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青空スローライフのブログ一覧

2016年07月27日 イイね!

♪デアゴスティーニ♪・・・73

♪デアゴスティーニ♪・・・73こんにちは。青空スローライフです・・・ゴメンなさい。このシリーズ、月一紹介になってしまいました。8月からは何とか心機一転、もっとマメに紹介したいと思います。

予約や取り寄せのみとなってしまった結果ウチの方では店頭に並ばなくなって久しいデアゴスティーニの[ラリーカーコレクション]、今回は73号・・・マシンは シトロエン・C2 S1600です。

今号の巻頭を飾る[RALLY WORLD]は・・・

永らく続いた[世界の偉人]シリーズも今号で最終回、トリを飾るのは、ペター・ソグベルグ④です。

古巣の一つ、フォードに戻ったソルベルグの2012年はモンテ3位という上々なスタートを切りました。その後も上位入賞を続けるも表彰台頂上は遠かったのです。2012年のフィエスタは戦闘力の高いマシンでしたが、ハンドリング特性がソルベルグと合わず、彼は自身のベストもマシンのベストも出し切れず、結局フォードはソルベルグとの契約延長はせず、ソルベルグはWRCを離れたのでした。

WRCに別れを告げたソルベルグが居場所を見つけたのは[ラリークロス]でした。参戦初年度こそ実力を発揮するまでにはいかなかったのですが、翌年2014年シーズン、[ワールドRX]シリーズとして再スタートを切ったラリークロスで彼はその実力をあますことなく発揮。

初のRXチャンプに輝いたのでした。
その後、2015年シーズンもタイトル防衛した彼でしたが、2016年、とうとう彼の宿敵が参戦してきました。セバスチャン・ローブです。そして今現在、ローブはランキング4位、ソルベルグは2位という位置につけてそれぞれガンバっています。

さて、今回のモデル紹介に移ります。


いわば高嶺の花といえるWRカーはプライベーターにとってなかなか手を出せない存在でした。そういった需要に対応するようにFIAはターボチャージャーやAWDを廃したクラスを考案。それがS1600クラスでした。シトロエンは当初サクソで参戦。そのこうけいとなったのがこのC2 S1600でした。
このC2 S1600は大成功のマシンとなり、ダニエル・ソルドやセバスチャン・オジェ等の名ドライバー達をWRカー規格へと送り込む事となった訳です。
そういえば先日、このマシンのベースである[シトロエン C2]を見かけることがありました。

こうやって日常の世界にいるC2は風景に溶け込んでいて、S1600クラスで大成したマシンとは思えないのですが、この本を読んだ後では(おっ?)と目を惹く存在となりました。

ではそのモデルを見てみましょう。

シトロエン C2 S1600 です。ドライブするのはセバスチャン・ローブ!ユニークなのがリア・クォーターウインドウに書かれているドライバー名、[S LOEB]という名が上下に連なっています。実はこの時のコ・ドライバーは奥様のセヴェリーヌ ローブさんでした。しかし、コンパクトながらも四隅にタイヤを追いやってふんばり感を醸し出すこのデザイン・・・なかなかだと思います。

さて次号は・・・

ジャガーMKⅡの登場です。う~ん、ボクにはやはりこの手のクルマはスクリーンの中でのクルマと言った感じがぬぐいきれませんが・・・

次号をお楽しみに。ではまた。


Posted at 2016/07/27 08:00:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | ホビー | 趣味
2016年06月29日 イイね!

♪デアゴスティーニ♪・・・72

 ♪デアゴスティーニ♪・・・72こんにちは。青空スローライフです・・・あっ!このシリーズのブログアップ、怠っちゃっていた!ゴメンなさい・・・という事で始めさせていただきます。

予約や取り寄せのみとなってしまった結果ウチの方では店頭に並ばなくなって久しいデアゴスティーニの[ラリーカーコレクション]、今回は72号・・・マシンは ミニ JCW(ジョンクーパーワークス) S2000です。

