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2017年05月22日 イイね!
GWはヒマだったこともあってプラモを作ることにしました。
作りたいものはいろいろありますが、やっぱり大物がいいよね。
ということで作ったのが・・・

F-102Aデルタダガーです。

いかにも「ザ・冷戦」って感じで、米国機なのになんだか禍々しさを感じるというか・・・
なんか「悪の戦闘機」っぽささえ感じますね。
キットはハセガワの1/72のもので、かなり昔に発売されたものです。
デカールが黄ばむし触ると粉々になる有様だったのですが、似たようなの使えばいいべ。
ということでF-106からかなりの部分を流用しました。
ちなみにデカールがボロボロでやぶれそうなときはタミヤのつやだしニスを塗布すると少しは救いがあるぞ。



しかし・・・
かっちょいいなぁ。
いかにも高高度で高速性能を求めた防空戦闘機って感じですが、実際は問題山積みだったようで、速度も高度1万mでマッハ1.25と意外と低速だったりします。
空軍をかなり失望させたらしく、後継の新型防空戦闘機(F-106ね)までのつなぎとして生産したわけですが、練習型とあわせて1000機近く作ってしまうのがさすがアメリカですとばい!

デカールが盛大に黄ばんでたので、付属のデカールのキャリホルニヤANGの垂直尾翼マークは使えなかったので思いきって主翼の一部と垂直尾翼を赤く塗りました。
しかし・・・赤く塗ると無人標的ドローンぽさを感じてしまうのが悲しい。



横から。
軽くウォッシングしてみましたが失敗しちゃいました。
てへっ。
実は垂直尾翼をあわせるときにかなりの隙間が出来てしまったので、パテ埋めして紙やすりでこすったら、シャープなリベットなどが綺麗に消えちゃったんです・・・
それもあって赤く塗ってごまかしたなんてことないんだからねっ!
武装は胴体のウエポンベイに搭載されています。
AIM-4ファルコンとAIR-2ジーニという無誘導空対空核ロケット(!)
キットはファルコン空対空ミサイルが付属していますが、小さいなぁ・・・
このミサイルは航空自衛隊も導入していてF-4EJに装備されていました。



同じデルタ翼機同士で比較して見ました。
ミラージュ5っぽい飛行機(苦笑)と並べてみました。
写真ではちょっと伝わりにくいですが、全長だけでも5m以上大きいんです。
なぜこうなった(笑)




ということでその本命(?)のF-106Aデルタダートです。
どっちがデルタダートなのかダガーなのかたまに忘れてしまいますが、106のほうがデルタダートね。
こちらはハセガワの1/72のものです。
こちらも結構古いキットなのでデカールは黄ばんで使えなかったので通販で手に入れました。
たぶんデカールのほうが何倍も高いぞ。


F-102と比べると明らかにシュっとしてていかにも高性能って感じですね。
速度もマッハ2いきますし、機体形状が洗練された感じです。
プラモのほうはサクサク作れました。
F-102と同じく凸線ですが、そっちのほうが味がありますしね。
空気取り入れ口の機体とのあわせ部分など一部でパテを使いましたがほぼストレートで組めました。
塗装が雑なのは・・・いつものこと(^^;



武装はF-102と同じくファルコンとジーニで、やはりファルコンミサイルが付属してきます。
このファルコンですが、非常に小さく、全長は2m。
サイドワインダーの長さが3m近いですからその小型さがわかります。
小さい=弾頭の大きさも小さいので威力不足だったようで・・・
ファルコンは赤外線誘導空対空ミサイルですが、射程が10km以上のセミアクティブ誘導ミサイル仕様もありましたが・・・なぜさっさとサイドワインダーに切り替えなかったんだろう?



こちらはF-20タイガーシャークです。
ハセガワの1/72のものですが、古いキットなのに凹線で合いもバッチリで組んでいて楽しいキットでした。
そのまま塗るのも良かったのですが、オリジナルの機体は米国籍マークがない「民間機」なので・・・



F-16風にしてみました。
レドームを黒くして、低率量産機が試験中・・・みたいな雰囲気にしました。


どうせならミサイルをてんこ盛りにしてみました。
F-20は海外に輸出するのが前提で米空軍には採用される見込みはほとんどなかったので、スパローの運用能力は輸出時にはオミットされる予定だったようです。
でも、ま、F-16だって欧州ではスパロー運用してましたし、それっぽくていいんじゃない?


