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2020/05/17

F1日本GPの歴史 Vol.18【2002年編】

過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第18弾・・・前回はシューマッハの独走とラストレースとなったアレジ&ハッキネンの2001年を振り返りました(^.^)
当初は休養ということでトップチームで復帰すると思われたハッキネンでしたが2004年にはウィリアムズのオファーを蹴ってメルセデスからDTMへ参戦したのでした!







<これまでの日本グランプリ>
76&77年(in JAPAN)   1987年   1988年   1989年   1990年   1991年   1992年   93年   94年Pacific   94年鈴鹿   95年Pacific   95年鈴鹿   1996年   1997年   1998年   1999年   2000年   2001年








フェラーリ&シューマッハが圧倒的な強さで11戦でドライバーズ、12戦でコンストラクターズタイトルを獲得・・・トヨタがミカ・サロ、アラン・マクニッシュのコンビで新規参戦し、BAR&ジョーダンホンダと日本勢が3チーム体制となったのでした(#^.^#)








名ドライバーの引退の2001年に代わり、F・マッサ(ザウバー)、M・ウェバー(ミナルディ)、佐藤琢磨(ジョーダン)を初め5名ものルーキーが参戦・・・中でもウェバーは開幕戦でいきなりの5位入賞の快挙を達成したのでした!








迎えた予選ではやはりフェラーリが圧倒して1-2、シューマッハが同僚バリチェロに0.432秒差でポールポジション、以下3位クルサード4位ライコネン(いずれもマクラーレン)、5位R・シューマッハ(ウィリアムズ)が入り、地元凱旋の佐藤琢磨は自己ベストの7位に入り、決勝が楽しみな順位につけました(#^.^#)
因みにトヨタのマクニッシュは予選中にガードレールまで突き破る大クラッシュで怪我はなかったものの、ドクターストップで決勝不出走となりました(>_<)








レースはスタートを決めたフェラーリ2台が他車を引き離す展開に・・・7周目に3位クルサードがエンジントラブルでリタイアし、フェラーリ独走状態でレースは進行します!








レース中盤から後半はトラブル続出・・・中盤にBAR2台、トゥルーリ(ルノー)が、終盤には3位走行していたラルフ・シューマッハまでがエンジンブローでリタイアとなったのです((+_+))







続出するトラブルをよそに絶好調のフェラーリがそのまま1-2フィニッシュ・・・優勝シューマッハ、2位バリチェロ、3位ライコネン、4位モントーヤと来てなんと5位には???








地元の大声援を受けながら激走した佐藤琢磨・・・自身F1初入賞となる5位フィニッシュしたのでした( ̄▽ ̄)






Posted at 2020/05/17 08:46:23

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