![木曜の夜の抑揚(よくよう)と、欲望の月光浴。 木曜の夜の抑揚(よくよう)と、欲望の月光浴。](https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/blog/000/023/144/775/23144775/p1m.jpg?ct=7ee2dfc9288c)
木曜の夜の抑揚と、欲望の月光浴。
ハート・バーグラとのメールのキャッチボールが終わったのは、こちらから投げたメールが最後だった。
もう一通前に、こちらから終わらせようと送ったメールに、ハテナ付きの返信が来たのだ。
言葉を選んだ文章にもかかわらず、返信が無いのには、いささか不満すら感じていた。
「・・・エンジン、ガソリン、KUREの添加剤。・・・油面OK。・・ブツブツ・・。」
その若干の苛立ちを紛らわせようと、久々に‘深夜0:00のスロープ’へ現実逃避をキメようと決めた。
ブラック・ベイルはFXD1646Rのキーに手を伸ばし、イグニッションキーをON方向へ右へと回した。‘ピーッ、ピーッ、’と鳴く、セキュリティー、スパイボールを解除。
PINGELのガソリンコックをOFFからONへと捻(ひね)った。
ハート・バーグラと偶然に出逢えるのではないかというほのかな期待と、運転している間にメールが入っているのではないかという淡い目論見を胸に、汐留入口より首都高に滑り込んだ。
一つ目の汐留複合コーナーを過ぎると、1台のバイクを捕捉。後方から追尾の姿勢を取った。
「ブバァーーー!!ブーゥオッ!!」
カスタムカラーを施した、シンプソンのフルフェイスヘルメット。
{YAMAHA SRX600改 スーパートラップ左右2本出し}
相手にするには役不足だ。イマイチ、テンションがアガらない。
‘この手のバイクはしつこくこちらに付きまとうだろう’
もはや、対等に渡り合える‘交戦相手’ではないのにも関わらず、挑戦してこようとする好戦的なライダーのオーラを、ライドスタイル、フォルム、後ろ姿からヒシヒシと感じ取る。
お互いに、命がけで“走って”いる。その“感性”は、縫い針の如く“鋭い”。
‘早いところ、右からまくり(追い抜く)、前へ出て、辰巳第一P.Aを目指そう。’
そのSRX600改は、ブラック・ベイルとFXD1646Rの眼中には無かった。
“予想通り”そのSRX600改は後ろから猛烈な勢いで追いかけてきた。
浜崎橋からレインボーブリッジへの合流斜線、身を小さく屈み込み、風の壁から気流を一定にさせるようにビキニカウルへと潜り込む。
「バシューーーーウアァァァ!!!バアルルルルルルルルルルルルルルルルッッ!!!」
先ずはお手並み拝見。左コーナーから右コーナーへのコンビネーション。立ち上がりの登りストレート。
あえて走行車線をキープする。追い越しに余裕を持たせ、追い越せる技量があるのかを試す。
すると、
「プルスパァーアーーーーッッツ!!!ンンンンンバーーーーアアアアアア!!!」
そのSRX600改は、同じ走行車線でイン側から抜いて行こうとするではないか!
‘チッ!!アブねェ!!’
スロットルを戻す。
‘苛々、イライライラァッ!!!!!’
抜かせる余地を与えていたにも関わらず、ラフな追い抜きに、脳みそへの血液の循環は早さを増した。
「バウラパパパパパパパパパパパパパパアアアアアアアアアアアアァッツツツツ!!!」
‘もう、待たないぜ!’
レインボーブリッジの頂上へ向かう左コーナー。まるで、捕らえたネズミを小手先でもてあそぶ野良猫のように、ワザと、パワーバンドを外し余裕を見せつける。
「パルンバアルウウウウウウゥーーーーーーーン!バラバララララララアアァッ!!」
そこから一気に、“夢の楽園”ディズニーランド湾岸方面合流までスパルタンにスロットルを絞り込んだ。
SRX600改のヘッドライトは米粒のように小さくなった。そして、不思議な事に、爽快感とは余程無縁な、何とも言えない虚しい気持ちが全身を襲った。
‘・・・・・・・・・・・・!?’
