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まとめ記事(コンテンツ)
kumayuさん
2014/08/10
【2014年夏 遠征記その1】長崎散歩Part1
8月9~12日まで、恒例の街歩き遠征に行ってきましたので、しばらくはこちらの報告を連載します。
また、長文のお話が連続して続くことになりますこと、お許しを。
今回の遠征は、なかなかハッキリしない動きをする台風にやきもきするところから始まりました。
当日、出発の直前まで、状況をにらんでいましたが、結局、最初の予定より数時間遅れで、予定通りの行程で出発することに決定します。
自宅を10時頃、出発。台風はまだ九州四国沖ですので、台風が北上する前に、その前を横切るような形で向かいます。とはいえ、雨はすでに降り出しています。
土砂降りではないにしろ、やや強いくらいの雨が京都あたりまでずっと続いていましたが、大阪府に入ることには空が明るくなり、雨も止んできました。風もそこまで強くありません。
山陽道の姫路あたりが事故渋滞ということで、手前で降りてそこからはひたすらR2を西へ。広島県に入るころにはすでに夕刻。福山市あたりで一瞬、雨風が強くなりましたが、それもほんのわずかの間でした。
再び高速に入り、関門海峡の「壇ノ浦PA」に到着する頃には、夜空に星もきれいに輝いています。
日付が変わるころに、佐賀市近くの金立SAに到着。ここで仮眠です。
翌朝、7時前に覚めます。そこまで暑くなかったせいか、普通に朝まで眠ることができました。天気は曇りがちですが、雨は降っていません。
朝食後、そのまま一気に最初の目的地、長崎市へ。到着は午前9時。途中、仮眠を挟んで約23時間の行程でした
長崎を訪れるのは、実に24年ぶりです。
予約しておいたホテル近くのPに停めて、早速街歩き開始。
クルマを停めたPが、ちょうど私が行きたかった出島のすぐ近くでしたので、まずはここを訪問。
出島は、江戸時代、海外から日本の唯一の窓口としてオランダや唐の人たちの居留地となっていた所。昔はその名の通り、海に突き出た人工の島でしたが、今は周囲が埋め立てられています。

右手が出島になります。

今は、実際の出島だった地帯をほぼ全部使って、中の様子が復元されています。入場料を払って入場すると、そこには昔の姿を忠実に模した街並みが形成されていました。


洋風と和風の建物が、同居しています。中も当時の間取りが復元されていたり、史料や解説が展示されていて興味深く見学します。

「ミニ出島」。

こちらが、反対側の境界線。すぐ外には、市電の軌道が走っています。
江戸時代の日本と外国との交流の歴史を振り返ることができるのは、ここ出島ならではだと思います。ちなみに復元作業の完成はもう少し後、とのことで、まだまだこれから更に、当時の出島の様子が再現されていくことと思います。
ここからは、海岸通りを東へ。

広々とした明るい通りです。その通り沿いに、

「鉄道発祥の地」の石碑がありました。新橋~横浜間の鉄道が開通する前に、あのグラバー邸で有名なグラバー氏が、一時的にこの地で鉄道を敷設して走らせたことがあるそうで、本当の意味の鉄道発祥の地、ということだそうです。

オランダ坂から、

東山手洋風住宅街へ。その先には孔子廟の赤い屋根が見えます。
このあたりは狭い小路と坂がつづく、静かな街並みです。

孔子廟の前の道路。赤レンガの塀が続いています。左手の建物も旧い洋風建築です。

孔子廟。

大浦天主堂に向かう途中のこのあたりが、「大浦居留地」跡。かつては外国人居留地であったこのあたりも、今は洒落たお店やマンションが建ち並ぶ街に変わっています。
前回も訪れたことのある、大浦天主堂とグラバー園へ向かいます。お土産物屋さんが建ち並ぶ坂道を登った先に、大浦天主堂が見えてきました。

このあたりは観光客で賑わっています。
そして、グラバー園へ。この地に滞在した外国人の邸宅を見学します。このような旧い洋館を見学するのは大好きです。


そして、ここからは

長崎の街と港がよく見渡せます。まさに絶景。
夢中になってあちこち見ていると、いつの間にかお昼近い時間になっていました。
ということで、昼食はここからほど近いところにある「四海楼」へ。

