔道部を辞めてツンツンに逆立てたカッコイイ髪型にするが、同時に女子はスーッと離れ、以降ぜんぜんモテなくなる。
・チャリンコで新聞配達を始める。
給料はCDとPCエンジンのソフトに全部ぶっこんでいた。
サザン、バービーボーイズ、TMネットワークなどを聴いていた。
・チャリンコでとんでもない距離を移動してPCエンジンのソフトを買いに行っていた。
なかでもそこまで遠くない場所にあった「WICK」の店員のショートカットのさばさばしたお姉さんが気になり、よく足を運んでいた。
・この頃、何が楽しかったのか毎日嬉々として中学校に通う。
特に中学校でたいしたことはしておらず、昼休みにサッカー、バレーボールなどをしていた。
・毎週少年ジャンプを発売翌日に同級生から借りていた。
当時「ドラゴンボール」がナメック星編で全盛期だった。
・中3のときにアメリカの中学生が大挙してなぜか交流で訪問してくる。
学年が陽キャだらけだったおかげでつつがなく交流を終える。
・中学生のたまり場だった「丸和」というスーパーにたまたま逆立ててた髪を降ろす、眼鏡といういでたちで行ったら、とたんに駐輪場で他中学の生徒のカツアゲに遭う。
柔道の足技でコロコロ相手を転がし、1対3だったが圧勝する。
・塾経営の親が勉強に執拗に口をはさみ始め、これが非常にやっかいで親子関係が険悪になる。
成績は当時上位のほうだったが、あれこれこねくり回されたあげく成績が下降する。
フツーにしてれば学区のトップ校に進学できたんだが「親の指導のおかげでトップ校に進学した」という体裁にして親の手柄にしないと気がすまないんだな、というのを中学生ならではの直感で見抜いていた。
・中3のときに柔道の授業で素人相手に無双し、ひさしぶりに注目を浴びる快感を思い出すとともに「柔道部辞めなきゃよかった」とじゃっかん後悔する。
・親子関係が暗く影を落とし、中3からしだいに陰キャになる。
・高校は結局学区で2番目の高校を受けた。。
合格発表だけ見に行く日があったんだが、登校途中に既に下校中だった同級生に「おまえ受かってたぞ」と告げられる。
それから同じ高校を受けた学年のアイドルだった女子とすれちがうんだが、そのときなんとも微妙な表情をされる。
彼女も受かってたんだが、同じ高校にはなぜか来なかった。
私立に行ったんだと思うが(私の地域で県立を蹴って私立に行くのはまれである)、行方はわからない。
・高校からの帰宅中の夕暮れどきなど、ときおり中学時代のヤンキーの同級生がバイクに乗ってたり、カップルでふざけあったりしているのにでくわして「よっ!」と気さくに声をかけられた。
Posted at 2026/04/01 22:02:55 | |
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