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まとめ記事
スバル360 てんとう虫 またはドン亀 きっと貴方もスバル360が好きになる
徳小寺 無恒さん
2021/05/04
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海軍技術士官として、航空機の機関設計で名を馳せた「百瀬晋六」を中心として、理論詰めで設計製作された、本格的なパブリックカー、それがスバル360だ。
省スペースで大人4人が乗れる本格的な「軽自動車」であった。リヤに強制空冷2ストローク直列2気筒・356ccエンジンを搭載し、捩じり棒式サスペンション、フレームを用いないモノコックボディに、軽量化の為にFRPやアルミニウム合金が多用された。その曲面を多用したデザインから、 VWビートル 似(影響)と言われるが、デザイナー佐々木達三の愛車「ルノー4CV」の影響とが大きいと言われるようになっている。その愛らしいスバル360の世界をぜひ味わって欲しい。
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昭和30年、当時の通産省は自動車の普及を狙って「国民車構想」なる、今から見ればハチャメチャな御触れを通達した。 いかに、今もそうだが役人がクルマという事を理解していない・・という事が良く分かる逸話なのだが、具体的な要綱はこうだ。 「乗車定員4人または2人で100Kg以上の荷物が乗せられる事。最高時速100Km/h以上および時速60Km/h(平坦路)で燃料1リットルあたり30Kmの走行が可能な事、エンジン排気量は350~500cc、車重400Kg、価格は月産2000台で25万円以下」 おいおい、共産圏でもないのに「価格」と「性能」に乖離が見られるし、数値的根拠に乏しいものであった。 しかし、日本の技術者たちは、そんな無理難題に立ち向かった。 その構想に最初に手を上げたのが「スバル360」だ。 航空機の技術を応用した軽量コンパクトなボディと大人が4人乗れるユティリティは当時驚異を持って受け入れられた。 航空技術を応用したモノコックボディを採用して、ボディの各所には何と!FRPを採用。 価格は42万だった(42万5千円だったかもしれぬ)。 ちなみに当時の大卒者初任 ...出典:徳小寺 無恒さん
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たまには徳小寺 無恒らしい!?ブログもどうだ!という声に押され、それじゃあ。。。という事で、久々に国産車の歴史を紐解く事にした。 スバル360 このクルマは、もう押しも押されぬ「名車」と言って良いだろう。僕らの世代も実際に乗っていたクルマで、実はウチの親父も、子供ができて家族が増えた・・・という事で、フェアレデーSP310(この頃はフェアレディとは言わなかった。。)を売って、スバル360をマイカーにした事もあった。 三座 フェアレデーSP310の初期型の謎に迫る!?: .http://carlife.carview.co.jp/User.asp?UserDiaryID=233502 皆さんが知っている「スバル360」って実は後期型しか知らないのではないだろうか? スバル360は、細かいマイナーチェンジを行いながら約12年にも長きに渡って作り続けられたのあった。 そんなスバル360の初期型を知らない・・というのも無理からぬ事だろう。 1958年、大学卒の初任給が「¥15,000-」の頃、ハナシによれば東京でのラーメン一杯が平均「¥30-」だった ...出典:徳小寺 無恒さん
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レオーネに始まり、レガシーで開花したワゴンというカテゴリー。 日本のワゴンの歴史は「ツーリングワゴン」というスバルが発したメッセージから本格的に始まったと言っても過言では無いだろう。 もちろん、それまでにも多くのメーカーやクルマ達が、ワゴンというジャンルにチャレンジしたが、スバルほど成功を収める事はできなかった。。。。 そんなスバルの歴史の中で。。。いや日本の国産車の歴史の中で燦然と光り輝いている一台のクルマがある。。。 そう、スバル360である。 どのメーカーも為し得ることのできなかった「国民車構想」に一番近い・・・と言われていたスバル360だが、その愛らしいエクステリアから「てんとう虫」というニックネームが付けられ、愛されていた事は多く語られているが、そのなかにワゴンの存在があった事は意外に知られていない事実である。。。 1958年、実はワゴンの発売前に「コマーシャル」という2シーターのモデルが発売された。 これは、単純にリヤのシートを廃止した意欲的なモデルであったが、もともとの形状がリヤからの荷物の出し入れ等に適している形状とは言えず、あまり人気が出ることは無か ...出典:徳小寺 無恒さん
