ド・根性花
「‘カサカサカサッ・・’」
・・・
15歳の秋・・・ブラック・ベイルは、今は無き山○證券付近の高校へと編入が決まった。
なんとしてでも学年をダブることなく、自由奔放(ほんぽう)な青春を送りたかったのだ。
その“自由奔放な青春”にはリスクがつきものであることも十二分(じゅうにぶん)に理解していたつもりでいた・・・。
「“新しい高校の奴らにとって俺は、新しく途中から入ってくる新人だ。皆、全員お利口さんが揃っているとは限らない。肩で風を切って歩いている奴らの餌食になる位なら、餌食にしてやる。”・・・」
‘生意気だ’
と、因縁をつけられ、数名に囲まれて暴行を受けるようなシュチュエーション想定していた。
初登校日。初日は特に重要だと判断したのだ。
ブレザーの制服に革靴はリーガルのスリッポン、ではなく、スティール・トゥー(鉄板入り)のチペワのエンジニアブーツ。
バーバリーのマフラー、ラルフローレンのセーター、ダッフルコートはおあずけ。
自分の血、もしくは、返り血で汚したくはなかったからだ。
汚れても良いように、土方用のジャンパー、通称‘ドカジャン’を着込み、身動きが取りやすく両手が自由に使え、大変丈夫なグレゴリーの赤と青のツートンカラーのリュックサックをセレクト。
「‘ジーーーーッ・・・’」
一番外側に付いていて、一番出しやすい位置にある、小さなポケットの、大きなジッパーを開き、中をのぞき込んで、一呼吸。・・・
「‘カサカサカサ・・’」
先ずは金にギラギラと鈍く輝くメリケンサック(手にはめる鋼鉄製のナックルガード)を入れ、・・・
次に、ドラゴンの絵柄の下に‘440STAINLESS’と彫られた銀のバタフライナイフが入った黒いナイロンケースをそっと忍ばせた・・・・・。
‘正当防衛’という名の“大義名分”を胸に、歩き出したのだ。
「‘コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、’」
「‘シャッ、シャッ、シャッ、シャッ、シャッ’」
ドカジャンが擦れる音。そして、若干すり減ったチペワブーツのかかとに打ち込まれた鉄のペグが顔を覗かせていたので、地下鉄の地面のタイルとホームに良く響き渡り、普段の2倍の力を授かったかのような自信と興奮をブラック・ベイルは感じていた。
予想通り、教室の左後方には5、6人、他のクラスから遊びに来た連中も含め、明らかに一般の生徒とは違った、同い年ではないようなオーラを放った生徒達がたむろしている。
担任の先生を“辻ちゃん”と呼んでいる所が、全てを‘ナメている’印象であった。
身長は180cmオーバー、黒髪のロングヘアーにスパイラルパーマをかけてウエット感を出した男と、身長が170cm強、サラサラのツーブロックヘアーで肌の真っ黒な2人は特に目立った印象だ。
“やり合うなら、きっとコイツらだな。”
向こうも、やはり、異色の雰囲気を醸し出すブラック・ベイルを若干意識している様子であった。
“何かが起こるのであれば下校時だ。”
色々なパターンを連想し、気を張った状態で過ごす時間は非常に長く感じ、精神的な疲労が少しずつ蓄積されていった。
その疲労感がピークに達しようとした時、追い打ちを掛けるかの如く簿記の授業が開始された。
先生「はい!静かにしよう!始めるぞ!なっ。簿記って言ったら、お金が絡む授業なんだから、重要なんだぞ。なっ。お金。便利だし、何でも買えるし、お金で買えないモノなんてないだろ?なぁ。」
小太りで身長は低く、刈り上げた頭がちょっと体育会系の先生が話し始めた。
あわよくば、帰りの予期せぬ戦いに備え、英気を養う為にも少し寝ようと企んでいたブラック・ベイルにとっては歓迎できないタイプの教師であった。
当然のことながら、そんなことは全くお構いなしにその教師は続けた。
先生「お金で買えないモノ。・・じゃあ、何かあるってヤツは手を挙げて言ってみろ。」
すると、ツーブロックヘアーの真っ黒肌の男が間髪入れず手を挙げた。
アナザー・TRだ。
先生「おお!TR!言ってみろ、言ってみろ!」
