『特異なバイクというと、たとえばRG250Γに代表される、レーシング・マシンがそのまま公道に出てきたようなものを思い浮かべることが多い。しかし別の意味でGS250FWほど、コンセプトが、そして乗り味が、特異なバイクも少なくない。バイクはスポーツ性と夢を買う乗り物だが、その価値は動力性能の絶対最高値だけで語れないことを知るべきだ』
これはモト・ライダー1985年1月号のThe Spesial Select One“SUZUKI GS250FWのすべて”という特集記事の巻頭の文章。
GS250FWの魅力は人それぞれ思うところも違うだろうし幾つもあると思いますが、私はこの一文の中に集約されていると感じます。
GS250FWの発売は1983年3月1日。スズキ社内で具体的な開発が始まったのは、その2年前の1981年まで遡ります。
当時の4ストローク250ccのエンジンは、単気筒か2気筒のみ。車体も400ccのフレームをそのまま使う車両も珍しくなく、400ccのお下がり的イメージが強い250ccの当時のカタログを読むと“250専用設計”というキーワードがあちこちに散見されます。
そんなカテゴリーで水冷4気筒を市販するとは、当時の私達には誰も予想出来ませんでした。
開発は言わずと知れたRG250Γとほぼ同時進行。
高出力に伴う熱対策として水冷化された2ストロークエンジンとアルミニウム製の超軽量化された車体、GPレーサー譲りの脚周り。“走り”に関してはRG250Γで究極を目指す一方で、GS250FWの開発は、その対極に位置付けられていたのだと思います。
気筒数は別にしても、同じ排気量なら4ストローク車は2ストローク車には動力性能では敵わない。
そこで4気筒の持つフィーリング、音、スムーズさ、汎用性に加え、所有する喜びを与えてくれる高級感を250ccで実現する事がGS250FWの開発コンセプト。
しかしその心臓となるMQ36エンジンの開発にあたっては、当時の技術陣もかなりの御苦労をされた様子です。
それは出力と重量の問題。
排気量は関係なくクランクシャフトの部品点数は4ストローク車はどれもほとんど同じ。フリクションロスを徹底的に減らす為に、クランクピンをアメリカから輸入した鋳造品のケルメット材を使用して、通常の1.8倍の耐荷重性を上げながら、内径を通常の30mmから28mmに小型化。
シリンダーライナーをウェット式にして、ミッションの材質もSCM420H2V2という特別なクロームモリブデン鋼を使用してGSX250Eよりもベアリング間の軸長を10mm短縮。
結果、GSX250Eよりもエンジン単体では幅こそ5mm増えたものの、長さで3mm、高さで24mm、重量に至っては4kgの軽量化を、GSX250Eの29馬力から7馬力アップの36馬力としながら実現。
ただしこの36馬力という出力、簡単には出なかった様です。
12,000回転時のピークパワーというのは最初から狙わず、あくまでも下から10,000回転超えまでを日常でスムーズに使えるエンジンが開発にあたってのコンセプト。
その為にピストンヘッドと吸入ポートはピカピカに研磨加工、キャブレターのバタフライバルブの厚さを通常の1.5mmから1.0mmに減らしたり、その螺子の出っ張りまでコンマ何mmの単位で減らしたりと、コンピューター解析が進んでいなかった当時の技術ではこれほどの馬力を出すのに苦労して時間もかけたエンジンはなかったとの事です。
開発に要した時間はGSX-Rの約3倍、開発スタッフの体重が減ったという記述も残っています。
開発時のデザインは、こんなデッサンを元にGS250FWが誕生したんだと当時を偲ぶと今見てもワクワクしてきます。
フロント18インチのハーフカウリング車。4本マフラーにバックボーンフレーム。
同じ18インチですが、こちらはビキニカウリング。左右2本出しマフラーに丸パイプのダブルクレードルフレーム。
こちらはフロント16インチでカウリングこそ付いていませんが、タンク形状やタンデムグリップとテールの処理、ダブルクレードル角パイプフレームなど、かなり市販の段階に近いデッサンです。
右下に小さくデザイナー名とDEC,25との記入が見えます。おそらくこのデッサンが描かれたのは1982年12月25日では翌年3月の発売には間に合わないと思われるので81年だったのでしょうか。
その日の私は高校生になって最初のクリスマス。一体何をして過ごしていたんだろうなぁ・・・付き合っている彼女なんていなかった事だけは確かです(笑)。毎週末は釣りかバンドの練習に明け暮れていた生活に、新たな風を吹き込んでくれました。
大きなラジエーターカバー等は、後のGFに通じていくデザインを感じます。
そして完成したのが・・・!
FWがFW足る証しのハーフカウリング。小さなスクリーンが刀やGSX750E4のハンス・ムート氏のデザインに通じる印象を与えます。
風を効率良く後ろに流すライン、ライダーを風圧から守り、負担を軽減する形状のスクリーン・・・FWのカウリングは本当に良く考えられた、機能性と高級感を併せ持つ秀逸なデザインであると見れば見るほど感じます。
そんなこんなの技術者達の苦労を他所に、市販されたGS250FWに乗って走り出してみると、最初はとても遅く感じました。しかしそれは通常走る速度で使用する回転域が高いからで、実際に雑誌等の計測データを見ても、他車種に比べて特別FWが遅いという数値ではありません。
きちんと整備された状態で最高速度はメーター読みで170km/h弱。これは高回転が伸びない4ストローク2気筒エンジンではなかなか出ない速度です。
左右がほぼ90度に開かれたセパレートハンドル。垂れ角がかなり付けられてはいますが、いざ跨がってハンドルに手を伸ばすと、見た目よりもずっと楽です。近所のスーパーへの買い出しからロングツーリング、或は峠のワインディングや、もちろん彼女とのお出掛けまで、どんなシーンもこなしてくれる不思議なライディングポジション。
シートのスポンジも硬過ぎず柔らか過ぎず、ちょうど良い感じ。一日400kmほどのツーリングなら、尻が痛くなった経験は一度もありません。
GS250FWに与えられた、こんな汎用性の高さが逆にどっち付かずの評価に繋がってしまったのかもしれません。
確かにセールス上では成功とは言えませんでしたし、当時のレーサーレプリカブームの中でRG250Γの陰に隠れ、僅か2年という短命に消えていったGS250FW。
もしFWが初代VTの様に打倒2ストロークをコンセプトとして開発されていたら、また違ったバイクになっていたでしょうし、評価も違ったかもしれません。
4バルブで後のFZRやCBRの様な超高回転型エンジン、Γで培ったアルミフレーム・・・そんなFWもちょっと見てみたかった気持ちが無いと言ったら嘘になりますが、もしFWがΓやGSX-Rの様なレーサーレプリカの形で発売されていたら、今の私は間違いなくバイクには乗っていません。
当時の開発陣はそういう性能を求める方はΓに乗って下さいという、私達より割り切った考えでFWを開発。
Γではライダーの“走り”に対するの究極の夢を、一方FWでは“日常で使えるハイ・メカニズム”という夢を、当時のスズキ自動二輪は叶えてくれました。
そんな創り手側の思いを含めたGS250FWの正しい評価は、当時の数値至上主義の状況の中では難しかったと思います。
しかしエンジンやカウリング形状だけでなく、車体の何処を見渡しても手抜きが一切見当たらない点が、30年経った今でも色褪せずに輝きを放ち続ける、GS250FWの魅力ではないでしょうか。