ホンダアクセスは今から10年前の2011年、BEAT発売20周年を記念した専用純正アクセサリーを数量限定で開発・販売。一部のアイテムは瞬く間に完売し、その後BEATオーナーの熱い声に応えて追加の期間限定販売に切り替えるほど、話題となった。
そんなBEAT20周年アクセサリーの装着車に発売から10年後の今、改めて試乗。
その価値を再検証するとともに、当時商品企画を担当したスタッフから聞いた、各パーツの開発秘話と発売後の反響について振り返ってみたい。
軽乗用車初の2シーターミッドシップオープンカーとして、1991年5月に発売されたBEATは、「ミッドシップ・アミューズメント」というキャッチコピーを掲げ、理屈抜きに親しみやすく楽しいクルマを目指して開発されているのだ。
写真は20周年記念純正アクセサリー装着車。アルミホイール、フォグランプは当時の純正アクセサリー。
そう聞くと雰囲気重視のクルマと誤解されてしまいそうだが、実際はその真逆。楽しさやオープンカーとしての爽快感だけでなく、運動性能やこだわりすぎたメカニズムなど妥協のないクルマだった。
それを軽自動車規格、しかも1998年改正以前のより小さなボディサイズの中で実現するため、最高峰の技術を駆使して徹底的に理詰めで作られたクルマだった。そういう意味では、約1年前の1990年9月に発売された初代NSXや、のちに作られたS2000やS660を先取りする意欲的なクルマだったとさえ言えるだろう。
そんなBEATではあるが、惜しまれながらもフルモデルチェンジは行われず1996年に生産・販売を終了した。
だからこそBEATには、他に代わるクルマが存在しない。それだけに残存台数は多く、20周年アクセサリーが企画された段階では約2万台がナンバーを付けて走っていたという。
いまでこそ、BEATの純正部品の再販が始まっているが、企画当時はBEATのオーナーにとって愛車の経年劣化とその修理、対策となるパーツの確保は、頭の痛い問題となっていた。
そのため、「長く乗り続けられるよう純正志向に回帰する傾向が強まっていた」と当時の商品企画担当者はいう。
とはいえ、約2万台という残存台数は新車向けの純正アクセサリー開発と比較した場合、絶対数はやはり少ない。しかも軽自動車用の純正アクセサリーである以上、販売価格を高く設定することもできない。そのため、最低でも赤字にならないようにするのは決して容易ではなかったそうだ。
時をほぼ同じくして発売20周年を迎え、純正アクセサリーを2011年5月にリリースしたNSXとは事情が異なる。こちらは車両自体がそもそも高価で長期間乗り続けることを前提としたスーパースポーツなのだ。
従ってBEATに関しては、発売20周年を迎えても、とくに何の展開もなく過ぎ去っていくはずだった…本来であれば。
だが、情熱的なBEATオーナーで、それが故にホンダアクセスに入社してきたという一人の開発者が、会社を説得してBEAT 20周年アクセサリーの企画を発足。その後BEATのオーナーズミーティングである「Meet The BEAT」に参加してオーナーのニーズを聞き出し、製品化するものを絞り込んでいった。
それは奇しくも、2020年6月に発売されたS2000発売20周年記念アクセサリーを企画した川村朋貴(かわむらともき)LPLが辿った道のりと全く同じなのだ。
S2000の発売から20周年を記念して、ホンダアクセスが企画した20周年記念アクセサリー装着車。
そうして発売にこぎ着けたのが、下記の7アイテムだ。(限定数量は発売当初の設定数)
・Moduloスポーツサスペンション(限定300セット)
・Gathersスカイサウンドコンポ(限定3500台)
・Gathersスカイサウンドスピーカー(限定3500セット)
・フューエルリッド(限定2000個)
・フロアカーペットマット(限定500セット)
・ハーフボディカバー(限定500個)
・エンブレム(限定500セット)
※2020年現在、販売を終了しております。
これらのアイテムを装着した車両に今対面しても、不思議と古さを感じない。新車販売当時のデザインを踏襲した「フューエルリッド」や「フロアカーペットマット」、「エンブレム」は、それが30年前から装着されていたかのように、BEATのエクステリアに溶け込んでいる。
さらに「Gathersスカイサウンドコンポ」と「Gathersスカイサウンドスピーカー」は、車両自体が製造から少なくとも15年以上経過していることを考慮し、パネルの色を経年変化した状態に合わせて調色し直しているというから、違和感が全くないのもうなずける。