今号の巻頭を飾る[RALLY WORLD]は・・・


前号に引き続きの[世界の偉人]シリーズ、今回は、ペター・ソグベルグ③です。

2008年シーズン終了後、スバルは突然WRC撤退を発表。さすがのソルベルグでも翌年の他チームのシートを確保する事はできず、2009年シーズン、彼は浪人という道しかないと思われていました。ただそんな中、彼が下した決断は・・・プライベーターチーム発足でした。
時間のない中、彼は人材・WRカーの確保等に東奔西走しました。特にWRカーは苦労したわけですが、結局2006年にワークスで使用していたシトロエン・クサラWRCを確保。そしてペター・ソルベルグ・ワールドラリーチーム(PSWRT)が発足したのでした。


確かに一プライベーターでしたが、彼が駆るクサラWRCは2009年シーズンを大いに盛り上げる要素となりました。旧型のマシンで最新ワークスマシンを追い詰めていく彼・・・その姿に観客はアドレナリンを沸騰させたのでした。それはクサラWRCのポテンシャルの高さを証明する形になったのですが、やはり3シーズン前のマシン・・・シーズン途中で限界を感じたソルベルグはシトロエンにC4WRCを譲ってもらう様に交渉・・・クサラ+ソルベルグに大きな脅威を感じていたシトロエンはなかなか首を縦に振らなかったのですが、大勢が決したところでC4WRCの譲渡を決定。これにより2009年最後の2戦、ソルベルグはC4WRCで戦いに臨んだのでした。そして翌年、優勝こそなかったもののランキングとしてはドライバーズ3位という輝かしい成績を残しました。

そして翌2011年・・・FIAは更に大きなレギュレーション変更をWRCにして来ました。結果、ソルベルグは苦労して確保したC4WRCでの参加が出来なくなり、シトロエンに相談。シトロエンは条件付でDS3WRCのドライブを承認・・・

ただ、その[条件]が大変だった為、ソルベルグの2011年はけっして良い年ではなくなりました。プライベーターの限界を知ったソルベルグ・・・そこへ舞い込んできたのはワークスフォードからのオファーでした。こちらも少々あったのですが、ソルベルグはフォードでワークスドライバーに返り咲く事を決心。翌年からフォードの一員となったのでした。

さて、今回のモデル紹介に移ります。

かつてはラリーフィールドで暴れまくったミニでしたが、長い間、WRCからは離れていました。その間にはMINIはBMWの傘下に収まる等あったのですが、2011年、久々に活動を再開。今回のJCW S2000は目立った成績は残せなかったもののJCW WRCで更なるステージを闘う為の礎となったのでした。

ではそのモデルを見てみましょう。


ミニ JCW S2000 です。オリジナルの形を生かした良いモデルだと思います・・・ゴメンなさい。日本車が去って以降のWRC、ボクはあまり見ることがないのでこのクルマが走っている姿すら見た事がないのでした。でも、ベースのJCWはボクも一時期欲しいクルマの一つにのぼっただけにカッコよいと純粋に思いました。

さて、次号は・・・


シトロエン C2 S1600です・・・これもまたボクは走っている姿を(テレビでも)見た事がないのです。でも、新しいミニチュアが増えるのは大歓迎ですね。

早期に次号の紹介をさせていただくとしましょう。ではまた。





Posted at 2016/06/29 11:57:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | ホビー | 趣味
2016年06月02日 イイね!

♪デアゴスティーニ♪・・・71

 ♪デアゴスティーニ♪・・・71予約や取り寄せのみとなってしまった結果ウチの方では店頭に並ばなくなって久しいデアゴスティーニの[ラリーカーコレクション]、今回は71号・・・マシンは フィアット124アバルトです。

今号の巻頭を飾る[RALLY WORLD]は・・・

前号に引き続きの[世界の偉人]シリーズ、今回は、ペター・ソグベルグ②です。

ソルベルグがローブとの激戦を制し2003年WRCチャンプに輝きました。ただ、ソルベルグの目的は[追いつけ、追いこせ!マキネン!!]でした。したがって一度のチャンプで満足する彼ではなく、2004年シーズンも連覇に向けて全力で臨みましたが、

初戦からいまひとつ好成績を残す事ができず・・・途中で何戦か優勝するものの2004年はライバルのローブにチャンプの座を明け渡してしまいました。そしてローブはそこから怒涛の9連覇・・・ソルベルグとの明暗を分けたのでした。

