
諸星大二郎って主に中国古典を元ネタにして、まあ中国古典じゃないものも多いですけど、東洋的世界観で不可思議な怪奇趣味を描く、ただそこには何かしらふだん気づかない・見えない人間、世界の重要な事柄が潜んでいる…気がする。…って漫画家ですが、新しい方向性を探りたかったのか単に興味を惹かれただけなのか、珍しくグリム童話を下敷きにしています。
この本には「グリムのような物語」ということでグリム童話を題材にした8編が入ってますが、他が誰でも知っているようなグリム童話なのに比べて、知名度の低い「トゥルーデおばさん」という1編があります。
世間の人と離れて生活してるトゥルーデおばさんに、ある好奇心の強い娘さんが興味を持ってしまい、会いに行きます。
周囲は「やめときな」と引きとめるんですが、「絶対に会いに行く!」と言って、会いに行きます。
トゥルーデおばさんの家の1階には青い男がいます。
何かしら悪いことをしてる人間なのは間違いなさそうですが、話してみるとけっこう親切で、暖かみもあります。
娘さんを心配して「トゥルーデおばさんには会うな」「家に帰りな」と、何度も忠告します。
それに、「どうしてこうなったかなあ」と自分の境遇を少し嘆いている風でもあります。
2階には黒い男がいます。
こちらは無関心で冷淡です。
娘さんにもまともに口をきこうともせず不まじめです。
無関心だから全然娘さんのことを見てないかっていうと、娘さんが困っているのを見ると遠くからニヤニヤしています。
それに、ときおり娘さんを自分の仕事に利用しようとします。
やはり何かしら悪いことをしてるようです。
3階には赤い男がいます。
これはもう全然話が通じる相手ではありません。
娘さんを見ると問答無用で危害を加えてこようとします。
娘さんに限らず、他人には排他的で攻撃的なようです。
…トゥルーデおばさんは4階にいました。
下の階の3人の男達はトゥルーデおばさんに使われているようです。
トゥルーデおばさんは「私の仕事を引き継がせるからね」と、娘さんに言う。
トゥルーデおばさんの足下からは地獄と思しき、人間が苦しむ光景が見える。
娘さんは「後悔なんてしていないわ!」と言う。
…地獄はまあ嫌だとして、仮に天国があるとして、そんなにそこに行きたいですかね?
世の中に平和と喜びと楽しみしかなかったら、たぶんですけどそれはもう喜びとも楽しみとも思わないんじゃないですかね。
ものを光だけでくまなく照らしてしまうと、ものがみえなくなってしまうように。
喜びと楽しみがあるけれど、ちょっぴり怒りや哀しみがある、このくらいがたいていの人にとって幸福なんじゃないでしょうか。
もっとも幸福のかたちなんて人それぞれですから、この人怒ってばかりだけどあれで案外本人は幸福だとか、深い哀しみをきっかけにして大きな喜びにはじめて気づく、なんてこともありそうです。
なんにせよ喜びと楽しみだけを追い求めて人の持つ暗い部分を排除しようとすると、そういう人にせよそういう世の中にせよ、ろくなことにならなそうです。
Posted at 2020/07/19 13:54:28 | |
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