新車当時のスカイサウンドデッキは経年で壊れ、交換しようにも特殊なDINサイズのため困り果てるユーザーも多く、朗報だった。
それでいて、新車当時はカセットデッキだった「Gathersスカイサウンドコンポ」は、iPodやiPhoneなど、2011年当時に主流だったUSBメモリデバイスに対応するディスプレイオーディオに進化している。スマートフォンや音楽・動画配信サービスがさらに普及した今でも使い勝手がいい。…Bluetooth接続にも対応していれば完璧だったが。
経年で新車当時のスカイサウンドスピーカーが壊れている人も多く、これまたかゆいところに手が届く純正アクセサリーだった。
また「Gathersスカイサウンドスピーカー」は、「オープンエアモータリングでも良い音で音楽を楽しんでほしい」という狙いから、インパネ上部に装着するよう設計されたという。実際に私物のiPod touchを接続しフルオープンの状態で再生してみると、風が盛大に巻き込むような状況でもボーカルの声が明瞭に聴き取れる音質の持ち主だった。
Modulo Xでもおなじみ、レッド×ホワイトのModuloサスペンション。現代のタイヤに合わせてセッティングしたという。
そして、この20周年アクセサリー最大の目玉「Moduloスポーツサスペンション」がもたらす走りは、最新のModulo Xにも通ずる、重厚かつしなやかなものだった。
S660 Modulo XやS660の純正アクセサリーに装着されているサスペンションは開発にあたってこのBEATのModuloサスペンションのエッセンスも投入したというのだから、それもそのはずだ。
ベース車の走りは、全長×全幅×全高=3295×1395×1175mm、ホイールベース2280mm、車両重量760kgという軽量コンパクトなボディに見合った軽快感と一体感に、ミッドシップカーらしからぬ安定性を兼ね備えていた。一方でボディ・シャシー剛性は、当時の軽自動車としては高かったものの、初代NSXやS2000、S660のようにスポーツカーや現在の水準で評価すると高いというほどではなく、荒れた路面では相応に突き上げや挙動が乱れる予兆を伝えるものだったと、筆者は記憶している。
だが「Moduloスポーツサスペンション」を装着したこの車両は、舗装が荒れた一般道を走行しても、大きな凹凸で不快な入力や挙動変化をドライバーに伝えることなく走れる。また、入力のピークが抑えられているためか、ボディやシャシーの剛性“感”が上がったようにさえ感じられた。
旋回時も、操舵レスポンスは良好ながら、ダンピングが程良く効いてロールスピードが抑えられており、安定性と安心感は非常に高い。BEAT本来の軽さと小ささを損なわずに、意のままに操れるハンドリングを備えていた。
なお、車高はベース車と変わらず、減衰力調整機構も備わっていないものの、この走りの完成度であればそれらは何らネガティブな要素にならないだろう。
これらの20周年アクセサリーは、発売されるやいなや大きな反響を呼び、特に「エンブレム」は瞬く間に完売したのだと言う。
お手頃な価格だったことも手伝って、あっという間に限定数に達したエンブレム。
その後も多くのBEATオーナーから再販の要望が寄せられたため、数量限定から1年間の期間限定に販売形態を変更。結果として、「Moduloスポーツサスペンション」は当初限定数の2倍以上、フロアカーペットマットとハーフボディカバーは約4倍、エンブレムは6倍の数を販売する大ヒット作となった。
2020年に発売した川村LPLの熱い想いがこもったS2000の20周年記念アクセサリーの前にも、いちホンダアクセスのBEATオーナーが熱い想いを持って発売した前例があったのだ。
NSX、BEAT、S2000と根強いファンの多いホンダ車を販売終了後にも大切にしてきたホンダアクセス。これからも新車だけでなく、こうした既販車への取り組みを継続して行うことで、Hondaファンを大事にして欲しい。
土屋圭市さんはModulo開発アドバイザーとして、またホンダアクセスの湯沢峰司(ゆざわたかし)さんは共に、10年以上の長きにわたりModuloブランド、そしてコンプリートカー「Modulo X」の開発に携わってきた。
そんな二人のクロストーク、後編はコンプリートカーとしてModulo Xを作り上げる苦労や目指すベンチマーク設定、そして今後のModulo Xを通じて実現したいことについて、自動車専門媒体で活躍するフリーランスライター、遠藤正賢が話を聞いた。
遠藤 Modulo Xの最初のモデルは初代N-BOXでした。スーパーハイト軽ワゴンという、スポーティな走りに向いていないクルマからスタートしたわけですが、開発当時どのようなことに苦労されましたか?
