- 車・自動車SNSみんカラ
- まとめ
- その他
- そうだ、京都にいこう。
- そうだ、京都にいこう。中編 大徳寺塔頭 大仙院♪
まとめ記事(コンテンツ)
aba-bu25さん
2020/10/25
そうだ、京都にいこう。中編 大徳寺塔頭 大仙院♪
そうだ、京都にいこう。続き
大徳寺駐車場には8時45分に到着した。
大徳寺は臨済宗大徳寺派の大本山。
千利休ゆかりの寺、
また、
千利休の孫であり
三千家の祖となる
千宗旦が幼少時に
利休の希望で大徳寺に喝食として預けられていた。
私の属する茶道流派は
流祖の師が千宗旦なのです♪
また、織田信長の菩提寺である
総見院をはじめとする24の塔頭がある。
まず三門「金毛閣」重要文化財(1589)を拝見した。

(三門正面は樹木で隠れていた、こちらは裏面)
三門は利休が多額の寄付して完成させたもの、
重要文化財となっている。
また、千利休の切腹には
諸説ありますが、
その一因に
この三門に安置された千利休の木像が
秀吉公に対して不敬であるとして
罪を問われたことも有名です。
(関白秀吉公もくぐる山門の上に雪駄を履いた利休の木像を置いた罪)
しかし、利休木像安置の真相は
多額の寄付をした利休を顕彰するために
大徳寺が建立、安置したものだったのです。
おお怖い~、、
一つだけ言えるのは
かつては蜜月だった秀吉公と千利休ですが
利休晩年は秀吉公に切腹に追い込まれるほど
関係が悪化していたということは
間違いなさそう。
また、そこを反利休の勢力に政治的に利用され、
切腹まで追い込まれたという見方もできます。
山門の奥は仏殿 重要文化財(1955)がある。

仏殿 本尊釈迦如来像を参拝する。

真珠庵 特別公開は9時半スタートであったので

先に9時スタートのお隣大仙院から拝見した。
(この先は撮影禁止)

塔頭 大仙院には
歴代住職に「たくあん漬け」で有名な沢庵和尚、
「利休の参禅の師」!であった古渓宗陳和尚がいる。
古渓宗陳和尚は利休が茶室の庵号をもとめた際に、
利休に対して「不審花開今日春」の禅語を与えた。
読み
「いぶかしい花開く今日の春」
意訳
「春になると花が咲くのはなぜだろう、わからない」
禅的意訳
春になると野山が一斉に花開く
一切のはかりごとのない自然は無為であり、
また、永遠不変のものはなく無常である。
この句は当流、流祖が標榜した宗旦直伝の茶の湯の道標でもあるのです。
また、古渓宗陳和尚は
千利休木像事件で窮地に陥った大徳寺を
身を挺して守り
切腹後晒された利休の首を
手厚く葬ったともいわれております。
国宝の方丈は室町時代創建
我が国最古の方丈建築である。
また、利休が秀吉公を招き
茶席を設けた八畳書院の茶室がある。
秀吉公は花器がない利休に
「生け花を生けよ」と命じ
利休はそれに応じて、
茶室前、枯山水の石庭の平たい石の上に
一輪の花を生けた。
という記録が残されている。
特別名勝・史跡の枯山水庭園は
蓬莱山の湧水が滝となり
大河となり大海に至る景色が
人生や悟りの境地と共に
表現されている。
大仙院の見学は朝一番であったためか
私たち2名と他見学者2名 計4名で
受付の方が建物を丁寧に案内してくださった。
そして、前御住職、現在は閑栖(ご隠居された意)の
尾関宗園和尚様(御年88歳)が
いらっしゃったので名前を名乗って
ご挨拶し、著書を買い求めたら
本に励ましの意の「喝」と
私の名前、息子の名前に
宗園和尚様の花押を
書いて下さいました♪