辰巳第一P・Aには、白い‘隼(ハヤブサ)’と、トリコロールカラーの‘CBX1000RR’の2台の“ライスロケット”が止まっていた。
“マダマダ走り足らない”
4つ足の車の“ドッグファイター”達が、‘2輪の鉄馬’、ナイトナイト“(夜の騎士)”であるこちらに熱い視線を送る。気分は悪くはない。
まさに、‘獲物が発進しないかを狙い澄ますかのように’もう一週、ゆっく~りと10km/h未満の速度で、パーキング内を徘徊する。
「ズパパッ、ズパパッ、パルン!ズパパッ!」
もう一周辰巳第一パーキング内を徘徊すると、先程のSRX600改が滑り込み、バイクを止め、手馴れた手つきでヘルメットを脱ぎ、豊満な笑みを浮かべてアイドリングで徐行するこちらに近寄って来るではないか。・・
歳にして、39歳といったところか。少し白髪交じりの男性は、黒とグリーンのマルボロメンソールの箱を握り締め、まるで少年のような無邪気な笑顔でこちらを見ている。
その笑顔に、少し付き合う事にした。
‘拳を交えた男同士’は“目で会話が出来る”からだ。
S「いやぁ!楽しかった!久々に、アツくなった!楽しかった!」
ブラック・ベイルがメットを外す間もなく、そう、言い放った。
B「ありがとうございます。」
敬語で返答する。自分がもし話しかける方であれば、いくらバイク乗りとはいえ、いきなりタメ口をきくということは道義に反するからだ。
S「‘慣らし’で大黒に行ってて、外回り一周して、もう帰ろうかと思ってたんだけど、まったくモー!wあんな熱い走りされちゃさぁ!もう一周しちゃったじゃない!」
さりげなく“慣らし”だと言う事をアピールして、今のは“本気じゃなかった”と言うことを伝えたかったのか。ファーストインスピレーションは、一番最初のコーナーのように‘感じが悪い’印象だった。
S「うわー、こんなアグレッシブなハーレーを見たのは生まれて始めてだ!スゲーお金掛けてるね!500万、600万位掛かってるか!いや、800万は掛かってるね!!」
B「そんな掛かってないっスよ。」
最悪だ。心の底からそう感じた。いきなりお金の話をするとは。バイクに乗らない一般人ならまだしも、同じバイカーとしてのデリカシーの無さにここに停車したことを後悔した。
S「どこから来たの?俺は、八潮なんだけれどさ。」
都内であることを告げると、敬語とタメ語が混ざるようになった。
B「SRX600改、オレンジブルーバードのピストンで639ccってところですか?」
話をバイクに向け、これ以上、この人に幻滅しないように話題をすりかえた。
S「660ccなんだよね。バイク屋やっているんですよ。こういうのが好きでね。」
その一言で全てに納得することが出来、うなずけた。
S「嫁さんと子供が寝付いたから、こっそり走りに行くなら今だなっと思って(笑)。金曜日は取締りが厳しいですから、木曜の夜だなと思いましてね。」
・・・・この一言に、なんとも言えない虚しさを感じた。到底、理屈に成りえない虚しさ。調度、先程米粒位になるまで彼をブッチギった時と同じような感覚、似たような・・・・・。
‘俺は今日、・・死ぬのかも知れない。・・’
ゾクゾクと恐怖感が全身を突き上げて来る。その恐怖感を打ち砕こうとするかのように、
B「まだ走り足りないんですよ。さっき、汐留から乗って、直ぐに合流しちゃいましたからね。」
そそくさとカーボンヘルメットを被り、両手にトロイ・リー・デザインのカーボンナックルガードの付いたグローブをはめ、クランキングスタートボタンをプッシュした。
「キュイキュイバロロンバロロンバロロン・・・・」
S「(笑)そうすか!気を付けて下さいよ!それにしても、カッコイイなぁー!このフロントフォークどこの?」
B「セリアーニです。」
S「あぁ、そうですか!42か43パイ位ありそうだものなぁ!」
その会話のほとんどが、耳に届いてはいなかった。
グローブの中で指のササクレが引っ掛かり、チクチクと痛んだ。・・
その痛みが、まだ‘生きている’という“証”であると訴えかけた。
もう、ここに居ても何も生まれない。
立ち止まっていてはいけない。
走り続けるしかないんだ。それしかないんだ。
恐怖に打ち勝つ為には、
・・走り続ける他に、何も無いんだ、と、・・・
改めて悟った瞬間だった。・・・
※このお話はフィクションです。登場する人物は架空のものです。セーフティーライドを心掛けましょう。