教師の発言が終わったその瞬間、一瞬にして教室の中が凍り付くかのように、‘シュッ!’と、0.5秒間位、時間が止まったかの錯覚を起こすような空気が流れた。
ア「人の心は買えません。」
教室がドッと笑いに包まれた。
ブラック・ベイルも皆と同様、おもわず吹いてしまった。
即答であった。テンポの良さ。頭の回転力。本質的にはその通りだ。皆、気付いていても、分かっていても、口に出来ないような言葉だ。あるいは、お金によって自分の心を売ったことがある経験を、隠そうと笑ってごまかしたのかも知れない。
体の中から、疲労が‘ポーン’っと抜けていくのが分かった。
その次の瞬間ブラック・ベイルは、とても自分が恥ずかしくなった。小さな人間に見えた。武装している事実も含め、いたたまれなくなるかのような。・・・
違いを見せつけられた。
勉強の出来る出来ないの頭脳ではない。人間としての格の違い、だ。
魅せられた。とてもミラクルな授業となった。
それはそれは温かい雰囲気の授業となったのだ。・・・
むしろ、少々の恐怖すら覚えた。
仮に、このまま下校途中にもめ事となり大暴れをすれば、学校中全ての人間を敵にまわすことになるのではないかという、目には見えない巨大な敵を作ってしまうのではないかという、哀れな自分が余計に哀れになっていくかのような・・。
時間はやってきた。
一瞬、弱気になった自分に苛立ちを感じていた。
‘ガラガラガラ!’
B「スーゥーーーーーッ!」
HR(ホームルーム)が終わり、立ち上がったと同時に大きく息を吸い込んだ。
そして、男子便所へと向かい、下っ腹に力が入るように、あるいは、失禁しないように最後の一滴まで小水を振り絞った。
決して新しいとは言えない作りの階段を降りてゆく。
B「‘ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、’」・・・
ブーツの重みが鈍く響く。
出来る事なら何もない方が良い。今回はただの怪我ではすまない。事によっては人生をも大きく狂わしかねない。
最後の階段に差し掛かり、前方約15m先の校門の映像には、誰もいない、何もない事を期待した。
期待は外れた。アナザー・TRをはじめ、長身のスパイラル・ロングとそのとりまき約6名。こちらに体を向け待ち構えている。
最後の最後の階段で、何も無いことを期待した自分への怒りが頂点に達した!
つま先は大きく外へ向けがに股に歩き、ブーツのペグをオーバーに地面に打ち付けて歩き、両手は軽く拳を握り内側に向け、アゴを上げ、首を少し右に傾け、眉間に軽くシワをよせ、視線をブラさないように頭は一定の位置にして大きく歩いた。
その距離はどんどんと縮まってゆく・・・。
B「‘コッ、ゴッ、コッ、コッ’!」
6名の集団のど真ん中を突き抜る勢いで突進した。肩で風を切って歩いているのは、正に、ブラック・ベイル本人であった。
距離にして2m位の位置になった位か、突然、アナザー・TRが“スッ!”と何かを出した!
B「“!!!”」
ア「よろしく!」
握手を求める右手であった。・・・
ブラック・ベイルは完敗であった。・・・
何もかも。・・・
強く手を握り、握手を交わした。
外の冷たい風が、拳の中に握りしめていた汗をヒンヤリと冷やした。・・・・・・
アナザー・TRは、たった一人でも戦おうとするスタイルを崩さなかったブラック・ベイルに魅せられたのかもしれない。・・・
ブラック・ベイルは、このアナザー・TRという男に魅せられた。
素晴らしい男と友人になれたことが誇りに思えた。
この学校に来て、本当に良かったと。・・・
‘土’という自然の物の上に、‘アスファルト’という人工的な物を敷き詰め、我々の都合に見合った世界を作り上げてゆく社会。
その‘アスファルト’をブチ破る生命力と自然の力。
どんな環境にも負けず自分らしさを貫き、ライフスタイルを構築しているモノは必ず輝いている。
そして、輝いているモノは、輝いているモノ同士、互いに惹かれあう。
それはいつの時代も、これからも、変わらないであろう。・・・