しかし・・・F-20にF-16風塗装は似合わないなぁ(^^;
もしF-20が米空軍に本格的に採用されてたら空中給油装置はプローブアンドドローグ方式?それともフライングブーム方式?
フライングブームだったらどこにリセプタクルを設置した?といろいろ妄想できて面白いですね。



Posted at 2017/05/23 00:12:45 | コメント(1) | トラックバック(0) | プラモデル | 日記
2017年05月07日 イイね!
GW、とくにやることもなくヒマだったので(ry
・・・・何度目だこれ?
ちょっとしたドライブということで愛知県は新城市にある長篠城址にいってきました。

目的はこれ。
でん


長篠合戦のぼり祭です。
長篠といえば騎馬隊を有する最強武田軍を織田・徳川連合軍が3000丁の鉄砲を打ち破ったあの設楽原の戦いで有名ですね。

ちなみに長篠っていうのは

こんな感じで長篠城址は背後がすぐに谷で、山と谷に囲まれた天然の要塞だったりします。



長篠・設楽原鉄砲隊が進入してきました。
これより火縄銃演武を行います。


長篠・設楽原鉄砲隊は平成3年に編成された鉄砲隊で、火縄銃や設楽原の合戦の研究や設楽原の戦いの戦没者を供養し平和を祈ることを目的としています。
長篠合戦のぼり祭では例年火縄銃の演武をおこなっています。



火縄銃は実銃ですが、もちろん演武は空砲射撃です。
射撃時の耳を劈く強大な銃声と硝煙がすごい!



構え!
火蓋を切れ!
放て!!
次々と火縄銃が放たれます。
火縄銃は銃の機関部に封入された火薬に着火することで火薬を爆発・ガス圧で銃弾を発射するわけですが、これは現在の銃と基本部分は同じです。
火縄銃は発射火薬の着火を縄に火をつけてこれを直接火薬に点火させることで射撃を行います。
一般的な火縄銃は小筒と呼ばれる3匁5分玉を用いたものです。


動画でもとってみました。
火縄銃は大まかに銃身、銃床、火縄、機関部の4つの部位から成り立っています。
銃身の先にある銃口から火薬と弾丸(鉛の玉)を入れて押し込めます。
引き金を引くと火皿に火のついた火縄が落ちることで押し込められた火薬に着火・発射するという流れになります。
火蓋というのは火皿を覆っているカバーのことで、安全装置の役割がありました。
戦いのスタートを「火蓋を切る」といいますが、この火縄銃の火蓋から来た言葉です。



最後に礼射です。
長篠合戦のぼりまつりは長篠・設楽原の戦いの戦没者を慰めるために数千もののぼりを献植するまつりで、メインイベントとしてこのように火縄銃の演武が行われます。


この生々しい旗指物は・・・?
これは東三河の英雄・鳥居強右衛門の磔を描いたものです。
天正3年(1575年)、武田勝頼率いる武田軍1万5千が長篠城に迫り、長篠城を守る奥平貞昌ら500の兵を包囲・兵糧攻めをしました。
岡崎城に救援の伝令をするため5月14日夜に命がけで包囲を突破した使者が鳥居強右衛門です。
遠路岡崎まで走り伝令の任務を終えると信長来る!との吉報を一刻も早く城内の皆に知らせるために長篠城に戻りましたが、城を目前に武田軍にとらわれてしまいました。
勝頼は強右衛門に城内の士気を落とすため救援は来ないと叫べば助けてやると命じましたが強右衛門はこれを断り「援軍はあと二、三日で来る。それまでの辛抱だ!」と叫び、激怒した勝頼により磔殺されてしまいました。
強右衛門の言葉に士気が上がった長篠城内は援軍が到着するまでの間戦い抜き長篠城を守ることが出来ました。
まさに英雄中の英雄といっていいでしょう。
写真のこの旗指物は武田の家臣落合左平次道久が鳥居強右衛門の忠義に感銘をうけて使ったといわれています。
強右衛門の髪の毛が逆立っているので、もしかしたら上下反対に描かれていたのではないかともいわれています。



続いて三河日置流雪荷流による具足弓演武です。




弓といえばやはりアーチェリーや弓道をイメージしますが、合戦の際に甲冑をかぶるとイメージはガラリとかわります。
今回の演武では従来の姿勢の美しさなどではなく、あくまでも実際の戦闘を意識した射法を行います。
この射手の放った矢は見事に目標に命中しました。