Modulo Xシリーズの第一弾として2012年に登場したのはN-BOX(初代)だった。
湯沢 初代N-BOXはとにかく曲がらないクルマでしたので、それを曲げるのにも苦労をしましたが、そのうえ真っ直ぐ走るのも苦手でしたので…(笑)。
土屋 初代N-BOXはアンダーステアが強かったね。
湯沢 交差点一つ曲がるのにも、ステアリングをものすごく切らなければならないので、長時間乗ると疲れてしまう。それをModulo Xでは良くしたいと思いましたね。
遠藤 軽自動車、特にNシリーズは居住空間を求めてホイールベースが長い分、前後のオーバーハングがかなり短いので、空力を改善するのは相当難しかったのではないですか?
湯沢 そうなんですよ。造形できる面積が全然なくて、すぐにバンパーが終わってしまうので(笑)。それでも少しでもキレイに空気が流れるように、バンパーの造形を変えていきましたね。N-BOXはまだModulo X第1弾ということで開発に関して制約が多く、手探りで進めていった感じでした。
第2弾のN-ONE Modulo Xはものすごく良く走るクルマでした。土屋さんとも開発にあたっては首都高速道路をたくさん走り込みましたね。
N-ONE Modulo Xには専用エアロバンパーはもちろん、専用フロントバンパービームやEPS、CVTの制御を変更するなど、走りに徹底的にこだわっていた。
遠藤 N-ONE Modulo Xは土屋さんとしても走りを楽しめるクルマでしたか?
土屋 そうだね。N-ONE Modulo Xは曲がる楽しさだけじゃなくて、長距離移動も苦にならない楽しさがあったね。
ホンダアクセスでModulo Xをはじめ様々な開発を担当する湯沢峰司(ゆざわたかし)。自らもS2000を愛車とする無類のクルマ好き。
湯沢 「ちびっこギャングにしようよ」って(笑)。
土屋 そうそう!
遠藤 でもその後のModulo XはS660を除いて、STEP WGNにFREED、VEZELと、やはりスポーティな走りにはちょっと向いていないクルマが多かったですね?
土屋 どれも、気持ち良く曲がることと、あとは乗り心地の質感、これを一番大事にしてきたよ。
遠藤 どのModulo Xに乗っても同じような乗り味が体感できるのは、本当に凄いことだと思います。
土屋 センターラインを1本ハミ出すか、出ないかで事故を起こすか起こさないかが決まってしまう。少しのハンドル操作のブレでセンターラインを越えてしまうようなクルマじゃダメでしょう。
まずはそこの「クルマとしての基本性能」を徹底的に高めるところからだよね。
湯沢 その洗礼を受けたのは、開発チームでニュルブルクリンク周辺の道路に視察に行ったときでしたね。
あそこはちゃんとラインを守って走らないと非常に危険なので。
土屋さんともニュルに行って、昼間だけでなく夜もひたすら走ったときに得たものが
Modulo Xの開発に活きています。
遠藤 土屋さんはNSXで参戦したル・マン24時間レースでも夜の怖さを知り尽くしていると思いますが…。その体験が活きていますか?
