久しぶりにツインリンクもてぎに行ってきました。
お目当てはホンダコレクションホールでの展示イベントです。
(ちょっとホンダらしからぬ内容なので)
月曜日だったので入場者なんて少ないだろうと思っていたのですが
朝9時半にゲートに着くともう待機列が・・・
しかも親子連れが多くてびっくり(学校はどうしたんだ)
お目当てはこちら
「ラリーワールド~日本の挑戦車たち~」
ホンダコレクションホールでは
初めてのラリーマシン展示だそうです。
しかも
「Part1黎明期編」ということは今後も続けるようですね。
ダットサン1000桜号(1958年)
オーストラリア大陸一周というとんでもないロングランレースで初の海外戦ながら
クラス優勝を飾った富士号と同型です。
車名に富士と桜を着けているあたり
「日本のクルマ」が海外に打って出るぞ
という強いアピールを感じます。
三菱ランサー1600GSR(1974年)
この初代ランサーは実家の初マイカーだったのでとても印象深いです。
といっても我が家のは1200GLというベーシックなグレードでしたが
カタログでは2ドアのGSRがアピールされていて子供ながらに
ランサーが何をセールスポイントにしているかを感じていました。
しかも同じ駐車場にアマゾングリーンのGSRがいたので憧れはなおさらでしたね。
マツダRX-7 グループ2(1979年)
1978年に発売され僅か1年後に日本人プライベーターがモンテカルロラリーに出走したマシン
ラリー専用パーツなんてまだ無かったので安全規定をクリアする保安パーツを着けた以外は
市販車のちょい改造レベル
それでもクラス優勝を飾ったのはクルマの素性が良かったからでしょうか
しかもこの時まだ欧州では未発売だったそうなので大いに宣伝になったでしょう。
昔懐かしい雑誌の名前が・・・
ランサーEX2000ターボ(1982年)
言わずと知れたランタボですね。
オイルショックでレースから遠ざかっていた三菱が復活した記念碑的マシン
もうすでにアウディ・クワトロが活躍しだした年ですが、1000湖ラリーでアウディについで
総合3位に入賞しています。
個人的にこの頃の三菱車のデザインが大好きですね。
エリマキトカゲの方だけ有名になったミラージュやFF化されたΣなど
当時のフランス車に通じるデザインが日本車離れしてるなあと感じたものです。
三菱コルトギャラン 16LGS(1972年)
三菱といえばオーストラリアのサザンクロスラリーで活躍した時代がありました。
第2回から出場し第7回大会において見事、この車両で総合優勝を勝ち取っています。
三菱にとって国際レースでの初優勝となったメモリアルマシン
ちなみにこの時のドライバーが後のラリーアートヨーロッパの創設者であることは有名。
マツダRX-7 グループB(1984年)
先程のRX-7が市販車に毛が生えた程度のチューニングだったのに比べ
一気に怪物に変貌しています。
馬力も130馬力から300馬力以上に(自然吸気エンジンで)
しかも車重は同じ1100kgですからグループBカテゴリの束縛の無さがうかがえます。
といってもすでにフルタイム4WDが勝利の条件になりつつあったので
ターマックでも優勝はできませんでした。
ラリーカーといえば巨大なドライビングランプを多連装している姿を連想しますが
最近はLED化してるのか巨大なライトは見なくなりちょっと寂しい気持ちになるのは
私が年寄りだからでしょうか・・・
三菱スタリオン4WDラリー(1984年)
グループBカテゴリに参戦するべく開発されていましたがホモロゲーション獲得まで至らず
幻となってしまいました。
しかしホモロゲーションを得ていなくても出場できるクラスでの優勝経験はあるという
変わった経歴のマシンです。
このマシンでの開発経験が後のギャランVR-4に繋がったとも言えるでしょう。
カラーリングは本家555タバコのパッケージデザインですね。
アウディ・クワトロもこのカラーリングで参戦したことがありますが
日本ではスバルの555カラーが有名すぎてパッケージが青いと思っていた人も多いのでは?