鏑矢の射撃です。
鏑矢は発射すると音が出るので合戦の合図として使われたそうです。
射撃の際は相手の大将に向けて撃つようです。
今回は射撃距離もさほどないので音は・・・・聞こえませんでした。



敵の矢や鉄砲からの命中弾をなるべく避けるように身をかがめながら射撃を行います。
今回は2隊に分けて演武を行いました。
1隊が射撃を行い、もう1隊が1歩前進、その1隊が射撃を行い、先ほどの1隊が1歩前進を行うといった、相手を制圧しながら前進を行います。
この際敵にさらされる部分はなるべく甲冑で保護されている部分とします。
とはいえ実際の合戦で使われる矢は甲冑を貫通するほどの貫徹能力があるそうです。




前進を終え、起立射撃で演武終了。
標的には無数の矢が命中しています。



続いて進入してきたのは米沢藩古式砲術保存会です。
抱えている火縄銃からもわかるように非常に大型で中筒といわれる20匁や大筒といわれる30匁の大口径銃です。



射撃演武の準備を行います。
火縄銃は1発射撃を行うたびに弾と発射薬をこめ、火薬を圧縮するといった準備が必要です。
そのため次弾発射までに時間がかかるのが火縄銃最大の弱点とされています。
この射撃の時間短縮のために3隊に分けて次々装填・射撃を行ういわゆる「三段撃ち」の展示を行いました。
ところでこの「三段撃ち」ですが諸説あって実際に射撃部隊を3隊に分けて次々交互に入れ替わって射撃を行う説、射手は1隊固定で残りの2隊は装填などを行う説、そもそも3隊に分けず、大きな射撃部隊が3つあることを「三段」(当事は部隊を「段」と呼んでいたそうです)としていた説などがあります。





先ほどの3匁小筒とは明らかに違った猛烈な銃声が響きます。


こちらがその様子。
口径は20匁中筒で25mm、30匁大筒では28mmといいますからその威力はもちろんですが射撃時の反動もかなりのものですね。



膝うちの次は立ち撃ち。
これだけの大口径銃は射撃にも相当の技術が必要だと思います。

以上、長篠合戦のぼりまつりでした。
Posted at 2017/05/07 03:09:04 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記 | 日記
2017年05月05日 イイね!
りょうたん。
といってもおにゃのこの名前でもゆるキャラの名前でもないよ。

GWはやはりヒマだったのでここにいってきました。
でん。

龍潭寺(りょうたんじ)です。
大河ドラマ「井伊直虎」で話題になっているあのお寺です。
地元なんですが実は行ったことがなくて、このGWにせっかくなので見学に行ってきました。


龍潭寺は浜松市の北区にあるお寺で、創建は天平5年(733年)といいますから1200年以上の歴史があります。
建物のほうは南北朝時代の騒乱など長い歴史の中で失われてしまっていますが、それでも江戸時代に建てられた建造物が数多くあって大変興味深いですね。
こちらは山門。
明歴2年(1655年)に建てられたそうです。



山門をくぐると庫裡があります。
拝観の受付はここで行います。
建てられたのは文化12年(1815年)といいますから江戸時代の後期になるでしょうか。
庫裡は僧侶の生活の場となる建物のことです。





庫裡から進むと本堂につながります。
本堂の入り口すぐに3メートル近い巨大な金色の大佛様(釈迦牟尼仏)がたたずんでいます。
(さすがに大佛様を写真に撮るのは・・・なので本堂内は写していません)
この釈迦牟尼仏は遠州地方最大とされています。
大佛様は表面は金色に輝いていますが、数多くの落書きなどが見てとれます。
これは最近の心無い若者が・・・
ではなく、明治維新の際におきた廃仏毀釈で近所の子供たちが大仏様にのって遊んだりした生々しい跡なんだそうです。
本堂は非常に広く、御本尊になる釈迦三尊が安置されています。
このときは拝観客でいっぱいでしたが、江戸時代のワンカットのような雰囲気を感じられました。
延宝4年(1676年)に再建されたそうですから、江戸時代の初期になりますね。
廊下は鴬張りなので歩くたびにぎゅっぎゅっと音がします。

本堂の前には広い庭(補陀落)がひろがります。




本堂を抜けると元禄15年(1702年)に建てられた開山堂が姿を現します。
開山堂とは寺を開いた僧侶が祀られた建物で、ここには歴代住職の位牌がおかれています。
どことなく京都の慈照寺に似た朱塗りの楼閣ですね。