土屋 あれはレーシングカーだから全然違うけれど、
市販車は曲がる気持ちよさを大事にしたいなと。
あとは、どんなに速くても危険な動きをしたら絶対にダメ。
穴や継ぎ接ぎなどで跳ね返されるとか、挙動が乱れることはあってはならない。
だから、Honda の鷹栖のプルービンググランドもそうだし、群馬サイクルスポーツセンターでもチェックを行うのは、それが理由だよね。
この道の悪さは、テストには最高だよ、本当に。
こういう過酷な条件でクルマを追い込んでテストしているから、
Modulo Xはどんな人が運転しても破綻しないし、安心して走れると思うんだ。
土屋圭市氏はクルマを追い込んで、ユーザーのあらゆる使い方で危険がないかテストするだけでなく、後席にひたすら乗って乗り心地をテストするなど、いつもユーザーの使われ方を考えてアドバイスを行っている。
遠藤 こんなに視界が悪くて、路面のコンディションがコロコロ変わって先が読めないコースは、なかなかないですよね。
土屋 ないね。クルマの本当の良し悪しが浮き彫りになるコースだよ、群サイは。
遠藤 話は戻りますが、これまでModulo Xを開発するうえで、どんなクルマをベンチマークにしてきたのでしょうか?
土屋 STEPWGN Modulo Xは欧州の1BOXカーだよね。
テストの前に試乗したら、「価格が2倍もするんですが」と(笑)。
2016年に発売したSTEPWGN Modulo X。2018年にはマイナーチェンジを行い、HYBRIDモデルを追加した。
遠藤 VEZEL Modulo Xの時は…?
土屋 Audi のQ3、それにPORSCHE カイエンだね。
開発メンバーには「1千万円オーバーなんですが」とか言われたけれど、
「でもあんな車重が2tもあるクルマが、あんなに良く曲がるんだよ。
もっと軽いVEZELじゃできないの?」って言ったんだ(笑)
2019年発売のVEZEL Modulo X。シリーズ初のSUVにして、初の4WDも設定した。HYBRIDだけでなく、TOURINGをベースとしたターボモデルも用意。
遠藤 S660 Modulo Xに関しては、そういうベンチマークは何かありましたか…?
2018年発売のS660 Modulo X。(写真は2020年モデル)
土屋 世の中にああいうクルマが他にないからね。とにかく、「軽自動車だから」というエクスキューズを言わせないクルマを作ろうと。軽自動車の枠の中で、ワインディングの下りで他のスポーツカーを追い回せるS660を作ろうよ、って。
湯沢 スポーツカーですから、とことんやろうという感じでしたね。
社内ではいろいろ言われましたね、「そんなに鷹栖に行く必要があるの?」と。純正アクセサリーとして欧州のスポーツカーにしか装着されないアクティブスポイラーも作ってしまいましたし(笑)。
遠藤 純正アクセサリーとして設定されているアクティブスポイラーに、Modulo Xはさらにガーニーフラップを追加していますよね。
あれも実際に走って「これを入れよう」ということになったのでしょうか?
Modulo Xには純正アクセサリーの「アクティブスポイラー」が標準装備される。黒の部分がガーニーフラップと呼ばれ、この部分がModulo X専用の装備となる。
土屋 あれは開発の途中で入れたんだよね。専用フロントバンパーの空力性能を高めていった結果、あれでリアのリフトバランスを取っているんだよね。
湯沢 純正アクセサリーで設定しているアクティブスポイラーの進化版ということですね。
土屋 S660に乗っている人の多くはクローズドコースでスピードリミッターをカットしている。そこを狙っていこうと。
湯沢 実際にテストではスピードリミッターをカットしています。
土屋 180km/hで走っているね。
遠藤 同じ軽自動車で言うと、N-BOXやN-ONEのModulo Xには、開発のベンチマークはあったのでしょうか?
湯沢 N-BOXにはとくにこれといったベンチマークとなる車両はありませんでしたが、
N-ONEに関しては福田が「Volkswagen・ゴルフGTIだ」と(笑)。
遠藤 それは……ものすごいですね。実際にそれだけの走りになっているわけですよね。
湯沢 そういった乗り味にできましたし、お客さんがものすごく喜んでくださいました。
遠藤 2020年の東京オートサロンや大阪オートメッセで新型FIT Modulo Xのプロトタイプを参考出品されましたが、今後のModulo Xでやってみたい、今までしていない、できなかったことはありますか?
2020年の東京オートサロンに出品したFIT Modulo X Concept。
土屋 できれば全部やりたいんだけどね。でもやるとなったら、
室内の質感をもう少し上げたいよね。
遠藤 それは、ブランドイメージをもっと高めるためにも…。
土屋 そうだね。せっかく走りが上質になっているんだから、インテリアでも上質感を出したいよね。
遠藤 あとは、パワートレインでしょうか?