そのソルベルグは2008年、スバル最終戦、SUBARUのWRC撤退を伝えられ、ワークスチームのシートを失う事になったのでした。

さて、今回のモデル紹介に移ります。

1970年頃からフィアットはワークスチームとしてWRCに参戦するようになりました。マシンはオープンカーベースの後輪駆動スポーツカー[フィアット124スポーツ・スパイダー]でしたが、ライバルチームにエンジン性能で見劣りを感じ、開発をイタリアの名門[アバルト]に依頼しました。それがこの124アバルトでした。結果170ps程までにチューンナップされた心臓部を持つに至った124アバルトは’74のWRCでもアルピーヌ・ルノー等を相手に互角以上の戦いを展開していきました。ただ、途中で参戦してきたランチアの最新鋭マシン[ストラトス]の影響もあって年間チャンプに輝く事はなかったのです。

そして時は流れて・・・

マツダ・ロードスターの異国の兄弟として復活した124、そのスポーツモデルとして124アバルトが出てくるのでした。

ではそのモデルを見てみましょう。

フィアット124・アバルトです。当時の雄姿を忠実に再現してくれています。ただ本来なら黒地に赤い網目で再現したいフロントグリルですが・・・

赤一色に塗りつぶされていました。角度を変えればそれっぽく見えるので大きな問題ではないかもしれませんが、ちょっとだけ気になりました。

さて、次号は・・・

ミニ・ジョンクーパーワークスS2000の登場です。ベース車両は一頃ボクも気になり、購入を検討した車ですね。楽しみです。今日、引き取ってこようと思います。

ではまた。
Posted at 2016/06/02 07:48:32 | コメント(1) | トラックバック(0) | ホビー | 趣味
2016年05月24日 イイね!

♪デアゴスティーニ♪・・・70

 ♪デアゴスティーニ♪・・・70予約や取り寄せのみとなってしまった結果ウチの方では店頭に並ばなくなって久しいデアゴスティーニの[ラリーカーコレクション]、今回は70号・・・マシンは オペルアスコナ400です。

今号の関東を飾る[RALLY WORLD]は・・・

[世界の偉人]シリーズ、今回は、ペター・ソグベルグ①です。スバル参戦時代、最後の大物だった彼ですね。

ノルウェー生まれのソルベルグはWRC界でも一二を争う人気ドライバーでした。彼は・・・

’99年、フォードでワークスドライバーとしての活動を始めました。まずまずの好成績を残しながらもスポット参戦だった彼に[フル参戦オファー]という好条件でのオファーを申し出たのが

スバルでした。ここで彼は兄貴分とも言えるトミー・マキネンと出会います。マキネンと言えば三菱で素晴らしい活躍をしてきたグレート・ドライバー・・・初めこそダブルエースとして活躍させていたスバルでしたが、やがてスバルが出した結論は[ソルベルグをエースに、マキネンはサポート]でした。しかし、ソルベルグを弟の様に思っていたマキネンは彼をサポートし続けることを決意。迎えた2003年シーズン、マキネンの絶大なサポートを背にシトロエンのローブと闘ったソルベルグ。最終戦グレート・ブリテンでドライバーズタイトルを手にした彼を心から祝福したマキネンはWRCの表舞台から去っていったのでした。

さて、今回のモデル紹介に移ります。

オペル・アスコナ400は数あるオペルのラリーカーの中でも最大の成功を収めたモデルでした。1982年シーズン、あの名士[ウォルター・ロール]の手により、アウディ・クアトロ勢と死闘を演じたこのマシンはその年のドラーバーズ・タイトルを手にしたのでした。

ではそのモデルを見てみましょう。

オペル・アスコナ400です。角ばったボクシィなデザインが80年代のクルマといった感じで良いですね。で、このマシン、当時日本で流行ったドレスアップアイテムの原型が着いているのです。[フェンダー・スポイラー]ですね。1983年、日産パルサーEXAが日本発のドアミラー装着認可車となって以降、フェンダーミラーをドアミラーに代えるユーザーさんが急増、中にはフェンダーに空いた穴を埋める為にこれを愛用した方もいました。

さて、次号は・・・

最近、リメイクの話題で盛り上がっている[フィアット124アバルト]です。最近紹介が遅れているこのシリーズですが、近日中にこれを紹介することをお約束しましょう。

ではまた。
Posted at 2016/05/24 08:29:54 | コメント(2) | トラックバック(0) | ホビー | 趣味
2016年05月07日 イイね!