開山堂の裏は井伊け家の位牌が祀られている御霊屋があり、その横を抜けると




広大な庭園が広がっています。
国指定の名勝となっています。
見事な庭園なので目を奪われること間違い無しです。
庭園の中に見える池は心字池。
庭園の両側に見える大きな石は仁王石です。



こちらは本堂の瓦です。
平成の大修理の際に取り外したもので、大正時代の瓦とされています。
非常に立派ですね。



こちらは東門。
現存する龍潭寺の建物では最も古く寛永8年(1631年)に建てられたものです。
ここは旧鐘楼堂で、以前は鐘がありました。




こちらは仁王門。
仁王像がおかれていて龍潭寺を守っています。
実は結構最近に作られたもので昭和62年に建てられました。



仁王門をくぐって外に出るとここには御神木があります。
樹齢400年とされている梛の木で、井伊直政の成長を願って植樹されたといいます。






いやぁ、本当に見事なお寺でした。
また拝観に訪れたいですね。
Posted at 2017/05/05 01:28:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | 史跡 | 日記
2017年05月03日 イイね!
GW、ぶっちゃけヒマなのでつつじ祭にいってきました。

おっと。
つつじ祭といっても

こっちのほうじゃないですよ。

千葉の下志津にはいきたかったのですが、ちょっと疲労がハンパじゃなかったので泣く泣くあきらめました。

ということで出かけたのはここ。
愛知県蒲郡市にある竹島(竹島は我が国固有の領土です)にある某ホテル。



ここでは例年つつじ祭りが開催されています。
今年で30回目だそうですね。
蒲郡までは

ハリアーⅡで数分の距離。
近いよね。



つつじ祭りの会場はここ。
この旅順要塞のようにみえる丘に建つのが蒲郡クラシックホテルです。
宿泊しなくても入場料500円で庭園を見学できます。








ちなみにこのホテル、蒲郡ホテルとして昭和9年に竣工した近代化産業遺産で、かっては昭和天皇・皇后もお泊りになられた歴史があるホテルです。


しかし今日は気温はそれほどでもないのに暑かった・・・
Posted at 2017/05/03 02:01:51 | コメント(2) | トラックバック(0) | プチ旅行 | 日記
2017年04月20日 イイね!
最近であごすてーにぐらいしかUPしていませんが・・・
いえ、ちょいちょい遊びにはいっているんですよ。
小牧のオープンベースにもいきましたし。
でもど~してもやりたいことがあって・・・
それは

ほび~きっ!

プラモを作ってたわけです。
しかも禁断の同時製作。
いや~飛行機のプラモって操縦席さえ組み付ければあとは大体似たような作業(バリとったりパテ盛って紙やすりでこすったり)なんで、同時にいくつか並行してすすめてたんです。
で、完成しました。


こちらは英空軍のジャガGR.1攻撃機。
イタレリの1/72のやつです。
すでに英仏では退役しちゃいましたがインドではまだ性能向上型がバリバリ現役ですね。

実は・・・出来がどうこう以前に妥協しまくりだったんです。
といってもキットがどうこうじゃなく、主に私が原因だったのですが。
ではどこが問題だったんでしょう?
①塗装が失敗した
②前脚が折れた
③前脚を前後逆に組み付けた
④風防がどっかにいってしまった
⑤操縦席を斜めに接着してしまった
⑥操縦席後方のアンテナがとんでいった
ハイ、答えは全部(汗)



このキットは何年か前にタミヤフェアだったかでアウトレット販売で買ったものです。
当然説明書なんかありませんのでネットを参考に組み立てました。
か~な~り隙間があってパテのお世話になったキットでした。
それはいいのですが、風防が行方不明になってしまい、仕方ないのでハセガワのジャギュアのものを使いました。
これが微妙に合ってないので段差ができちゃったわけです。
さらに製作中に前脚のタイヤ取り付け部がボキっと折れた上に行方不明になってしまい、とりあえず適当な部品(実はミサイルをぶら下げるパイロンなのだ)を適当な大きさに切ってそれっぽく仕上げたのですが、ここで機体に接着後、前後逆に組み付けたことに気がつくという大失態を・・・
それでもなんとか完成したわけですが、本来は灰色/緑色の英空軍塗装するつもりで塗ってたのですが思いっきり失敗したので・・・
灰色一色にしちゃいました。
てへっ。
確かに実機でも濃灰色一色のものもあるのですが、も~すこ~し灰色は明るいほうがいいですね・・・
ちなみに主翼上面についてるミサイルランチャは間違ってません。
本当に上向きなんです(笑)



