土屋圭市さんはModulo開発アドバイザーとして、ホンダアクセス開発部の湯沢峰司(ゆざわたかし)さんは10年以上の長きにわたりModuloブランド、そしてコンプリートカー「Modulo X」の開発に携わってきた。
そんな二人のクロストーク、前編は二人がいかにしてModulo製品を開発してきたのか、そしてModulo Xの中核をなすサスペンション・空力・ホイール・インテリアはどのような経緯で進化してきたのかについて、自動車専門媒体で活躍するフリーランスライター、遠藤正賢が話を聞いた。
遠藤 土屋さんがModulo開発アドバイザーに就任したきっかけはなんだったのでしょうか?
Modulo開発アドバイザーを務める、ドリキンこと土屋圭市氏。
土屋 FD2型のCIVIC TYPE Rだったよね。
元々俺がNSX-Rに乗っていて、本田技術研究所が作ったベース車と同じタイムをサーキットで出せるのにベース車よりもしなやかなサスペンションを作ったんだ。
FD2型CIVIC TYPE Rは運動性能を徹底的に研ぎ澄ましたサーキットスペックのピュアスポーツモデル。それゆえにとてもスパルタンな乗り心地だった。
そうしたら、ホンダアクセスの吉田さん(ホンダアクセスで広報室長、四輪商品企画室長、常勤監査役、モータースポーツ担当を歴任)から
「Moduloでそういうことできないかな?」と声をかけてもらったんだよね。
それでFD2 CIVIC TYPE Rのスポーツサスペンションから始めたんだけど、
5段階の減衰力調整機構を付けて、しなやかな乗り心地で、
かつベース車と同じタイムを出せるように
Moduloスポーツサスペンションのセッティングアドバイザーをしたんだよ。
FD2用のModuloスポーツサスペンションは当時そのしなやかな乗り味から大好評を得て、純正アクセサリーのサスペンションとしては異例の装着率となった。
遠藤 FD2はベース車の乗り心地はなかなかハードでしたね。
土屋 硬かった。NSX -Rも街乗りでは硬くて乗りにくかったよ(笑)
。当時ハシケンさん(橋本健。本田技術研究所で初代NSX開発、ル・マン24時間レース参戦、第三期F1車体開発などに従事)は「サーキットがメインだから」と言っていたけど、
「普段乗ることを考えると、ちょっと硬いよね」という所から始まったよね。
本籍をサーキットに置くTYPE Rはどのモデルも乗り心地はかなりハードであった。そのなかでもNSX-Rは極めて硬派な存在だった。
遠藤 ベース車があれほど硬かったのをしなやかにするには、かなりの苦労があったのでは…?
土屋 そりゃ大変だよ!NSX-Rの時は、自分の身銭を1千万円以上切ったからね(笑)。スタビライザーからスプリング、ダンパーまで、全部ワンオフで試作して、7年くらいかかったよ(笑)。
遠藤 湯沢さんは、その当時はどんなお仕事をされていましたか?
ホンダアクセスでModulo Xを含む様々な開発を担当している湯沢峰司(ゆざわたかし)。
湯沢 私はその当時、ホンダアクセスでブレーキローターとパッドの開発を担当していました。サスペンションは福田(正剛。Modulo Xの開発を統括)の担当でしたね。
遠藤 FD2の走りをまるで別物に生まれ変わらせるのを当時目の当たりにして、
いかがでしたか?
湯沢 土屋さんのおっしゃることを、実際に乗って感じると「確かにそうだよな」と
思う気持ちが強かったですね。
「サスペンションはしっかり動かなければダメ」ということや、
旋回姿勢の大切さを教えていただいたんですが、それが確かにクルマの操作しやすさにつながっていました。
私も当時は一般ユーザーに近かったので、「何でも足回りを固めればいい、そうすれば速く走れる」という感覚でいたんですが(笑)、「全然違う世界がここにはある」というのが第一印象でした。
「これはお客さんに知ってもらわないと」と思いましたし、日本のクルマ文化や考え方を変えられるのではないかと感じましたね。
遠藤 FD2以降、どのような製品の開発に携わったんでしょうか?
湯沢 2011年にCR-Zをベースとした「TS-1X」というコンセプトカーを作りましたね。私もその辺りからコンプリートカーの開発に携わるようになったのですが、その時に土屋さんからSUPER GTでの空力のノウハウを入れていただき、試したりしました。あれも面白いクルマでしたね。
TS-1Xのエアロはスタイリングだけでなく、空力効果を狙ったもの。スタイリングだけでなく、「走る」「曲がる」「止まる」のクルマの基本性能を徹底して磨いた。
遠藤 現在のModulo Xシリーズは“実効空力”が大きな特徴の一つですが、土屋さんがレースで培った空力のノウハウも盛り込まれているのでしょうか?