土屋 他社さんのコンプリートブランドのように、パワーを上げたいよね。
遠藤 電動車であれば、パワートレインのチューニングはむしろ、やりやすかったりしませんか?
湯沢 はい。これはチャンスだと思っていて、開発チームとしては研究していかなければならないと考えていますね。
遠藤 湯沢さんが、パワートレイン以外で今後手を入れていきたい所は?
湯沢 土屋さんのおっしゃる通り、内装の質感、特にシートや、手で触る所ですね。
色替えや表皮替えは当然ですが、それは世の中の流れに沿っているだけなので、
「Moduloの考え方はこうです」というのを今後はまとめて、表現していきたいですね。
それとやはり、パワートレインですね。
お客さんの中には「走りはいいけど、もう少しパワーが欲しい」という方がいらっしゃいますので。普段はそんなに使わないと思うんですが、いざという時はパワー特性が切り替えられるボタンがあって、押すと特性が変わる…というようなものを用意できたら、経済性と両立できて良いと思いますね。
遠藤 それは、電動車だけではなく普通の内燃機関のクルマでも、ですか?
湯沢 はい、そうですね。あとは、Modulo Xはコントロールしやすいので、アクセルに対するレスポンスにもこだわっていけたら、もっとトラクションをかけて走れるようになるでしょうし。エンジンだけではなくCVTやデュアルクラッチトランスミッションに関しても面白い領域と思います。もっとクルマが自分の手足のように動いてくれたら、クルマ好きの方はもちろん、移動の手段と考えている方も運転を楽しめるんじゃないでしょうか。
遠藤 クルマ作りの考え方を明確にし、車種横断的に展開するということに関しては、近年他ブランドでも積極的に取り組んでいますね。
湯沢 ModuloはModuloの考え方で通す、ということにして、それに共感してくれるお客さんと一緒にクルマを作っていきたいですね。
他社を真似するのではなく、我々はお客さんの使われ方を見て、その中でベストなクルマをまとめていくのがModuloですので。
Modulo Xの場合は特に、そういう風に思想を語ることのできる仕様を作っていきたいですね。Hondaが好きなお客さんは、そういうこだわりが好きだと思いますので。
コンピューターが何でも値を導き出してくれる時代。
そんな時代にあって、
机上の理論だけでなく、
開発アドバイザーの土屋圭市氏とホンダアクセスの職人気質な開発陣が、
人の感覚を大切にして、
ひたすら走りこむことでその走りを磨きこんできた。
良いものも悪いものも、走って全部試す。
そんな手間暇かけて作られたこだわりのコンプリートカー、Modulo X。
あなたもぜひ、その磨き上げられた走りを体感してみて欲しい。
土屋圭市さんはModulo開発アドバイザーとして、ホンダアクセス開発部の湯沢峰司(ゆざわたかし)さんは10年以上の長きにわたりModuloブランド、そしてコンプリートカー「Modulo X」の開発に携わってきた。
そんな二人のクロストーク、前編は二人がいかにしてModulo製品を開発してきたのか、そしてModulo Xの中核をなすサスペンション・空力・ホイール・インテリアはどのような経緯で進化してきたのかについて、自動車専門媒体で活躍するフリーランスライター、遠藤正賢が話を聞いた。
遠藤 土屋さんがModulo開発アドバイザーに就任したきっかけはなんだったのでしょうか?
