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ディーゼルオート店のブログ一覧

2026年01月12日 イイね!

『DF93』形ディーゼル機関車

『DF93』形ディーゼル機関車[写真・画像] DF93 1 (2006年2月17日 18:36)
1950年代後半から始まった車両会社からの提案(借入)機のなかでも最後の部類で、M.A.N.の1100PSを搭載した液体変速のCC機。1962(昭和37)年から千葉鉄管内で使われたが、正式採用されずに終わる。車体はクリームと濃緑で、HITACHIと大きく描いてあった。
 '62.11.17 千葉気動車区P:内藤健作
鉄道ホビダス より

DF93形は、かつて日本国有鉄道(国鉄)で試用された液体式ディーゼル機関車。
1.製造の背景
国鉄がディーゼル機関車の開発を模索していたころ、国内の車両メーカーは国鉄および海外への売り込みをはかるべく、独自の機関車を設計・試作した。これらの機関車は、合計9形式が国鉄に借り入れられ、40番台、のちに90番台の形式を与えられて試用された。一部の形式は国鉄が正式に購入した。それらの試作機関車のうち、日立製作所が本線用として製造したのが本形式である。
2.構造
 エンジンは、日立製作所が当時の西ドイツのMAN社のエンジンをライセンス製作したL12V18/21mA型(1,100馬力)ディーゼル機関である。動力伝達方式は液体式を採用した。液体変速機は日立製LAZ10R型で、車体中央部付近に置かれた。液体変速機からは前後方向に第1推進軸が伸びてそれぞれ第1・2動輪の間と第5・6動輪の間にある第1減速機につながり、各第1減速機からは前後方向に第2推進軸が伸びて、第2減速機を経て3軸台車内の各動輪を駆動する。合計12本の推進軸で各軸を駆動する。
 軸配置はC-C。心皿のない台車で、リンクにより引張力を伝達する。
 車体は箱形。前面形状はEF58や国鉄DD50形ディーゼル機関車に似た、前面2枚窓で上部を傾斜させたいわゆる「湘南電車」形である。塗色は上半分がクリーム、下半分が緑、スカート部が赤で、車体側面に白で「HITACHI」の文字が描かれていた。
3.製造 1960年(昭和35年)に1両が日立製作所で製造された。
4.運用
1962年(昭和37年)6月より常磐線で試用されたのちに千葉気動車区に配置され、房総方面への旅客列車(同年の「房総夏ダイヤ」では臨時快速「しらすな」(両国駅 - 浜金谷駅間)を牽引)と貨物列車(主に両国駅 - 千葉駅間の牽引と構内入換)に使用された。返却は1964年(昭和39年)3月。
5.主要諸元
全長:15.5m
運転整備重量:70.0t
機関:日立・MAN製L12V18/21ma形ディーゼル機関1基
液体変速機:日立製LAZ10R
軸配置:C-C
出力:1,100PS/1500rpm
動力伝達方式:液体式
最大運転速度:78.7km/h
6.外部リンク
・渡辺・石田・井上・関・山名「1,100PS液体式ディーゼル機関車」『日立評論』 別冊第40号、1961年4月。
・“消えた車輌写真館 DF93 1(国鉄・ディーゼル機関車)”. 鉄道ホビダス. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年1月27日閲覧。
・荒井文治, 臼井茂信, 杉田肇「デイーゼル機関車 DF93」『機関車ガイドブック』誠文堂新光社、1963年、236-237頁。doi:10.11501/2499981。
・渡辺信一「1100PS液体式ディーゼル機関車」『JREA』 3巻、8号、日本鉄道技術協会、1960年8月、19-22頁。doi:10.11501/3255777。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
最終更新 2025年11月6日 (木) 12:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

≪くだめぎ?≫
 『DF40』と同じ軸配置はC-Cであるが、
C-C軸配置を採用したが中間軸について厳重な横圧低減対策を施したDF93形、
とあり、この点では良かったようだ。
 出力:1,100PS/1500rpmであり、『DF50』0番台並の出力、
確かに馬力は足りないが・・。最大運転速度か?
Posted at 2026/01/12 17:56:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | ディーゼル機関車 | 旅行/地域
2026年01月12日 イイね!

