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まとめ記事(コンテンツ)
麺屋 魔裟維さん
2020/04/21
F1日本GPの歴史 Vol.5【1991年編】
プロストVSセナの因縁の対決が続いたここまでのシリーズ『F1日本GPの歴史』は第5弾・・・特に90年&91年はチャンピオンを掛けた戦いが両者の接触で決着するというまさにドラマティックな展開でTVにかじり付きながら、熱狂した2年間でした(^.^)
さて今回はその3年間とはやや様相が異なることとなった1991年のF1日本グランプリをお届けいたします!
<これまでの日本グランプリ>
76&77年(in JAPAN) 1987年 1988年 1989年 1990年

1991年のシーズンはプロスト&アレジのフェラーリが不調で未勝利・・・マクラーレンホンダとウィリアムズルノーがコンストラクターズで、またドライバーズではセナとマンセルが競い、残り2戦でマンセルが連勝すればチャンピオンという状況で鈴鹿を迎えたのでした( ..)φメモメモ



迎えた予選は上位2チームの大激戦でしたが同僚セナに0.198秒差をつけてベルガーがポールポジション、0.024秒差で3位マンセル、以下15位中嶋(ティレル・ホンダ)、25位亜久里(ローラ・フォード)という結果でした!

決勝スタートはマンセルのダッシュが成功せず、1-3位の順位は変わらず・・・10周目の第一コーナーでマンセルは縁石を越えてコースアウトし、まさかのリタイアを喫し、あっけなくセナのチャンピオンが決定してしまいました(p_-)


最後の日本グランプリとなった中嶋は大観衆の声援を受けての走行・・・マシンバランスに苦しみながらの力走し、一時は5位まで順位を上げたものの、31周目にサスペンショントラブルでクラッシュし、無念のリタイアとなってしまいました(T_T)



レースは18周目にセナがトップにたつものの、最終ラップでペースダウンし、最終的にはベルガー1位、セナ2位の形でチェッカー・・・3位にはウィリアムズ・ルノーのR.パトレーゼが入り、プロストは4位、亜久里は25周目にリタイアという結果に終わりました!


セナの突然のペースダウンはレース間にスタート直後の『1コーナーをトップで通過したものがそのまま先に行く(優勝する)」』という約束があったとか・・・何よりもレース直後にセナのチャンピオン獲得をたたえるN・マンセルの姿が最も印象的でしたよ(^_-)-☆
さて今回はその3年間とはやや様相が異なることとなった1991年のF1日本グランプリをお届けいたします!
<これまでの日本グランプリ>
76&77年(in JAPAN) 1987年 1988年 1989年 1990年

1991年のシーズンはプロスト&アレジのフェラーリが不調で未勝利・・・マクラーレンホンダとウィリアムズルノーがコンストラクターズで、またドライバーズではセナとマンセルが競い、残り2戦でマンセルが連勝すればチャンピオンという状況で鈴鹿を迎えたのでした( ..)φメモメモ



迎えた予選は上位2チームの大激戦でしたが同僚セナに0.198秒差をつけてベルガーがポールポジション、0.024秒差で3位マンセル、以下15位中嶋(ティレル・ホンダ)、25位亜久里(ローラ・フォード)という結果でした!

決勝スタートはマンセルのダッシュが成功せず、1-3位の順位は変わらず・・・10周目の第一コーナーでマンセルは縁石を越えてコースアウトし、まさかのリタイアを喫し、あっけなくセナのチャンピオンが決定してしまいました(p_-)


最後の日本グランプリとなった中嶋は大観衆の声援を受けての走行・・・マシンバランスに苦しみながらの力走し、一時は5位まで順位を上げたものの、31周目にサスペンショントラブルでクラッシュし、無念のリタイアとなってしまいました(T_T)



レースは18周目にセナがトップにたつものの、最終ラップでペースダウンし、最終的にはベルガー1位、セナ2位の形でチェッカー・・・3位にはウィリアムズ・ルノーのR.パトレーゼが入り、プロストは4位、亜久里は25周目にリタイアという結果に終わりました!


セナの突然のペースダウンはレース間にスタート直後の『1コーナーをトップで通過したものがそのまま先に行く(優勝する)」』という約束があったとか・・・何よりもレース直後にセナのチャンピオン獲得をたたえるN・マンセルの姿が最も印象的でしたよ(^_-)-☆
Posted at 2020/04/21 07:34:16
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