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2026年02月14日 イイね!

風前の灯火「AMステレオ放送」2.

風前の灯火「AMステレオ放送」2.[写真・画像] ニッポン放送のFM周波数は、93.0MHzで、東京スカイツリーの送信所から電波を発信しています。
4月1日(月)AM放送の変更(ステレオ→モノラル)および ベリカード(受信確認書)発行終了のお知らせ
2024/03/24 24:00
【AM放送変更(ステレオ→モノラル)のお知らせ】
ニッポン放送では、2024年4月1日よりAMラジオのステレオ放送をモノラル放送に変更します。AMステレオ放送に必要な機器の生産が既に終了しており、保守・維持が困難な為です。今後も安定したAM放送をお届けするため、皆様のご理解をお願い申し上げます。
・お手持ちのAMステレオ受信機は、4月1日以降もモノラル受信で引き続きニッポン放送をお楽しみ頂けます。
・ステレオでニッポン放送をお楽しみになりたい方は、ワイドFM または radiko をご利用ください。
【ベリカード(受信確認書)発行終了のお知らせ】
ニッポン放送にラジオの受信報告をお寄せいただいた方にベリカード(受信確認書)を発行していましたが、2024年3月末消印の受信報告をもって、発行を終了させて頂きます(日本国外での受信は引き続き発行します)。
今後もお寄せ頂いた受信報告は引き続きお受けいたします。
2024年3月 ニッポン放送

AMステレオ放送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2024年3月31日 - ニッポン放送が、AMステレオ放送を終了[8][注 13][注 14]。
[8]^「4月1日(月)AM放送の変更(ステレオ→モノラル)および ベリカード(受信確認書)発行終了のお知らせ」ニッポン放送、2024年3月24日。2024年3月26日閲覧。
[注 13]^ 正確には3月31日分の本放送終了時刻である4月1日1時00分。
[注 14]^ アール・エフ・ラジオ日本は従来から行なっていない。

≪くだめぎ?≫
 2年前にニッポン放送がAMステレオ放送を終了。
残る、ラジオ大阪・和歌山放送も送信機更新による終了も見えてきたが、
そもそも新規のAMステレオ放送対応の民間受信機が無い現状では・・。
Posted at 2026/02/14 18:50:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 地域 | 旅行/地域
2026年02月14日 イイね!

『夜のステレオ』

『夜のステレオ』夜のステレオ
放送年度:1961~1964年度
『輝くステージ』(1959~1960年度)に代わって登場した軽音楽を主にした立体放送番組。初年度は第1・第2(金)午後8時30分からの29分番組。『立体音楽堂』(1954~1965年度)で毎月1回しか放送されなかった軽音楽をステレオで放送。1964年度は第1週「ジャズまたはラテン音楽」、第2週「クラシックの名曲」、第3週「ヴォーカル・パレード」、第4週「構成音楽」、第5週「邦楽名曲選」で構成。
NHKアーカイブス放送史 より