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実は黎明期の日本では、なんと日本グランプリという大舞台でも軽自動車がサーキットを激走していたのだ。 第一回日本グランプリ(1963年)には、残念ながら馬力に勝るスズライトに惨敗し、スバルはリヴェンジに燃えた。 第1回日本GPではスズライトに辛酸を嘗める結果に ここで面白い事が重なっているとは思いませんか? 第一回日本GPではスカイライン勢が、やはり惨敗し第二回に向けてS54が開発されスカイライン神話の始まりだったのだが、もし、第一回GPでスバルが勝っていたら、もしかしたら、その後のレガシィやらインプレッサは登場していなかったかもしれない・・・(閑話休題) 画像は第二回日本GPのものだが、この時のドライヴァーがまた凄いものだ! マツダ・キャロルが片山義美、ズズキは望月修、それに対するスバルはなんと小関典幸がドライヴァーを勤めていたのだ! 強力にチューンされたエンジンと足回り、そして後世まで名を馳せる名ドライヴァーの手によって、スバルは第二回日本GPを制したのであった。 宿敵 スズライト、マツダ キャロル を撃破して第2回日本GPでワンツゥを決めた! 今でも軽 ...出典:徳小寺 無恒さん
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お昼休みに会社の周りを、季節の移ろいを感じながら歩くのが好きだ。 さくら坂 の桜の木々の移り変わりや、 六郷用水 の大きな魚達やカメなどの様子を眺めているだけで結構楽しいモノだ。 そんな昼下がりの散策で、ふと路地を一本入ると、今まで気付かなかった意外な景色に出くわしたりするモノだ。 ある昼下がり、悪戯心が又出て、いつもとは違う路地を一本入ったら・・・ なんだかユーモラスで、かわいい風景に遭遇した。 スバル360・・・ この駐車は彼でなければ決してできない停め方だろう。。。 いぜんブログした ハマー の巨大なボディゆえの迷惑な駐車に比べると、なんて可愛いのだろうか・・・ 真横に、ステップワゴン・・・(これも電柱や、それを支えるワイヤーの間隙をぬった際どい止め方だが)がいるが、ステップワゴンの車幅と同じくらいのスペースがあれば駐車できるとは、現代の大きなクルマばかりに慣れてしまった目には新鮮に映る・・・ そんなスバル360の真横を通り過ぎた時、なんだか彼が「まぁ、ゆっくりやりましょうや」と語りかけて来たような気がした・・・・・・ しばらく彼を時間を忘れて眺め ...出典:徳小寺 無恒さん
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以前、スバル360に「ワゴン」が有ったことをブログしたが、 先取 スバル360にワゴンがあったって知ってましたか? http://carlife.carview.co.jp/User.asp?UserDiaryID=180020 この「ワゴン」、つまり富士重工で言う「カスタム」も、よくもまぁ四人乗りのスペースはそのままに、「200Kg」近い積載能力をひねり出した、現代のスバルワゴンのルーツとも言えるモデルだが、その「カスタム」の以前に、さらに本格的な商用車「ヴァン」があったのだ。 そのクルマとは、商用と割り切って「2シーター」にするなど独創的で、「コマーシャル」と呼ばれる事となった「てんとう虫ファミリー」の一員なのだが、その外観はどうかと言えば、TOPの画像がその勇姿である。 2シータ化によって、そのコンパクトな外観とは裏腹な広大なラゲッヂスペースを捻り出していたのだが、元々リアエンジンのクルマ・・・ どうしても、そのリアにあるエンジンルームを超えて荷物の出し入れが必要となるために開口部の拡大が必要となったのだが、富士重工のエンジニアたちは、 ...出典:徳小寺 無恒さん
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