長崎名物「長崎ちゃんぽん」の発祥のお店がこちらの「四海楼」。
ということで、お昼はもちろん、名物「長崎ちゃんぽん」。お店の開店時間と同時に店内へ。

こちらが「四海楼」のちゃんぽん。太めのストレート麺と、具たっぷりの、味わい深いスープとの組み合わせは最高です。本当に美味しくいただくことがでいました。
席を立つ頃には、すでに長蛇の列ができていました。さすが、このお店の人気ぶりがうかがえます。
お腹が満足した後は、再び散策開始。

ここ長崎は坂本龍馬とも縁が深く、ゆかりのスポットを巡る「長崎龍馬の道」もあります。
その先に、「長崎新地中華街」があります。

横浜、神戸と並ぶ「三大中華街」の一つです。

お昼時、大勢の人で賑わっています。私もここで、「角煮まん」を買い求めます。(写真はピンボケで載せてません)

中華料理店や雑貨店に交じって、目を引いたのが花火店も軒を並べていること。
長崎、といえば、お盆の精霊流しの爆竹も有名ですが、こんなところも中華街らしいですね。
精霊流しは毎年8月15日、今年ももうすぐです。
以前、長崎を訪れた時はちょうどこの精霊流しの日にあたり、夜の市内ではあちこちで爆竹の音が響き渡って、非常に驚いた記憶があります。

この日も、街のあちこちで、精霊流しの舟を作っている光景を見かけました。
中華街からさらに歩みを進め、西浜町から観光通りへ。このあたり、通りの両側にお店がずらりと建ち並び、人通りも非常に多くて一大繁華街です。

観光通りのアーケード街。
ずらりとお店が並び、これだけ人で賑わっているアーケード街はそうそうありません。その繁栄ぶりに驚きながらアーケード街を抜けて、途中で川沿いに移ると、そこに有名な眼鏡橋がありました。

この、眼鏡橋のかかる中島川には、他にも多くの石橋が架けられています。

石橋が続く光景がいいですね。
川べりまで石段があって、降りることができるので、散策や写真撮影をしている人もいました。
ホテルのチェックインの時間が近づいてきましたので、一旦、ここでホテルに戻ることにします。
その2 に続きます。
また、長文のお話が連続して続くことになりますこと、お許しを。
今回の遠征は、なかなかハッキリしない動きをする台風にやきもきするところから始まりました。
当日、出発の直前まで、状況をにらんでいましたが、結局、最初の予定より数時間遅れで、予定通りの行程で出発することに決定します。
自宅を10時頃、出発。台風はまだ九州四国沖ですので、台風が北上する前に、その前を横切るような形で向かいます。とはいえ、雨はすでに降り出しています。
土砂降りではないにしろ、やや強いくらいの雨が京都あたりまでずっと続いていましたが、大阪府に入ることには空が明るくなり、雨も止んできました。風もそこまで強くありません。
山陽道の姫路あたりが事故渋滞ということで、手前で降りてそこからはひたすらR2を西へ。広島県に入るころにはすでに夕刻。福山市あたりで一瞬、雨風が強くなりましたが、それもほんのわずかの間でした。
再び高速に入り、関門海峡の「壇ノ浦PA」に到着する頃には、夜空に星もきれいに輝いています。
日付が変わるころに、佐賀市近くの金立SAに到着。ここで仮眠です。
翌朝、7時前に覚めます。そこまで暑くなかったせいか、普通に朝まで眠ることができました。天気は曇りがちですが、雨は降っていません。
朝食後、そのまま一気に最初の目的地、長崎市へ。到着は午前9時。途中、仮眠を挟んで約23時間の行程でした

長崎を訪れるのは、実に24年ぶりです。
予約しておいたホテル近くのPに停めて、早速街歩き開始。
クルマを停めたPが、ちょうど私が行きたかった出島のすぐ近くでしたので、まずはここを訪問。
出島は、江戸時代、海外から日本の唯一の窓口としてオランダや唐の人たちの居留地となっていた所。昔はその名の通り、海に突き出た人工の島でしたが、今は周囲が埋め立てられています。