湯沢 土屋さんからレースの現場では「こうしているよ」というのをいろいろ教えていただけるので。
遠藤 いろいろなコンプリートカーが市場にはありますが、
Modulo Xほどボディ下部の空力を追求したクルマはなかなかないですよね。
写真はFREED Modulo Xに備わる「実効空力デバイス」のひとつエアロスロープ。そのほかエアロボトムフィンと呼ばれるフィンがボディ下面の整流を行っている。
土屋 見えないところも徹底的にこだわってやるのがModuloのやり方だからね。
それに、ホンダアクセスの開発者の福田さんも湯沢さんも、ホントにクルマ好きだから耳を傾けてくれるじゃない?
下面の空気の流れで、レーシングカーはアンダーステアにもオーバーステアにもなるということを、素直に聞いてくれて、形にしてくれたんだよね。
フツーの開発者は「へえ、レーシングカーはそうなんですか」で終わりだから。
「下面の空力なんかやって、市販車は変わるんですかね」って(笑)。
遠藤 市販車はレーシングカーよりも最低地上高が高いですから、実際に乗っていないと、その先入観で「本当に効果があるの?」と思い込んでしまうんでしょうね。
土屋 それは、開発者が興味を持って、試すかどうかじゃない?
俺らはModulo Xの開発にあたって、「風」をものすごく気にするから。
そんなのは、自転車に乗っているおばさんでも気が付くと思うよ?
身体を起こしている時と寝かせている時とで、向かい風ではどういう姿勢が一番前に進むか。自転車のスピードでもその違いって体感できるじゃない。
それが、クルマは一般道なら50km/h、高速道路を100km/hで走るんだから。
自転車であれだけ空気抵抗が変わるんだからさ、クルマはモロに効いてくるでしょ?
遠藤 ホンダアクセスが土屋さんにModulo開発アドバイザーをお願いしているのは、
そうした様々なノウハウを教えていただけるからなのでしょうか?
湯沢 はい、そうですね。技術的なアドバイスもそうですし、土屋さんは車両全体でジャッジできる方なので、肩書はアドバイザーですが、私たち開発は土屋さんと一緒に開発している感覚でいますよね。
遠藤 Modulo Xのもう一つの大きな特徴として、ホイールの剛性バランスに着目したチューニングがありますが、これはどのようにして生まれたものなのでしょうか?
土屋 (湯沢さんを見て)こういう細かい人間がやるんだよ(笑)。
湯沢 笑
土屋 じつは俺は最初、開発を始める前はバカにしていたんだよ。
「そんなこと、レーシングカーでも違いが分からないよ」って(笑)
湯沢 S660の純正アクセサリーの開発時に、ホイールの剛性バランスを細かく突き詰めてみようと、取り組み始めたのです。
「ホイールもサスペンション」という開発思想を基にむやみやたらに高剛性を求めず、そのバランスを重視し、リムやスポーク部をたわませる構造によって、乗り味を作りこんだS660用のアルミホイール、MR-R01。
土屋 そうしたら俺でも分かる(笑)。いや、もちろん一般のドライバーだって、この違いはわかると思うよ。
湯沢 北海道にあるHondaの鷹栖プルービンググラウンドで乗り比べていただいたんですが、土屋さんは乗る前はちょっとバカにしていたんですよ(笑)。
試乗から戻ってきた土屋さんはニコニコ顔でした(笑)。
土屋 最初はバカにしていたよね、「軽自動車でこんなことまでやる必要ないよ」って(笑)。でもホイール剛性の違いがハッキリ表れていたね、乗り心地にも、ハンドリングにも。
遠藤 そういう意味では土屋さんも、Moduloの開発を通じて、新しいノウハウを得られたんですね?