Modulo開発アドバイザーを務める、ドリキンこと土屋圭市氏。
土屋 FD2型のCIVIC TYPE Rだったよね。
元々俺がNSX-Rに乗っていて、本田技術研究所が作ったベース車と同じタイムをサーキットで出せるのにベース車よりもしなやかなサスペンションを作ったんだ。
FD2型CIVIC TYPE Rは運動性能を徹底的に研ぎ澄ましたサーキットスペックのピュアスポーツモデル。それゆえにとてもスパルタンな乗り心地だった。
そうしたら、ホンダアクセスの吉田さん(ホンダアクセスで広報室長、四輪商品企画室長、常勤監査役、モータースポーツ担当を歴任)から
「Moduloでそういうことできないかな?」と声をかけてもらったんだよね。
それでFD2 CIVIC TYPE Rのスポーツサスペンションから始めたんだけど、
5段階の減衰力調整機構を付けて、しなやかな乗り心地で、
かつベース車と同じタイムを出せるように
Moduloスポーツサスペンションのセッティングアドバイザーをしたんだよ。
FD2用のModuloスポーツサスペンションは当時そのしなやかな乗り味から大好評を得て、純正アクセサリーのサスペンションとしては異例の装着率となった。
遠藤 FD2はベース車の乗り心地はなかなかハードでしたね。
土屋 硬かった。NSX -Rも街乗りでは硬くて乗りにくかったよ(笑)
。当時ハシケンさん(橋本健。本田技術研究所で初代NSX開発、ル・マン24時間レース参戦、第三期F1車体開発などに従事)は「サーキットがメインだから」と言っていたけど、
「普段乗ることを考えると、ちょっと硬いよね」という所から始まったよね。
本籍をサーキットに置くTYPE Rはどのモデルも乗り心地はかなりハードであった。そのなかでもNSX-Rは極めて硬派な存在だった。
遠藤 ベース車があれほど硬かったのをしなやかにするには、かなりの苦労があったのでは…?
土屋 そりゃ大変だよ!NSX-Rの時は、自分の身銭を1千万円以上切ったからね(笑)。スタビライザーからスプリング、ダンパーまで、全部ワンオフで試作して、7年くらいかかったよ(笑)。
遠藤 湯沢さんは、その当時はどんなお仕事をされていましたか?
ホンダアクセスでModulo Xを含む様々な開発を担当している湯沢峰司(ゆざわたかし)。
湯沢 私はその当時、ホンダアクセスでブレーキローターとパッドの開発を担当していました。サスペンションは福田(正剛。Modulo Xの開発を統括)の担当でしたね。
遠藤 FD2の走りをまるで別物に生まれ変わらせるのを当時目の当たりにして、
いかがでしたか?
湯沢 土屋さんのおっしゃることを、実際に乗って感じると「確かにそうだよな」と
思う気持ちが強かったですね。
「サスペンションはしっかり動かなければダメ」ということや、
旋回姿勢の大切さを教えていただいたんですが、それが確かにクルマの操作しやすさにつながっていました。
私も当時は一般ユーザーに近かったので、「何でも足回りを固めればいい、そうすれば速く走れる」という感覚でいたんですが(笑)、「全然違う世界がここにはある」というのが第一印象でした。
「これはお客さんに知ってもらわないと」と思いましたし、日本のクルマ文化や考え方を変えられるのではないかと感じましたね。
遠藤 FD2以降、どのような製品の開発に携わったんでしょうか?
湯沢 2011年にCR-Zをベースとした「TS-1X」というコンセプトカーを作りましたね。私もその辺りからコンプリートカーの開発に携わるようになったのですが、その時に土屋さんからSUPER GTでの空力のノウハウを入れていただき、試したりしました。あれも面白いクルマでしたね。
TS-1Xのエアロはスタイリングだけでなく、空力効果を狙ったもの。スタイリングだけでなく、「走る」「曲がる」「止まる」のクルマの基本性能を徹底して磨いた。
遠藤 現在のModulo Xシリーズは“実効空力”が大きな特徴の一つですが、土屋さんがレースで培った空力のノウハウも盛り込まれているのでしょうか?
湯沢 土屋さんからレースの現場では「こうしているよ」というのをいろいろ教えていただけるので。
遠藤 いろいろなコンプリートカーが市場にはありますが、
Modulo Xほどボディ下部の空力を追求したクルマはなかなかないですよね。
写真はFREED Modulo Xに備わる「実効空力デバイス」のひとつエアロスロープ。そのほかエアロボトムフィンと呼ばれるフィンがボディ下面の整流を行っている。
土屋 見えないところも徹底的にこだわってやるのがModuloのやり方だからね。
それに、ホンダアクセスの開発者の福田さんも湯沢さんも、ホントにクルマ好きだから耳を傾けてくれるじゃない?