続いてはハセガワの1/72スケールのA-7AコルセアⅡ艦上攻撃機。
箱を見ていただければわかりますが、かなりの年代ものです。
15年ぐらい前に近所のプラモ屋だったかで買ったものですね。



で、なぜギリシャ空軍機に塗ったし(笑)
このキットはA-7コルセアⅡの1/72キットとしては最古らしく、40年以上売られています。
というかそろそろ金型新しく作ってよ。
これぐらい古いとパネルラインはかなり少ないですしディテールはかなり怪しいものがあります。
というかぶっちゃけあんまり似てない。
特に・・・機首!
A-7はこんなにだんご鼻じゃない!!(^^;



これを筋彫りしたり鼻を整形しなおすなんて高度な技術は持ち合わせていませんので、そのまんま作ることにしました。
それにしてもさすが金型が40数年前のキット、ランナーがぶっといし合わせも結構アレだ(^^;
このまんま灰色の海軍機にしてもよかったのですが、お鼻が異様に目立ちますし、大変良好といわれるフジミとイタレリのA-7EとA-7Dをもってるので、ここは無視してギリシャ空軍機に。
ギリシャはA-7Hのほかに米海軍から引退した中古のA-7Eを使ってましたから、ほぼそのまんま色だけ変えてギリシャ風にしてみました。
米空軍のA-7Dの塗装を参考に、イタレリのミラージュ2000から国籍マーク(水色じゃなく濃紺じゃね?というつっこみはしないように)を使いました。
ディテールよりも雰囲気重視にしたので楽しかったですね。



続いてはハセガワの1/72のシーハリアーFRS.1です。
世界初のV/STOL攻撃機ハリアー・ジャンプジェットの艦上戦闘機版で、マルビナス島紛争では大活躍した機体です。
すでにハリアー/シーハリアーとも英国からは退役しちゃいました。



これは作るのがホント楽しかったです。
金型は古いのに凹線ですし、合わせも悪くないのでパテは最小限。
一見めんどくさそうなのにサクサク組み立てられました。
機首のピトー管は真鍮線をつかいましたよん。



塗装は初期の英海軍にしました。
塗装は指定ではエクストラダークシーグレーなのですが、実際の機体も確かにこの色ではあるのですがもう少し青味と暗さがほしいかなと青と黒を足してみました。
いやぁこのツートンカラーはかっこいいです。
不思議とえっらい古い(60年代?)感じがしますけどね。



続いてハセガワの1/72 ミラージュF1C戦闘機です。
こちらも作ってて楽しかったですね。
キットはやはり結構古くて凸線ですが、合いも悪くなく、サクサク作れました。
塗装が雑なのは大目に見てちょ。



塗装は指定では上面がブルーグレー、下面がシルバーグレーで各自で調合するようになっていました。
でも指定どおりだとちょ~っと青味が寂しかったのと、ミラージュってなぜか青いイメージが強いのでここは指定を無視してミディアムブルーをベースにエアクラフトグレーで調合してみました。
シルバーグレーは米空軍のF-15と同じ明灰色にしちゃいました。


ちょ~っと青味がきつい感じがしないでもないですが、私のイメージどおりになったのでこれはこれでOKとしましょう(笑)
機首のピトー管は真鍮線をつかってます。



ラストはこれ。
同じくハセガワのシーハリアーFRS.1です。
上のシーハリアーと箱が違うだけで同じものですよ。


英海軍機を作ってもいいのですが、どうせならと思ってインド海軍のシーハリアーFRS51風にしてみました。
もちろんインドの国籍マークは付属してないので、ハセガワのMig-29フルクラムのものを流用です。



もう少し明るい灰色のほうがよかったかもしれませんが・・・
でもなんとなくインド海軍っぽい雰囲気が出たのでOKなのです♪



さあ積みプラがあと41個もあるぞ・・・
次は何を作ろうかの?


Posted at 2017/04/20 23:17:11 | コメント(4) | トラックバック(0) | プラモデル | 日記
プロフィール
「@☆GE90仝 あのドイツがやらかしたドリルの加工不良で機体寿命が最悪1500時間に設定しなければならないかもしれないってやつでしょうか?それ以外にも軍が金けちって可動率が半分いかないとかもあるかもしれませんね」
何シテル?   05/19 20:03
ミリタリー関係その他のブログはこちらへどうぞ http://minkara.carview.co.jp/userid/1224622/mylist/all...
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