トヨタセリカツインカムターボ(1985年)
日本車初の市販車DOHCターボエンジンを謳い文句にしていたセリカGT-Tベースのマシン
フルタイム4WD有利の時代であってもまだ信頼性の高い2WDを採用し
サファリラリーのような耐久性が問われるレースで大活躍しました。
ホンダバラードスポーツCR-X ラリーカー(1985年)
中国初のモータースポーツイベントとなった香港北京ラリーに参戦したマシン
足回りの強化以外はほぼ市販車というレベルですが3500キロの長丁場を
トラブル無く走りきったのは素性の良さと何より軽量さが生むメカへの負担の低さや
燃費の良さ故ではないでしょうか。
クラス優勝し総合でも20位と大健闘しています。
ホンダの4輪車にラリーというイメージは全く無く、メーカー自体
泥まみれが似合うようなクルマは興味も無いようなイメージがあるのですが
クルマの素性自体はラリーカー向き
なものが過去いくつもあったはずです。
欧州ラリーの小さなイベントには地元のプライベーターや
ホンダ車を扱うディーラーが参戦していたりと
これでワークスの手厚いサポートがあればもっといい所まで行ける機会はたくさんあったはずですが頑なにラリーカテゴリには参戦しませんよね
2輪の方ではパリ・ダカールラリーをはじめモトクロスでも活躍しているのに
「4輪のアフリカツインやCRF」の異名を取るクルマがあっても良さそうなものですが・・・
オートバイの展示もちょっとしたスペシャルなことをやっていました。
フレディ・スペンサーが駆ったマシン達です
といっても普段から常設されている車両なのですが、改めてステージにまとめられると
感慨深いものがありますね。
CB50周年企画展
今年から行われているもので市販車展示ブースの半分が歴代CBで埋め尽くされています
といっても常設展示されているものが多いのですが初めて見たのがこちら
消防仕様のCB350と初代白バイCB750
特に消防仕様は今でもあるのでしょうか、下町の狭い路地でのボヤ騒ぎなどには
むしろ小さなバイクの方が向いていたはずですし、以前旧車イベントで見た
3輪車ベースのミニ消防車も同じ目的だったようです。
消火器も当時の物みたいです
一眼メーターが洒落ていますね
よりスピードを出すはずの白バイの方は何故かタコメーターがありません。
レッドゾーンまで回さなくても検挙できるという自信の現れでしょうか
CBと同時期のライバル達も展示されていました
トライアンフボンネビルT120R(1961年)
現行のボンネビルとさほど変わらない姿
一見平凡なスタイルですが当時の世界最高速記録車だそうです。
カワサキ500SSマッハⅢ(1970年)
白いエンジンに3本マフラーは漢の憧れ!(当時の)
カワサキ900スーパー4
カワサキ市販車初のDOHC4気筒エンジン搭載で
対米モデルとして最初からナナハンオーバーで作られたバイク。
これがホンダGL1100を開発する火種になったそうです。
スズキRE5(1975年)
唯一のロータリーエンジン搭載国産2輪車。こちらは後期型で特徴的な円筒形のメーターから
普通の2眼メーターに変更されています。
それにしても巨大なラジエーターですね。同じ4サイクルでも爆発回数が多いロータリー故の
熱対策だと思いますが、いくらエンジン本体がコンパクトでも補機類が大型だと
せっかくの優位性もスポイルされていたのではないでしょうか。
とはいえこのバイクで初採用された油冷システムが今に引き継がれているわけですから
スズキを象徴するバイクなのは間違いないと思います。
ホンダCBX750F(1983年)

間近で見るのは多分初めてだと思います。
カウリングのシルエットからGPZと見間違えていたからです。
カワサキKR-2(1969年)
名前はKRですがタンデムツインではなくパラレルツインの2ストでした
アエルマッキ・ハーレーダビッドソン アラドーロS(1963年)
タンクにハーレーダビッドソンとあったので
「ハーレーがこんな小さなボディに水平マウントの単気筒なんて作ってたのか」と思ったら
よく見るとイタリアのメーカーを買収して得たモデルだそうです。
市販4輪車のブースはほとんど変わってなかったのですが
ホンダ シティターボ(1982年)
何度も訪れているコレクションホールですが標準モデルとカブリオレにしか出会ったことがなく
まさかホンダでも状態の良い車両は保管していないのかな?と思っていたのですが
ついに相まみえることができました!
残念ながらターボⅡブルドッグの展示はありませんでしたが・・・
個人的にこの
80年代ホンダ車こそデザインという面においては至高の時代だったと思います。
シンプルな面と線でのみ構成され無駄なモノが一切ありません。
全体的なプロポーションも縦横高さのバランスもよく
背の高いシティでも地面に踏ん張った安定感があります。
一見単純な構成ながらも愛嬌とカッコよさが両立されていて普遍的な価値を感じますね。
現行モデルだと最新のNシリーズにこの魂が受け継がれていると思うのですが
登録車の方ははっきり言って見るも無残な物ばかり・・・
しかし次の新型フィットや電気自動車のホンダeはモチーフが古い気がするものの
かつてのホンダデザインの復権が見えるような気がしています。
この日はスーパーGTの合同テストが行われていたようで
パドックには入れないのかなと思っていたのですが普通に入れました。
せっかくなので地下通路を通って観客席に行ってみることに(実は初めてです)
それにしても狭くて薄暗い上にこの急な階段は困りものです。
エスカレーターは登りしか無いので帰りはこの階段を降りなければなりません。
初めて観覧席側から見るホームストレート
来年からFRになってしまうNSX
共通モノコックというコスト削減には有用でしょうがイマイチ車両の違いが分かりにくくなる
このレギュレーションはいかがなものかと思います。
もしポルシェが参戦したらFRの911なんてものが生まれるのでしょうか?
月曜日なのでグッズショップは閉まっていて残念
子供用のポケバイコースやカート場は営業していました。
もう受付時間を過ぎていたので乗れませんでしたが機会があれば走ってみたいですね。
薄暗くて急な階段(足元がよく見えないので本当に危険です)を降りて再びパドック側へ
合同テストはタイヤがメインだったのでしょうかタイヤメーカーの巨大なトレーラーと
ピット内でいくつものタイヤをホイールにはめる作業が続いていました。

これは近藤レーシングのトレーラーです
平日は16時30分に閉場なので一般客はほとんど残っていない様子でした。
もう一度コレクションホールに向かい入り口周辺で記念に一枚
帰路の常磐道から湾岸線は渋滞も無くスムーズに走れましたが雨がひどくなりスピードダウン
しかし久しぶりのロングドライブでしたが無事に過ごせてホッとしました。
夜間や悪天候の時は本当にホンダセンシングのACCとLKAがあって良かったと実感しますね
リアドライブレコーダーも役に立ってくれたかな?