下面の空気の流れで、レーシングカーはアンダーステアにもオーバーステアにもなるということを、素直に聞いてくれて、形にしてくれたんだよね。
フツーの開発者は「へえ、レーシングカーはそうなんですか」で終わりだから。
「下面の空力なんかやって、市販車は変わるんですかね」って(笑)。
遠藤 市販車はレーシングカーよりも最低地上高が高いですから、実際に乗っていないと、その先入観で「本当に効果があるの?」と思い込んでしまうんでしょうね。
土屋 それは、開発者が興味を持って、試すかどうかじゃない?
俺らはModulo Xの開発にあたって、「風」をものすごく気にするから。
そんなのは、自転車に乗っているおばさんでも気が付くと思うよ?
身体を起こしている時と寝かせている時とで、向かい風ではどういう姿勢が一番前に進むか。自転車のスピードでもその違いって体感できるじゃない。
それが、クルマは一般道なら50km/h、高速道路を100km/hで走るんだから。
自転車であれだけ空気抵抗が変わるんだからさ、クルマはモロに効いてくるでしょ?
遠藤 ホンダアクセスが土屋さんにModulo開発アドバイザーをお願いしているのは、
そうした様々なノウハウを教えていただけるからなのでしょうか?
湯沢 はい、そうですね。技術的なアドバイスもそうですし、土屋さんは車両全体でジャッジできる方なので、肩書はアドバイザーですが、私たち開発は土屋さんと一緒に開発している感覚でいますよね。
遠藤 Modulo Xのもう一つの大きな特徴として、ホイールの剛性バランスに着目したチューニングがありますが、これはどのようにして生まれたものなのでしょうか?
土屋 (湯沢さんを見て)こういう細かい人間がやるんだよ(笑)。
湯沢 笑
土屋 じつは俺は最初、開発を始める前はバカにしていたんだよ。
「そんなこと、レーシングカーでも違いが分からないよ」って(笑)
湯沢 S660の純正アクセサリーの開発時に、ホイールの剛性バランスを細かく突き詰めてみようと、取り組み始めたのです。
「ホイールもサスペンション」という開発思想を基にむやみやたらに高剛性を求めず、そのバランスを重視し、リムやスポーク部をたわませる構造によって、乗り味を作りこんだS660用のアルミホイール、MR-R01。
土屋 そうしたら俺でも分かる(笑)。いや、もちろん一般のドライバーだって、この違いはわかると思うよ。
湯沢 北海道にあるHondaの鷹栖プルービンググラウンドで乗り比べていただいたんですが、土屋さんは乗る前はちょっとバカにしていたんですよ(笑)。
試乗から戻ってきた土屋さんはニコニコ顔でした(笑)。
土屋 最初はバカにしていたよね、「軽自動車でこんなことまでやる必要ないよ」って(笑)。でもホイール剛性の違いがハッキリ表れていたね、乗り心地にも、ハンドリングにも。
遠藤 そういう意味では土屋さんも、Moduloの開発を通じて、新しいノウハウを得られたんですね?
土屋 そう。レーシングカーでホイール剛性のテストをしても、それってすごく分かりにくいんだよ。
レーシングカーはシャシー剛性がものすごく出ているから、そこでサスペンションが動く、タイヤがたわむ、「ホイールの剛性なんか分からないよ」って。
それに、レースの世界ではホイールの剛性をタイムで決めてしまうんだよね。ドライバーが乗りにくいとか反応が悪いとか言っても、タイムが出ればそのホイールを使うし。
ちなみにMR-R01は2020年のSUPER GT300のNSX GTに供給していたホイールとデザインを共有している。
だけど市販車で乗り比べてみたら、明らかに違う。
S660に関しては、このクルマに合ったホイールという、そういう選択のしかたをしている。ホイールの剛性をむやみやたらに上げたら、硬くて不快だった。
一方で剛性を下げすぎると、ステアリングレスポンスが悪くなった。
それが、一日乗っているとすごくよく分かるんだよな。
俺は湯沢さんが言っていることを最初はバカにしていたから、「すみませんでした」って素直に思ったよ(笑)。
湯沢 ボディの剛性に関してはN-ONE Modulo Xの時に取り組んでいて、バランスを取ることに面白さを感じていたので、ホイールの剛性バランスを変えてもクルマの動きが変わるだろうと。
それに福田(Modulo X開発統括)からも「やってみたら?」と後押ししてもらっていました。
N-ONE Modulo Xではリニアな操舵フィールと吸い付くような接地感を生み出す専用高剛性バンパービームを装着していた。
でも、ホイールを試作するには、型をいくつも作らなければならないので、ものすごくお金がかかるんですよね(苦笑)。ですから、普通のメーカーならまずやらないと思います。
でもホンダアクセスのホイールは社外品と比較すれば高価と感じる方もいるかもしれませんが、それでも選んで下さるお客さんに対しては、本当に良いものを提供したいという想いがありますので、可能な限りあらゆる試作をして、ホイールメーカーさんにも協力していただきました。
ですが、最初にホイールメーカーさんのオフィスにこの草案を持って乗り込んでいったときには「何言ってるんだ、ホンダアクセスは…」という反応でしたね(笑)。
土屋 そりゃそうだ(笑)。誰もそんなことやろうと思わないもん。
湯沢 それが今は、Modulo Xの開発において、普通のことになっていますからね。
遠藤 ボディ剛性を変えるよりも、ホイールの剛性を変えた方がいいということですか?