(名は伏せてます♪)
すごく嬉しかったです!
息子と三福茶を喫して
いつになく穏やかな時間を
過ごすことができました♪
宗園和尚様に深く挨拶して
大仙院を後にした。
「宗園和尚様いつまでもお元気で!」
もうこれで帰宅してもいいくらい
十分満足したけど
旅はまだ始まったばかり、、(笑)
次の訪問先真珠庵に向かった。
中編その2に続く♪
大徳寺駐車場には8時45分に到着した。
大徳寺は臨済宗大徳寺派の大本山。
千利休ゆかりの寺、
また、
千利休の孫であり
三千家の祖となる
千宗旦が幼少時に
利休の希望で大徳寺に喝食として預けられていた。
私の属する茶道流派は
流祖の師が千宗旦なのです♪
また、織田信長の菩提寺である
総見院をはじめとする24の塔頭がある。
まず三門「金毛閣」重要文化財(1589)を拝見した。

(三門正面は樹木で隠れていた、こちらは裏面)
三門は利休が多額の寄付して完成させたもの、
重要文化財となっている。
また、千利休の切腹には
諸説ありますが、
その一因に
この三門に安置された千利休の木像が
秀吉公に対して不敬であるとして
罪を問われたことも有名です。
(関白秀吉公もくぐる山門の上に雪駄を履いた利休の木像を置いた罪)
しかし、利休木像安置の真相は
多額の寄付をした利休を顕彰するために
大徳寺が建立、安置したものだったのです。
おお怖い~、、
一つだけ言えるのは
かつては蜜月だった秀吉公と千利休ですが
利休晩年は秀吉公に切腹に追い込まれるほど
関係が悪化していたということは
間違いなさそう。
また、そこを反利休の勢力に政治的に利用され、
切腹まで追い込まれたという見方もできます。
山門の奥は仏殿 重要文化財(1955)がある。

仏殿 本尊釈迦如来像を参拝する。

真珠庵 特別公開は9時半スタートであったので

先に9時スタートのお隣大仙院から拝見した。
(この先は撮影禁止)

塔頭 大仙院には
歴代住職に「たくあん漬け」で有名な沢庵和尚、
「利休の参禅の師」!であった古渓宗陳和尚がいる。
古渓宗陳和尚は利休が茶室の庵号をもとめた際に、
利休に対して「不審花開今日春」の禅語を与えた。
読み
「いぶかしい花開く今日の春」
意訳
「春になると花が咲くのはなぜだろう、わからない」
禅的意訳
春になると野山が一斉に花開く
一切のはかりごとのない自然は無為であり、
また、永遠不変のものはなく無常である。
この句は当流、流祖が標榜した宗旦直伝の茶の湯の道標でもあるのです。
また、古渓宗陳和尚は
千利休木像事件で窮地に陥った大徳寺を
身を挺して守り
切腹後晒された利休の首を
手厚く葬ったともいわれております。
国宝の方丈は室町時代創建
我が国最古の方丈建築である。
また、利休が秀吉公を招き
茶席を設けた八畳書院の茶室がある。
秀吉公は花器がない利休に
「生け花を生けよ」と命じ
利休はそれに応じて、
茶室前、枯山水の石庭の平たい石の上に
一輪の花を生けた。
という記録が残されている。
特別名勝・史跡の枯山水庭園は
蓬莱山の湧水が滝となり
大河となり大海に至る景色が
人生や悟りの境地と共に
表現されている。
大仙院の見学は朝一番であったためか
私たち2名と他見学者2名 計4名で
受付の方が建物を丁寧に案内してくださった。
そして、前御住職、現在は閑栖(ご隠居された意)の
尾関宗園和尚様(御年88歳)が
いらっしゃったので名前を名乗って
ご挨拶し、著書を買い求めたら
本に励ましの意の「喝」と
私の名前、息子の名前に
宗園和尚様の花押を
書いて下さいました♪

(名は伏せてます♪)
すごく嬉しかったです!
息子と三福茶を喫して
いつになく穏やかな時間を
過ごすことができました♪
宗園和尚様に深く挨拶して
大仙院を後にした。
「宗園和尚様いつまでもお元気で!」
もうこれで帰宅してもいいくらい
十分満足したけど
旅はまだ始まったばかり、、(笑)
次の訪問先真珠庵に向かった。
中編その2に続く♪
関連情報URL : https://souda-kyoto.jp/map/area_09.html
Posted at 2020/10/27 20:03:26
イイね!0件
オススメ関連まとめ
-
2016/06/30
-
2026/01/03
-
2021/07/22