♪デアゴスティーニ♪・・・69

♪デアゴスティーニ♪・・・69予約や取り寄せのみとなってしまった結果ウチの方では店頭に並ばなくなって久しいデアゴスティーニの[ラリーカーコレクション]、今回は69号・・・マシンはスバル・レガシィRSです。久々の日本車です。

[世界の偉人]シリーズ、今回は・・・いよいよ完結編であるセバスチャン・ローブ(3)です。
前号特集では[活動再開したシトロエンで再び走り出したローブ]の話で締めくくりましたが、その後もローブの勢いは衰えを知らず、結局2004年~2010年までの長きに渡ってドライバーズタイトルの座に君臨し続けたのでした。

そして2011年、WRカーは変革の時を迎えました。新たなレギュレーションではそれまでの2リッターエンジンを廃し、1.6リッターエンジンでの争いとなり、シトロエンもそれまでのC4WRCに代わってDS3WRCを投入しました。その際のドライバーはセバスチャン・ローブとローブが自分の後継と認めるセバスチャン・オジェの二人で臨みました。

結局ローブは新たなマシンでもドライバーズタイトルを死守することに成功。8連覇という偉業を果たしたのでした・・・が、チーム内はけっして一枚岩とは言えず、ローブをNo.1ドライバーと推す本社側とオジェをNo.1ドライバーにしたい監督側の間で軋轢が生まれましたが、結局ローブをNo.1ドライバーとしていく事に決定。ただし、その決定に不満を覚えたオジェは2013年から本格参戦するVWと契約を交わし、この年をもってシトロエンから離れていきました。そして、2012年、最大の脅威となるオジェがいないWRCはまさにローブの天下となりました。結果この年もローブはタイトルを取り、前人未到の9連覇を果たしました。

ただ、その頃からローブの心はサーキットレースに移行していました。その意向を上層部に伝えたローブは2013年、WRCは4戦を闘うのみにとどまり、残った時間をサーキットレースへの移行準備に費やしました。この年のローブは参戦した4戦で2勝をあげる等、まだまだトップドライバーとしての才能をみせました。そして参戦最終戦となったラリー・ド・フランスでは勝利することは出来なかったものの終わった後は地元ファンからの暖かい声援を受けてWRCを去っていったのでした。

その後、ローブはサーキットに舞台を移して活躍。

そこでもそれなりの成績を残すも、年間タイトルを得るには至らなかった模様です。2015年、ローブはモンテカルロラリーにて一戦のみの復帰を果たしました。結果は二日目のリタイヤが響き総合8位となりましたが、ブランクを感じさせない走りに観客は酔いしれたのでした。

そして2015年末、プジョーに移籍したローブは2016年早々に動きました。ダカールラリーに参戦し、総合9位を得ました。

彼はまだまだ進化していくのです。

さて、今回のモデル紹介に移ります。

1989年、新型車[レガシィ]を発表したスバルは翌年、これをベースにしたマシンでアクロポリスラリーに参戦、本格的なWRCチャレンジが始まったのでした。そして熟成に熟成を重ねたレガシィは1993年のニュージーランドラリーにて最初で最後の優勝を飾ったのでした。

ではそのモデルを見てみましょう。

スバルレガシィRSです。諸般の事情でこの当時のスバルのシンボルだった555は再現できませんが、なかなかの出来です。

デカールを利用してですが、室内も再現されています。なかなか良いできですね。

さて、次号は・・・

[オペル・アスコナ400]です。このボクシィなデザイン・・・なかなかですね。

ではまた。



Posted at 2016/05/07 10:34:36 | コメント(3) | トラックバック(0) | ホビー | 趣味

プロフィール

「@ghiaさん よく前を通りますがすっかり アウトオブ眼中 でした。

9/8のオープン以降にボクも寄ってみますね。

ではまた。」
何シテル?   09/01 10:22
青空スローライフです。クルマと音楽(聴く方オンリーですが・・・)をこよなく愛するおいちゃんです。よろしくお願いします。

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今回のテーマは・・・ハロー・グッバイ 
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2019/07/22 22:07:47
今のディーラーはなかなか。 
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2019/06/15 22:31:55
近所の建物にいきなり出現した白いハコスカ  
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2019/04/08 20:19:04

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