夜のステレオ (AM2波)
ジャンル 音楽番組
(ステレオ音声によるポピュラー音楽など)[1][2][3][4]
放送方式 収録
放送期間 1961年4月7日[5] - 1965年4月3日[6]
放送時間 週1回 29分 又は 30分(詳細は、「放送時間」の項を参照のこと)
放送局 NHKラジオ第1+NHKラジオ第2
制作 NHK
 夜のステレオ(よるのステレオ)は、NHKで1961年4月7日[5] - 1965年4月3日[6]に放送された、AM2波を使ったステレオによるレギュラー・ラジオ番組である。
1.概要
 1952年12月、NHKはラジオ第1を左チャンネル、ラジオ第2を右チャンネルとしたモノラル音声2波を使ったステレオ放送を開始[注 1][7](当時は「立体放送」と呼んでいた)。以後、この形式による放送を随時行い、1954年11月13日には、これを定時番組化させた日本初のステレオによるレギュラー番組「立体音楽堂」がスタートする[8]。
 この番組の開始した頃から、欧米のレコード会社によるステレオ録音が開始されたり、テープによるステレオ録音再生機やステレオ・テープ・ソフトも発売されるようになった。しかし、テープによる録音再生機やソフトは、当時の日本の一般庶民にとっては余りにも高価だったため、一般的には余り普及しなかった。
 その後1958年8月1日になると、日本でもステレオ・レコードが発売され始め[注 2]、それを再生するステレオ・セットも売れて行く様になり、それにはAM2波ステレオの受信機能も付いているのが多く、更には同じ頃から、東京・大阪等の大都市に於いては、民放AM2局による同様のステレオ放送もレギュラー番組として始まる様になるなど、一般的に立体放送に関する関心も高まったこともあり、NHKは「立体音楽堂」の他に、主に軽音楽(ポピュラー音楽)を扱う新たなAM2波によるステレオ番組を当番組を編成することになった[1]。
 しかしこの番組も、高音質でモノラル放送との両立性を持つ1波によるFMステレオ放送が1964年末頃にはNHKの全国の放送局で行われる様になった[注 3]ため、この番組も1965年4月3日の最終回を以って終了し、これで、1952年12月から12年余りに渡るNHKのAM2波ステレオ放送の歴史に終止符を打つこととなった。
2.放送時間
1961年4月7日(番組開始) - 1962年3月30日:毎週金曜 20:30 - 20:59(29分)[1]
1962年4月8日 - 1963年3月31日:毎週日曜 23:05 - 23:35(30分)[2]
1963年4月7日 - 1964年3月29日:毎週日曜 21:30 - 21:59(29分)[3]
1964年4月4日 - 1965年4月3日(最終回):毎週土曜 21:30 - 21:59(29分)[4]
3.放送内容
以下の記述は、NHK年鑑(1962年 No.2、1963~5年)に記載されている、当番組の項目を基にしたものである。(参照文献の詳細は、各脚注を参照のこと
1961年度(1961年4月7日 - 1962年3月30日)
以前ラジオ第1にて放送されていた番組「輝くステージ」に代わり、軽音楽を主にしたステレオによる夜間番組として登場。放送内容の一部として、コーラスとオーケストラによる「ロシア民謡集」、「日本映画音楽集」等が列挙されている。[1]
1962年度(1962年4月8日 - 1963年3月31日)
毎月第2週は、ステレオ・レコード(アナログ盤)を放送し、その他の週は、ジャズ、歌、管弦楽、ラテン・アメリカ音楽の4種類を主に取り上げた。[2]
1963年年度(1963年4月7日 - 1964年3月29日)
この年度は、毎月第1週をラテン・アメリカ音楽、第2週を管弦楽、第3週を歌、第4週をジャズに大別し、第5週がある月は、特集的に邦楽又は構成番組を制作。又、この年度は、文芸作品を4回放送した。[3]
1964年年度(1964年4月4日 - 1965年4月3日)
この年度は、毎月第1週がジャズ又はラテン音楽、第2週がクラシックの名曲、第3週がヴォーカル・パレード、第4週が構成音楽、そして第5週がある月は邦楽名曲選という構成。又、年4回、文芸作品(「風の又三郎」、「かしの木のうた」等)も放送した。[4]
4.主な出演者
歌:ペギー葉山[2][3][4]、フランク永井[2]、アイ・ジョージ[3]、武井義明[4]
コーラス:ダーク・ダックス[2]、東京混声合唱団[2][3][4]
演奏:原信夫とシャープス・アンド・フラッツ[2][3][4]、見砂直照と東京キューバン・ボーイズ[2][3]
5.注釈
^ 試験放送が同月5 - 7日、同月20日に最初の番組「土曜コンサート」が東京ローカルで放送。翌年2月28日から全国放送での実施(番組は同じ「土曜コンサート」)を開始する。
^ ちなみに、日本初のステレオレコードは、日本ビクターから発売された。詳細については、日本ビクター#年表の項目を参照のこと。
^ ちなみにNHK-FM放送のステレオ化は、1963年12月16日に東京放送局にて行われたのが最初である。
6.脚注
^ a b c d 日本放送協会 編『NHK年鑑1962No.2』日本放送出版協会、1962年9月1日、73頁。NDLJP:2474358/58。
^ a b c d e f g h i 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'63』日本放送出版協会、1963年、149頁。
^ a b c d e f g h 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、154頁。
^ a b c d e f g 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、172頁。
^ a b 朝日新聞 1961年4月7日 朝刊P.5 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
^ a b 朝日新聞 1965年4月3日 朝刊P.9 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
^ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'54』日本放送出版協会、1954年、191頁。
^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'56』日本放送出版協会、1956年、131,132頁。
7.外部リンク ・夜のステレオ - NHK放送史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
最終更新 2024年10月21日 (月) 19:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