土屋 そう。レーシングカーでホイール剛性のテストをしても、それってすごく分かりにくいんだよ。
レーシングカーはシャシー剛性がものすごく出ているから、そこでサスペンションが動く、タイヤがたわむ、「ホイールの剛性なんか分からないよ」って。
それに、レースの世界ではホイールの剛性をタイムで決めてしまうんだよね。ドライバーが乗りにくいとか反応が悪いとか言っても、タイムが出ればそのホイールを使うし。
ちなみにMR-R01は2020年のSUPER GT300のNSX GTに供給していたホイールとデザインを共有している。
だけど市販車で乗り比べてみたら、明らかに違う。
S660に関しては、このクルマに合ったホイールという、そういう選択のしかたをしている。ホイールの剛性をむやみやたらに上げたら、硬くて不快だった。
一方で剛性を下げすぎると、ステアリングレスポンスが悪くなった。
それが、一日乗っているとすごくよく分かるんだよな。
俺は湯沢さんが言っていることを最初はバカにしていたから、「すみませんでした」って素直に思ったよ(笑)。
湯沢 ボディの剛性に関してはN-ONE Modulo Xの時に取り組んでいて、バランスを取ることに面白さを感じていたので、ホイールの剛性バランスを変えてもクルマの動きが変わるだろうと。
それに福田(Modulo X開発統括)からも「やってみたら?」と後押ししてもらっていました。
N-ONE Modulo Xではリニアな操舵フィールと吸い付くような接地感を生み出す専用高剛性バンパービームを装着していた。
でも、ホイールを試作するには、型をいくつも作らなければならないので、ものすごくお金がかかるんですよね(苦笑)。ですから、普通のメーカーならまずやらないと思います。
でもホンダアクセスのホイールは社外品と比較すれば高価と感じる方もいるかもしれませんが、それでも選んで下さるお客さんに対しては、本当に良いものを提供したいという想いがありますので、可能な限りあらゆる試作をして、ホイールメーカーさんにも協力していただきました。
ですが、最初にホイールメーカーさんのオフィスにこの草案を持って乗り込んでいったときには「何言ってるんだ、ホンダアクセスは…」という反応でしたね(笑)。
土屋 そりゃそうだ(笑)。誰もそんなことやろうと思わないもん。
湯沢 それが今は、Modulo Xの開発において、普通のことになっていますからね。
遠藤 ボディ剛性を変えるよりも、ホイールの剛性を変えた方がいいということですか?
湯沢 そういうことではありませんよ。もちろんボディの剛性を変える手法もありますが、我々に与えられた条件の中でできることを考えると……ということですね。
遠藤 ボディの剛性を変えると、衝突安全性能の面にも関わってきますよね。
遠藤 さて、走りの話をしてきましたが、今度はインテリアに関してお話を伺います。
質感を高めるということから、VEZEL Modulo X以降はさらにインテリアの仕立てに踏み込みつつありますが……。
2019年発売のシリーズ初のSUVとなったVEZEL Modulo Xには専用シートを奢った。
湯沢 インテリアに関しても本当にいろいろ、土屋さんにアドバイスをいただいています。ですが、現状ではそれをなかなかすべて実現できていないですね。
VEZEL Modulo Xはフロントシートを変更していますが、まだまだやりたいことはいっぱいあります。「乗り味はこれだけ良くなっているのに、インテリアの質感は…」ということに関しては、まだまだ我々が実現できていない領域です。
専用のセミバケットタイプのシートを装備。スポーティな走りをしても安定したホールド感を与えてくれる。シート形状まで専用にしたのはシリーズ初。
土屋 FREED Modulo Xの開発が始まる前には、価格は全然違うけれど、ドイツの最新Bセグ、Cセグのプレミアムコンパクトカーを用意して、開発メンバーと試乗したんだ。「ここを目指そうよ」ってね。
2017年発売のFREED Modulo X(左)。2020年にはマイナーチェンジ(右)を受け、走行性能を向上させる「実効空力デバイス」を備えるエアロバンパーを装着したのがトピック。
それらに対しFREED Modulo Xのインテリアはもっと上を目指したいところだったよね。当然コストの面はあるんだけどさ。
今は「走りの質感と乗り心地は外せないね」と考えて、そこにお金と時間をつぎ込んで開発しているんだけどさ。
でも本当は、インテリアの質感をもっと上げられるといいんだけどね。
湯沢 そうですね、本当に。Modulo Xの世界観をさらに表現していきたいです。
遠藤 VEZEL Modulo Xのセミバケットシートは非常に本格的ですが、
率直な所「Modulo Xの極めて高い旋回性能にやっとシートが追いついた」という印象を抱きました。FREED Modulo Xもシートと本革巻きステアリングホイールの表皮が変更されましたが、あちらも見た目の質感だけではなく……。
2020年に発売したFREED Modulo Xはシート表皮にスェード調を採用。見た目のプレミアム感を向上させただけでなく、ドライビング中の滑りも抑制している。
湯沢 はい、そうですね。マイナーチェンジ前のFREED Modulo Xも、多くのお客さんやジャーナリストの方から「滑る」と言われていましたので、シート表皮を変えています。
マイナーチェンジ前のFREED Modulo Xは座面とシートバック部にファブリック素材を使用していたため、「滑る」との評価もあった。
土屋 シートが「滑る」という人は、飛ばしている人だよ。
で、クルマ好きのお客さんは往々にして飛ばしているケースが多い(笑)。
遠藤 FREED Modulo Xのマイナーチェンジでは、インテリアの質感向上はもちろんですが、エアロの進化によって乗り味が変わっていることに驚き、開発陣のみなさんの意地やこだわりを感じました。
つづく
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