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- 名車の挑発。ブルーバード510の魅力に迫る。
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まとめ記事(コンテンツ)
徳小寺 無恒さん
2008/08/14
雪鳥 と青い鳥の怪しい関係!?
1955年(昭和30年)より日産は世界に通じる、そしてその頃から旺盛になってきた自家用車への需要に答えるべく新型車の開発に着手した。
それまでの質実剛健な、丈夫で商用つまりタクシーの使用を前途としたダットサンとは180度異なる新型車であった。
フロントサスには、ダットサンの板バネから、ダブリュウエッシュボーンによる独立懸架を採用し、幅で30ミリ、ホイルベースは60ミリも延長し、全高は55ミリも低くなった。さらに重量は65Kg減量した。
発売直前になり、折角の新型車なので愛称を付けようという事になり、最初は「スノーバード」にしようと決った。
しかし、北米にも輸出される事から詳細な調査を行った結果、「スノーバード」には「麻薬常習者」というスラングがある事が分かり急遽別の名前が必要となった。
次ぎに上がったのは「サンダーバード」だが、これは他のメーカーが使っている・・・さて困ったとなった時、当時日産九代目社長であった「川又克二」が、クルマによって人々が精神的にも生活的にも幸福をもたらして欲しい、メーテルリンクの幸福を呼ぶ物語「青い鳥」から「ブルーバード」にしよう!と提案し、新しいクルマの名前が決った。
(セドリック=小公子の命名も川又氏であった。。閑話休題)
大変だったのは、それからで、再度商標の調査や言語学者への聞き込みが行われ、「ブルーバード」に他意は無く、商標も大丈夫・・・と思われた矢先、自転車の登録商標に「ブルーバード」を発見してしまった!!
すわ!一大事と、その商標を提出した法人に商標委譲を申し込むと、アッサリと委譲は認められ事無きを得た。
しかし・・・落し穴はあるもので、これだけ苦労して得た「ブルーバード」の名前が実は川﨑で「キャバレー」に使われていた事が発覚し、川又社長以下日産の多くの関係者がガッカリしたというハナシはツトに有名である。。。
(そのキャバレーは、さすがに登録商標まで出していなかったので問題にはならなかったが・・・閑話休題)
幸福の鳥「ブルーバード」は、その名の通り、自家用需要の牽引となりクルマが夢の乗り物から、普通の家庭でもちょっと頑張れば買うことのできる商品へと羽ばたいた。。。
そうそう、この初代ブルーバードは 「トランクにはゴルフバックが4つも入る」 と声高に「ゴルフバック」いくつが・・・と宣伝したクルマの最初となった。
日産のその時点での技術を満載し、しかしながら技術一辺倒ではなく使う人の身になって造られ続け、多くの人々の夢となり足となり日本のモータリゼーションを引っ張って行った事は承知の事実である。
見せ掛けだけの「ウイン・ウイン」だの、うわべだけの協調関係 「ルノー=日産アライアンス」だの、まさに今こそ日産には、日産独自の文化と誇り「青い鳥」の復活が必要だと僕は思うのだが。。。
何時になったら本当の日産は蘇るのだろうか。。。。
それまでの質実剛健な、丈夫で商用つまりタクシーの使用を前途としたダットサンとは180度異なる新型車であった。
フロントサスには、ダットサンの板バネから、ダブリュウエッシュボーンによる独立懸架を採用し、幅で30ミリ、ホイルベースは60ミリも延長し、全高は55ミリも低くなった。さらに重量は65Kg減量した。
発売直前になり、折角の新型車なので愛称を付けようという事になり、最初は「スノーバード」にしようと決った。
しかし、北米にも輸出される事から詳細な調査を行った結果、「スノーバード」には「麻薬常習者」というスラングがある事が分かり急遽別の名前が必要となった。
次ぎに上がったのは「サンダーバード」だが、これは他のメーカーが使っている・・・さて困ったとなった時、当時日産九代目社長であった「川又克二」が、クルマによって人々が精神的にも生活的にも幸福をもたらして欲しい、メーテルリンクの幸福を呼ぶ物語「青い鳥」から「ブルーバード」にしよう!と提案し、新しいクルマの名前が決った。
(セドリック=小公子の命名も川又氏であった。。閑話休題)
大変だったのは、それからで、再度商標の調査や言語学者への聞き込みが行われ、「ブルーバード」に他意は無く、商標も大丈夫・・・と思われた矢先、自転車の登録商標に「ブルーバード」を発見してしまった!!
すわ!一大事と、その商標を提出した法人に商標委譲を申し込むと、アッサリと委譲は認められ事無きを得た。
しかし・・・落し穴はあるもので、これだけ苦労して得た「ブルーバード」の名前が実は川﨑で「キャバレー」に使われていた事が発覚し、川又社長以下日産の多くの関係者がガッカリしたというハナシはツトに有名である。。。
(そのキャバレーは、さすがに登録商標まで出していなかったので問題にはならなかったが・・・閑話休題)
幸福の鳥「ブルーバード」は、その名の通り、自家用需要の牽引となりクルマが夢の乗り物から、普通の家庭でもちょっと頑張れば買うことのできる商品へと羽ばたいた。。。
そうそう、この初代ブルーバードは 「トランクにはゴルフバックが4つも入る」 と声高に「ゴルフバック」いくつが・・・と宣伝したクルマの最初となった。
日産のその時点での技術を満載し、しかしながら技術一辺倒ではなく使う人の身になって造られ続け、多くの人々の夢となり足となり日本のモータリゼーションを引っ張って行った事は承知の事実である。
見せ掛けだけの「ウイン・ウイン」だの、うわべだけの協調関係 「ルノー=日産アライアンス」だの、まさに今こそ日産には、日産独自の文化と誇り「青い鳥」の復活が必要だと僕は思うのだが。。。
何時になったら本当の日産は蘇るのだろうか。。。。
Posted at 2008/08/14 16:31:33
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