JR貨物黎明期に誕生した「マンモス機」

JR貨物黎明期に誕生した「マンモス機」JR貨物黎明期に誕生した「マンモス機」
ガンメタリックの塗装が渋い
ED500の全貌を写真で振り返る!2025.12.28 
text:瀧口宜慎(RML)photo:RM
[写真・画像]
(左)ED500を正面から見る。EF200と同じく日立での製作のため、正面廻りの造形は両形式で設計が似通っている。運転台窓廻りはEF200と同じだが、ヘッドライトの形状は愛嬌のある丸形ライトだった。
(右)1エンド側を右手に見る。D級機ながら連結器中心間は17,600mmで、F級のEF65よりも長い。床下機器も鈴なりに並んでいる。

 1987年3月に国鉄の分割民営化が行なわれ、JR旅客6社と、貨物1社の計7社が発足しました。時代はバブル期を迎え、旅客も貨物も輸送量が拡大し続けた時代でしたが、JR各社の車両は当時ほとんどが国鉄時代から引き継がれたもので、登場から20年以上経った車両が多くを占めていました。貨物列車でも、コンテナ車についてはコキ100系列が、電気機関車では国鉄の高速貨物機EF66の増備型である100番代がそれぞれ登場してはいたものの、より高出力で高速性能が高く、かつ省エネルギーな電気機関車の登場が望まれていました。
■平成初期 JR貨物発足後に誕生したマンモス機たち
 そんななかで1990年に登場したのがEF200とEF500 です。いずれも定格出力は6000kw/hで、国鉄時代最強だったEF66(3900kw/h)と比較しても相当パワフルでした。設計上の最高運転速度は120km/hとされ、EF200は10‰の勾配で1600t(コンテナ車満載状態を32両)、90km/hでの連続運転が可能な性能を持ち合わせていました。このうち量産されたのはEF200だけでしたが、線路設備の有効長の問題から32両のコンテナ車の牽引が先送りされてしまいます。同時に6000kw/hの最高出力も、沿線変電所の容量が対応していないという理由で日の目を見ることがありませんでした。また、EF500は交直流機で、投入想定線区は東北本線及び日本海縦貫線とされていましたが、この線区ではそれだけの輸送量をもつ機関車は時期尚早だと判断され、量産化が見送られたのでした。
■歴史の影に隠れたガンメタリックの機関車
 そのような状況下で、東北線の輸送実態によりフィットしたD級の交直流機として1992年に登場し、試運転がくり返されたのが今回メインで取り上げるED500です。
 車体はガンメタリック調の落ち着いたトーンで、乗務員扉は交直流機を表すように赤色がワンポイントで塗られ、EF200・500とも異なる前衛的な塗色でした。このED500は日立製作所所有の試作機(日立では『ED-X』という仮称を与えられていた)で、JR貨物への貸出というかたちで各種試験が行なわれており、側面向かって右の裾には「HITACHI」のロゴマークも入っていました。
 ここでは雑誌『Rail Magazine』編集部が1992年8月29日に撮影したED500-901号機の姿を見ていきたいと思います。
ED500を正面から見る。EF200と同じく日立での製作のため、正面廻りの造形は両形式で設計が似通っている。運転台窓廻りはEF200と同じだが、ヘッドライトの形状は愛嬌のある丸形ライトだった。
 さて、ED500は2年間の試運転を経たものの、当初期待された成績が収められず、JR貨物の交直流機の量産型は2000年のEH500(東芝製)と2001年のEF510(三菱電機+川崎重工製)の登場まで待つことになります。もしもED500が量産化されていたら、どのような貨物列車の風景が誕生していたのか…。日立製作所も、このED500の製作を最後に電気機関車の製造からすっかり遠ざかってしまいました。
鉄道ホビダス より