右手が出島になります。

今は、実際の出島だった地帯をほぼ全部使って、中の様子が復元されています。入場料を払って入場すると、そこには昔の姿を忠実に模した街並みが形成されていました。


洋風と和風の建物が、同居しています。中も当時の間取りが復元されていたり、史料や解説が展示されていて興味深く見学します。

「ミニ出島」。

こちらが、反対側の境界線。すぐ外には、市電の軌道が走っています。
江戸時代の日本と外国との交流の歴史を振り返ることができるのは、ここ出島ならではだと思います。ちなみに復元作業の完成はもう少し後、とのことで、まだまだこれから更に、当時の出島の様子が再現されていくことと思います。
ここからは、海岸通りを東へ。

広々とした明るい通りです。その通り沿いに、

「鉄道発祥の地」の石碑がありました。新橋~横浜間の鉄道が開通する前に、あのグラバー邸で有名なグラバー氏が、一時的にこの地で鉄道を敷設して走らせたことがあるそうで、本当の意味の鉄道発祥の地、ということだそうです。

オランダ坂から、

東山手洋風住宅街へ。その先には孔子廟の赤い屋根が見えます。
このあたりは狭い小路と坂がつづく、静かな街並みです。

孔子廟の前の道路。赤レンガの塀が続いています。左手の建物も旧い洋風建築です。

孔子廟。

大浦天主堂に向かう途中のこのあたりが、「大浦居留地」跡。かつては外国人居留地であったこのあたりも、今は洒落たお店やマンションが建ち並ぶ街に変わっています。
前回も訪れたことのある、大浦天主堂とグラバー園へ向かいます。お土産物屋さんが建ち並ぶ坂道を登った先に、大浦天主堂が見えてきました。

このあたりは観光客で賑わっています。
そして、グラバー園へ。この地に滞在した外国人の邸宅を見学します。このような旧い洋館を見学するのは大好きです。


そして、ここからは

長崎の街と港がよく見渡せます。まさに絶景。
夢中になってあちこち見ていると、いつの間にかお昼近い時間になっていました。
ということで、昼食はここからほど近いところにある「四海楼」へ。

長崎名物「長崎ちゃんぽん」の発祥のお店がこちらの「四海楼」。
ということで、お昼はもちろん、名物「長崎ちゃんぽん」。お店の開店時間と同時に店内へ。

こちらが「四海楼」のちゃんぽん。太めのストレート麺と、具たっぷりの、味わい深いスープとの組み合わせは最高です。本当に美味しくいただくことがでいました。
席を立つ頃には、すでに長蛇の列ができていました。さすが、このお店の人気ぶりがうかがえます。
お腹が満足した後は、再び散策開始。

ここ長崎は坂本龍馬とも縁が深く、ゆかりのスポットを巡る「長崎龍馬の道」もあります。
その先に、「長崎新地中華街」があります。

横浜、神戸と並ぶ「三大中華街」の一つです。

お昼時、大勢の人で賑わっています。私もここで、「角煮まん」を買い求めます。(写真はピンボケで載せてません)

中華料理店や雑貨店に交じって、目を引いたのが花火店も軒を並べていること。
長崎、といえば、お盆の精霊流しの爆竹も有名ですが、こんなところも中華街らしいですね。
精霊流しは毎年8月15日、今年ももうすぐです。
以前、長崎を訪れた時はちょうどこの精霊流しの日にあたり、夜の市内ではあちこちで爆竹の音が響き渡って、非常に驚いた記憶があります。

この日も、街のあちこちで、精霊流しの舟を作っている光景を見かけました。
中華街からさらに歩みを進め、西浜町から観光通りへ。このあたり、通りの両側にお店がずらりと建ち並び、人通りも非常に多くて一大繁華街です。

観光通りのアーケード街。
ずらりとお店が並び、これだけ人で賑わっているアーケード街はそうそうありません。その繁栄ぶりに驚きながらアーケード街を抜けて、途中で川沿いに移ると、そこに有名な眼鏡橋がありました。

この、眼鏡橋のかかる中島川には、他にも多くの石橋が架けられています。

石橋が続く光景がいいですね。
川べりまで石段があって、降りることができるので、散策や写真撮影をしている人もいました。
ホテルのチェックインの時間が近づいてきましたので、一旦、ここでホテルに戻ることにします。
その2 に続きます。
Posted at 2014/08/13 15:55:58
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