≪くだめぎ?≫
 所詮、AM2波を使った原始?的な方法の番組である。
FMステレオ放送が全国の放送局で行える様になったため、
1965年4月3日(最終回)まで続いた"伝説"の番組である。
 全国に"どら息子"??!を誕生させる原動力となった、
と言っても過言ではない。
Posted at 2026/02/14 16:57:24 | コメント(0) | トラックバック(0) | 地域 | 旅行/地域
2026年02月14日 イイね!

NHK「ラジオ第2放送」3月29日深夜に終了

NHK「ラジオ第2放送」3月29日深夜に終了NHK、ラジオ3波を2波に再編。3月30日から
 酒井隆文 2026年2月12日 18:53

 NHKは、現在放送しているラジオ3波(ラジオ第1放送、ラジオ第2放送、FM放送)について、2026年度の番組改定にあわせて、3月30日から「NHK AM」と「NHK FM」の2波に再編する。周波数はNHK AMが現在のラジオ第1と同じ、NHK FMが現在のFM放送と同じ。
 ラジオ第2の放送は3月29日深夜に終了となるが、放送しているほとんどの番組はNHK AMとNHK FMに移行する。
 再編後も「いつでも、どこでも聴くことができる“暮らしの命綱(ライフライン”として、正確で迅速なニュースや生活情報、日々の暮らしに潤いをもたらす音楽番組や学びに役立つ教育番組などをお届けしていく」という。
 NHK AMは、安全・安心を担う音声基幹波として、命と暮らしを守る情報をいち早く届け、ニュースや生活情報など多様なジャンルの番組を提供。
 NHK FMでは、高音質な音楽・芸能や学びの機会を届ける音声波として、リスナーの興味・関心に深く応える音楽番組や、語学番組・高校講座など多様な学びに役立つ教育番組を提供する。
 また、災害発生時には、災害の規模・状況に応じて2波でニュース、ライフライン情報、帰宅困難者向け情報といった、いのちと暮らしを守る情報を伝える。
 そのほか、NHK AMとNHK AMの新メディアロゴや、ロゴカラーに合わせた新キャラクター「AMらじる」「FMらじる」を新たに制作した。
 NHKラジオの音声と番組情報をネットで提供する「らじる★らじる」については、再編後も現在提供中の「放送の同時配信」と「放送から1週間の聴き逃し配信」サービスを引き続き提供。
 なお、サービス名称については音声波の再編に合わせて変更。2025年10月から始まった「NHK ONE」に「らじる★らじる」も含まれていることから、NHK ONEの名称を加えた「NHK ONE らじる★らじる」に3月30日から変更される。
また音声波再編に関する情報をまとめた「音声波再編ホームページ」も開設。再編の最新情報や、現在ラジオ第2で放送している番組の、新年度からの放送時間帯を検索できるページなどを用意している。
 周知広報番組も展開する。2月23日にはラジオ特番「NHK ラジオ番組引越センター(仮)」を放送。NHKのラジオ番組が2026年度から「どの波の、どの曜日、どの時間に移るのか」や、ラジオの全番組情報、再編するNHKラジオの楽しみ方、注目番組を紹介する。
 放送は2月23日で、ラジオ第1とFMでは16時5分~16時55分、ラジオ第2も含めた3波では同日17時5分~17時55分。
 そのほか、再編後のラジオの魅力や具体的な番組を紹介する「どーも、NHK」を総合テレビで3月14日10時38分~11時に放送する。
AV Watch より

≪くだめぎ?≫
 "NKH"の改編が決まった。「ラジオ第2放送」の3/29(日)の深夜で本放送が終了する。
 3/30(月)~ より、現在のラジオ第1とFM放送が同じ周波数で継続する。
 1952年12月~1965年3月 に行われた"第1放送"と"第2放送"の
2波を使っての「ステレオ放送」
NHK「立体放送」が本当の伝説になっていく・・。
Posted at 2026/02/14 16:04:35 | コメント(0) | トラックバック(0) | 地域 | 旅行/地域
2026年02月07日 イイね!

