
・大学中退後、フリーターを2年半位やって気がつけば27才、給料少なく「一生これやってんのかな」と焦燥感を抱き始める。
ある日、千葉の田舎で交通量調査をやってたが、昼休みの車内でたまたま転職雑誌に載っていた「こんなボクでもリッチに」みたいな異彩を放つあやしい不動産会社の募集を発見、うさんくさいなか、募集の文面にどこか真摯さと一生懸命さを感じ、ふらっと応募。運命の分岐点。
・「とりあえずやってみる?」くらいのノリであっさり採用。
当初何もできないので、出社後スーツからTシャツ、ジーパンに着替えてチラシばかり配ってたが、1週間後、チラシを見たお客さんの契約が決まる。
交渉は上司がやって私がチラシをまいてる間に即日で契約が決まったので、最初のお客さんは顔見てない。
帰社後、別の上司に「これでおまえは不動産から抜け出せなくなる」と言われる。
・固定給25万に歩合が成約金額の1.2%(3000万の物件だと36万)、それまでポスティングのバイトが日給8000円だったので「今まではなんだったんだ」と思う。
以降、ビギナーズラックで契約が続く。
ポンポン小金が入ってきてスーツが上級品になり、歩合の入った茶封筒をもってロレックスを買うなどする(当時のロレックスは中古だと30~40万円位だった)。
・朝10時~夜22時まで仕事し、仕事中には罵声が飛び交い、一般的には完全にブラック企業だったものの、言いたくないがなんだかんだとりあえず金があれば人間だいたいハッピーなことに気づく。
同僚は一見ツンツンしてるが、素の状態だととぼけてて味のある人が多かった。
・仕事を覚えてくると、夜22時に退勤したあと頻繁に飲みに行くようになる。
はしごするうちに終電がなくなり、カラオケ→サウナ、あるいは会社に戻って雑魚寝して翌朝そのまま勤務することがざらにあった。
・1年後スランプになるが、当時の営業部長は典型的なわかりやすい「アメとムチ」で部下の操縦術に優れていて、スランプのあいだはとくに何も言われず、スランプから回復後、契約狂い咲きして調子に乗ってるタイミングでこっぴどく怒られるなど、このへんは他の社員にも一貫していた。
・この時期、ブラック企業のわりに休みの日に誰も頼んでないのに出社してくるなどする。
・合コンで気に入った子とふたりで会うセッティングをし、バイト時代の仲間が板前として復帰した六本木の高級すし屋に行く。
かなりの美人さんだったんだが、いまいち盛りあがらず「ああ、俺、女性に興味ないんだなぁ」と気づく。
「一日楽しんでそれで終わりでいいや」と思い、バイト時代、社員だった人をその場に呼ぶ。
バイト時代の社員、すぐに察し、場をひととおり盛りあげて解散する。感謝。
・31才の頃、係長、固定給45万+歩合1%。
周囲の同年代より明らかに収入が高くなる。
冗談を言わないのと厳しい営業スタイルから周りに「ピッコロ」などと呼ばれる。
・物件の展開が首都圏から郊外に拡がり始めたため、それまでもっぱら電車移動だったが、社用車を使うようになる。
社用車はBMW318、カローラフィールダーなど。
この頃のクルマの運転はマジでヘタだった。
この時期、ゴルフGTI買う。
・ほどなくしてリーマンショック発生、粉飾決算でジャスダック上場してた不動産会社、軒並み倒産する。
私のいた中小のデベロッパーも一気に資金繰り悪化。
業務が終わった後、深夜2時までチラシ配りに出るなどムチャクチャしてたら学生時代の燃え尽き症候群が再発。
・不動産から足を洗い、測量会社の助手、デリヘルのドライバーなどするが、いまいちうまくいかず。
売主が倒産してディスカウントされてた横浜市南区のマンションを買ってそのまま賃貸に出す(これ、基本的にはやっちゃダメ!)
住んでた賃貸解約し、ゴルフGTIで高速に乗って地元の北九州に帰る。
⇒以降は、2009年、みんカラの私の最初の記事に続くのさ。
Posted at 2026/04/05 07:36:13 | |
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