湯沢 そういうことではありませんよ。もちろんボディの剛性を変える手法もありますが、我々に与えられた条件の中でできることを考えると……ということですね。
遠藤 ボディの剛性を変えると、衝突安全性能の面にも関わってきますよね。
遠藤 さて、走りの話をしてきましたが、今度はインテリアに関してお話を伺います。
質感を高めるということから、VEZEL Modulo X以降はさらにインテリアの仕立てに踏み込みつつありますが……。
2019年発売のシリーズ初のSUVとなったVEZEL Modulo Xには専用シートを奢った。
湯沢 インテリアに関しても本当にいろいろ、土屋さんにアドバイスをいただいています。ですが、現状ではそれをなかなかすべて実現できていないですね。
VEZEL Modulo Xはフロントシートを変更していますが、まだまだやりたいことはいっぱいあります。「乗り味はこれだけ良くなっているのに、インテリアの質感は…」ということに関しては、まだまだ我々が実現できていない領域です。
専用のセミバケットタイプのシートを装備。スポーティな走りをしても安定したホールド感を与えてくれる。シート形状まで専用にしたのはシリーズ初。
土屋 FREED Modulo Xの開発が始まる前には、価格は全然違うけれど、ドイツの最新Bセグ、Cセグのプレミアムコンパクトカーを用意して、開発メンバーと試乗したんだ。「ここを目指そうよ」ってね。
2017年発売のFREED Modulo X(左)。2020年にはマイナーチェンジ(右)を受け、走行性能を向上させる「実効空力デバイス」を備えるエアロバンパーを装着したのがトピック。
それらに対しFREED Modulo Xのインテリアはもっと上を目指したいところだったよね。当然コストの面はあるんだけどさ。
今は「走りの質感と乗り心地は外せないね」と考えて、そこにお金と時間をつぎ込んで開発しているんだけどさ。
でも本当は、インテリアの質感をもっと上げられるといいんだけどね。
湯沢 そうですね、本当に。Modulo Xの世界観をさらに表現していきたいです。
遠藤 VEZEL Modulo Xのセミバケットシートは非常に本格的ですが、
率直な所「Modulo Xの極めて高い旋回性能にやっとシートが追いついた」という印象を抱きました。FREED Modulo Xもシートと本革巻きステアリングホイールの表皮が変更されましたが、あちらも見た目の質感だけではなく……。
2020年に発売したFREED Modulo Xはシート表皮にスェード調を採用。見た目のプレミアム感を向上させただけでなく、ドライビング中の滑りも抑制している。
湯沢 はい、そうですね。マイナーチェンジ前のFREED Modulo Xも、多くのお客さんやジャーナリストの方から「滑る」と言われていましたので、シート表皮を変えています。
マイナーチェンジ前のFREED Modulo Xは座面とシートバック部にファブリック素材を使用していたため、「滑る」との評価もあった。
土屋 シートが「滑る」という人は、飛ばしている人だよ。
で、クルマ好きのお客さんは往々にして飛ばしているケースが多い(笑)。
遠藤 FREED Modulo Xのマイナーチェンジでは、インテリアの質感向上はもちろんですが、エアロの進化によって乗り味が変わっていることに驚き、開発陣のみなさんの意地やこだわりを感じました。
つづく
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