「EF58形」長距離列車を牽引8.

「EF58形」長距離列車を牽引8.「EF58形」長距離列車を牽引した電気機関車の軌跡
ブルトレから荷物列車まで、
昭和の電化幹線を席巻
南 正時 : 鉄道写真家 2025/09/19 4:30
(上)来日した「オリエント急行」の国内ラストランは本務機がEF58形61号機だったが、前補機のD51形498号機に隠れてヘッドマークは見えなかった=1988年12月
(下)鉄道博物館で「オリエント急行」のヘッドマークを付けたEF58形61号機(撮影:南正時)
■幻の?「オリエント急行」ヘッドマーク
 最後に、EF58形にとっては晴れ舞台でありつつ、ファンにはやや残念な結果になった出来事にも触れておきたい。
 1988年に来日した「オリエント急行」の日本国内ラストラン時の本務機はお召列車指定機であるEF58形の61号機だったが、この際、JR東日本初の復元SLであるD51形498号機が前補機を務めることになった。つまり、61号機の前に連結されたのである。SLファンにはまたとない光景で、ヘッドマークを付けたD51形は大きな話題になったが、本務機の61号機もヘッドマークを付けていながらもその姿はD51形に隠れて見えず、どちらのファンも悲喜こもごもの運転だった。
 61号機は現在、鉄道博物館に保存され、時々ヘッドマークを取り換えて話題になっているが「オリエント急行」のヘッドマークを取り付けた時が一番好評だったという。鉄道博物館では来館者の要望も取り入れてヘッドマークを取り付けているが、ファンの方はリクエストしてみてはいかがであろうか。
東洋経済オンライン

≪くだめぎ?≫
 全長23.5mの「オリエント急行」客車であるため、車両限界に抵触するのを、
何とか乗り切って、運行された。
 車両の改造を担当したのが日立製作所である。バブリーな時代だったのかな・・。
Posted at 2026/02/07 20:11:56 | コメント(0) | トラックバック(0) | 直流電気機関車史 | 旅行/地域
2026年02月07日 イイね!

「EF58形」長距離列車を牽引7.

「EF58形」長距離列車を牽引7.「EF58形」長距離列車を牽引した
電気機関車の軌跡
ブルトレから荷物列車まで、
昭和の電化幹線を席巻
南 正時 : 鉄道写真家
2025/09/19 4:30東洋経済オンライン
EF58形重連牽引で夕方の関ケ原を越える急行「ちくま51号」(撮影:南正時)
臨時列車を牽く勇姿2.
 また、長野―大阪間を結んでいた急行「ちくま」の昼行臨時列車で、12系客車12両編成による「ちくま51号」は、名古屋まで中央本線内はEF64形の牽引だったが、その先の東海道本線内はEF58形の重連が牽引していた。これは勾配区間である関ケ原越えの際に速度の低下を抑えるためだ。
 「ちくま51号」は大垣を発車するとグングン加速し、新垂井経由の分岐あたりではEF58形の最高速度に達するほどの速度で猛進する。夕闇迫る時間でカラー撮影は叶わず、白黒撮影だったがその圧倒的な速度による迫力はすさまじいもので、翌日の夕方にも関ケ原のサミット付近で待ち構え重連の雄姿を狙った。

≪くだめぎ?≫
 現在でも"山岳"用EF64形であり、平坦用機関車に交換である。
 しかし、北斗星DD51重連の様に、
東海道線 名古屋-大阪でEF58形重連が行われていたとは・・。
Posted at 2026/02/07 19:39:17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 直流電気機関車史 | 旅行/地域

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「「Yamato」体重計 ♫〜」
何シテル?   04/02 16:02
 「昔々、有ったとさ、 『トヨタディーゼル店』、『トヨタパブリカ店』、『トヨタオート店』、『トヨタビスタ店』・・・」。      身長165cm・体重6...
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