≪くだめぎ?≫
 交流機といったら ED77・ED78、と思いついた。とちらも"磐越西線""仙山線"入線を前提として軸重可変装置が装着の中間台車を履いていた、どらも日立製がある。
F級のEF65よりも長い車体なら、尚更である。中間台車がある状態で奥羽本線を闊歩してほしかった。
 直流機EF200(6000kW)は変電設備より運用出力をEF66(3900kW)と同程度に制限して運用されていた。貨物や緊急時の山形新幹線を牽引するED500の重連(4500kW位かな?)をかなえたら、・・。
Posted at 2026/01/12 15:42:11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道貨物 | 旅行/地域
2026年01月02日 イイね!

「EF58形」長距離列車を牽引5.

「EF58形」長距離列車を牽引5.■「EF58は撮らない」ファンもいた?
[写真・画像]
東北本線蓮田―東大宮間を走る急行「津軽2号」
=1974年12月(撮影:南正時)
 ブルトレ牽引では、東京発着列車でその姿が見られなくなった後も、京都・新大阪発の「彗星」「明星」で、ヘッドマークはないものの24系客車を牽引していたことも記憶にある。
 上野口では上越線経由の寝台特急「北陸」が20系時代、高崎第二機関区所属の耐寒装備を施したEF58形の牽引だったし、急行「能登」もEF64形に代わるまではEF58形が雪国に向けて走っていた。
 昭和40年代から50年代にかけては、東北本線の上野―黒磯間の客車列車はEF58形とEF57形が共通運用で牽引にあたっていた。お目当ては急行「津軽」と「八甲田」であったが、当日にならないとどちらが牽引しているかはわからず、EF57形のファンにはEF58形が来ようものなら無視してシャッターを切らない者もいた。
 実は筆者自身は当時、EF57形のファンだったが、プロ写真家の手前、来るものはすべて記録しておいたので、ここで読者諸兄にご披露できるものだ。

≪くだめぎ?≫
 "パンタグラフが車体端から極端に突き出した"EF57は当時、既に
"電気暖房"装置に置き換えられていた。蒸気暖房装置は不調なことが多かったそう。また、東北本線方面が交流区間で"電気暖房"採用されていたため。"1600 kW"EF57をサポートするため、1900KWのEF58が入ることが多かった様だ。
 EF58と郵便車の"ブルー"がそろっているのが良いと思うが・・。
Posted at 2026/01/02 05:54:27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 直流電気機関車史 | 旅行/地域
2026年01月01日 イイね!

「EF58形」長距離列車を牽引4.

「EF58形」長距離列車を牽引4.「EF58形」長距離列車を牽引した電気機関車の軌跡 
ブルトレから荷物列車まで、昭和の電化幹線を席巻 
南 正時 : 鉄道写真家 2025/09/19 4:30
[写真・画像]
(上)ブルートレイン化される前、
旧型客車編成の特急「はやぶさ」を牽引する
EF58形が大阪駅に到着(写真:大塚康生)
(下)ブルートレイン「紀伊・いなば」の
先頭に立つEF58形(撮影:南正時)
ブルトレや夜行急行の先頭に1.
 ここからは、筆者が50年間にわたり全国の電化区間を走り続けたEF58形の中で、印象に残る活躍の場を振り返ってみたいと思う。
 まず、私たちの世代に記憶として強く残っているのは東京発、西日本方面への急行、特急列車であろう。九州方面の急行「雲仙」「阿蘇」や特急「はやぶさ」「つばめ」「さくら」などで、旧型客車の先頭に立ったのはEF58形だった。
 初のブルートレインとなった特急「あさかぜ」も、登場時の20系客車の牽引を担ったのはEF58形だった。1960年に公開された映画『大いなる驀進』(東映・関川秀雄監督)は20系客車内の列車クルーを描いた作品で、東京駅を発車するシーンは特急色のEF58形がカラーで記録されている貴重な映像だ。
 のちにEF60形シリーズが登場すると、これらの優等列車はほとんどがEF65形500番台に代わったが、その後も寝台特急「紀伊・いなば」はEF58形が14系客車を牽いていた。
 そして特筆すべきは、東京―大阪間を結んだ名列車である急行「銀河」牽引の任を長く担い続けたことで、客車が10系だったころから20系時代まで一貫してEF58が牽引していた。20系「銀河」の先頭にEF58が立つ姿は往年の寝台特急の姿そのもので、筆者はことあるごとにその姿を追い続けたものだった。

≪くだめぎ?≫
 「鹿児島」行き特急「はやぶさ」である、
"はやぶさ"をお蔵入りさせない!為にあえて
"北海道"行きに投入したとしか思えない、
地元の「はつかり」号、の声を抑えるのに一番よいと思ったか。
 EF58形が14系ブルトレの先頭に立っているのは、
"暖房用蒸気発生装置"(SG)の新型機が不調よりは
新幹線・電車・ディーゼルカー列車全盛の時代になった方が大きい。
10系寝台客車の車体劣化もあるだろうが・・。
Posted at 2026/01/01 16:30:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 直流電気機関車史 | 旅行/地域
2026年01月01日 イイね!

「EF58形」長距離列車を牽引3.

「EF58形」長距離列車を牽引3.「EF58形」長距離列車を牽引した電気機関車の軌跡 
ブルトレから荷物列車まで、昭和の電化幹線を席巻 
南 正時 : 鉄道写真家 2025/09/19 4:30
[写真・画像]
(上)EF58形半流線形の2年前に登場したフランス国鉄の
2D2-9100形(撮影:南正時)
(下)一般の列車を牽いて京都駅に停車中のEF58形60号機。
お召列車指定機として車体全周に銀色の帯が入っていた(撮影:南正時)
■「半流線形」で花形機に
 半流線形車体のデザインの参考となったといわれるのは、1950年に登場したフランス国鉄の電気機関車、2D2-9100形だ。同機は急行用機関車の名機といわれ、スマートなボディに前面にはステンレス製の「ヒゲ」が付けられていて、旅客用としてのスピード感を表していた。
 EF58形の半流線形車体もスピード感あふれるスタイリッシュなデザインで、前面には「ヒゲ」が取り付けられている。その形からしてフランス国鉄の電気機関車の影響を受けたと思われ、2D2-9100形は我が国のヨーロッパ鉄道ファンの間では「フランスのEF58」と呼ばれたほどだ。
 誕生の過程では複雑な経緯を背負ったEF58形であるが、半流線形車体が登場した昭和20年代末から急行旅客用機関車として頭角を現し始め、特急、急行列車の先頭に立つようになった。
 当時は夜行列車全盛時代、九州方面の長距離急行や特急「つばめ」「はと」などの優等列車はほとんどEF58形が牽引した。「つばめ」「はと」の専用機関車には特別な塗装が施され、その機関車と客車のライトグリーンの色合いから「青大将」と呼ばれた。
 また特筆すべきは、天皇陛下や皇室の人たちが旅行をされるときの「お召列車」の専用機関車として、60号機と61号機が製造されたことだ。両機は「ロイヤルエンジン」として知られ、銀色の帯が車体全体に入った美しい仕上げでまるで漆塗りのような輝きを放っていた。
 のちに60号機は指定機関車から解除されて廃車となったが、61号機はJR発足後も運用され、お召列車のほか、各種優等列車や特別列車の牽引に使われてきた。2022年からは、大宮の「鉄道博物館」で保存展示されている。
東洋経済ONLINE

≪くだめぎ?≫
 "EF58形60号機"が登場したことで、
前面には「ヒゲ」から車体全周に銀色の帯が入っていた、事により
フランス国鉄の2D2-9100形がモデル・見本になったことが揺るぎないモノとなった。
 また、後の"白帯"のブルートレインのデザインに繋がったと思う。
 旧型客車編成には"暖房用蒸気発生装置"(SG)は必須で、
戦後初の本格的旅客用電気機関車となったのである。
Posted at 2026/01/01 16:22:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | 直流電気機関車史 | 旅行/地域

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