
色々な犯罪を見てきたけれど、まさか私がストーカーに遭って、更には拉致までされるとは思ってもみなかった。
「婦警さあん………そろそろ食べてよ…………お腹空いてるハズだよ………」
青年が私の口にサンドイッチを突きつける。私は顔をそむける。何度目だろうか。決して私が自ら口を開くことはないことを、この青年は理解できないのか?大体、今は婦警という呼び方はしない。
「ほら………ほらあ!!」
私の顔を細い手で掴み、私の口にサンドイッチをねじ込もうとする。私は抵抗する。口に入った分を吐き出し、青年の顔に吹き飛ばす。
「またそういうことするんだ………」
青年がスイッチを握る。私は身構えた。私の首にはめられたリングから電撃が走る。
「ぐっ、ううっ!」
声を出せば思う壺だ。私は身を捩らせ、堪える。しかし今回ばかりは、だいぶ青年の気に障ったのか、今までよりも長い。
「婦警さんが悪いんだ…………なんであの時みたいに優しくしてくれないんだよお…………」
青年が泣きそうな顔をする。泣きたいのはこちらだ。大体優しくした覚えもない。面識がない。しかし、悔しいが私も今度ばかりは限界の様だ。
「うあああああっっ!!」
口が開く。叫ぶ。体が跳ねる。気が遠くなった。
一週間程前か、気のせいか誰かに見られている気配は感じていた。そして、恐らく二日は経ったろうか。夜、一人で車で帰宅していた時、目の前に人が倒れているのを見つけた。注意深く近寄ると、後ろから襲われた。一人、二人と倒した直後、後頭部にかなり衝撃を受けた。恐らくバットかなにかで殴られたのだろう。よく死ななかったものだ。そして今。窓も時計もないので、昼なのか夜なのかも分からない。恐らく、二日は経っているだろう。私は身ぐるみ剥がされ、しかし素っ裸にひんむかれた状態ではなく、代わりに白い拘束具の様な服と、首に電撃を加えるリング状の装置をつけられていた。とても良い趣味とは言えない。そして時折姿を現すこの青年。細くてとても犯罪者には見えないが。しかし、この部屋一面には、私の写真がところ狭しと貼られていた。どうも私の隠れファンらしい。優しくされたとかいうのは、きっと写真やらなにやらを見てる内に、自分の世界でその気になったのだろう。私を拐った目的を聞いても、ただ私といたいだけらしい。これは厄介だ。
昼夜車を走らせ、無線が入る度に聞き入るが、関係のない情報や事件ばかりだ。女が行方不明になって二日。しかしまだ公開捜査にはならない。アイツのスープラが放置されていた場所からは手がかりは何も出なかった。その代わりに、俺の好物のスコーンと、血痕があった。
「係長………あの」
「なんだ」
「そろそろ、昼飯にでも………」
助手席の34が遠慮がちに声をかけてくる。そうか、もうそんな時間か。腹が減っては戦はできぬ。俺は直ぐに目に入ったファーストフード店に車を入れた。
女が、「気のせいか誰かに見られている気がする」と言ってきた時、俺は本気にしなかった。まさかこんなことになるとは。何年デカで飯を食っているのだろうか。この職業、恨まれることは山ほどある。
犯人め。タダで済むと思うな。
青年が、私の銃を弄くっている。間違って引き金を引かれてはたまらない。私は声をかけた。
「言っとくけど、それ、弾入ってるのよ。間違ったら大ケガするわよ」
青年は言った。
「知ってるよ。シグザウエルP230、32口径。婦警さんにはぴったりのピストルだね」
そう言って、安全装置を外しスライドを引くと、銃口をこちらに向けてくる。指はトリガーにかかってはいないが、非常に悪い気分だ。
「そろそろ帰してくれないかしら?あまり無断欠勤すると、ボーナスに響くわ」
「それは大丈夫だよ。だって、婦警さんはここで僕とずっと暮らすんだし、面倒は僕が見る。婦警さんはここにいてくれればいいんだ」
爽やかな笑顔だが言ってることはとんでもない。どうにかしなければ。
「僕は一目見た時から、婦警さんが好きになっちゃったんだ。ぶっちゃったのは悪かったけど、婦警さん強いからああでもしないと」
青年が近づいてきた。手は動かせないが、足ならなんとかなるので蹴りでも入れてやりたいが、その後がどうにもならない。
「あの女の子にしてたみたいに、僕も頭を撫でて欲しいなあ…」
あの女の子…?そういえば、小学生の女の子が落とし物を分署に届けに来て、たまたま私が預かって…。それも見ていたのか。そんな近くいたと思うとゾッとする。
「ねえ………撫でてくれる?」
青年が自分の顔を、私の顔に近づける。手には電撃首輪のスイッチ。
「少なくとも、この状態じゃ無理ね」
「婦警さんが暴れないって約束するなら、腕動かせる様にしてあげる」
「するわ」
「いや、嘘だね」
そう言って離れる青年。無茶苦茶だ。
「でも、いつか婦警さんは絶対僕の頭撫でてくれるよ」
そう言って青年は笑った。
「係長、ちょっと私のパソコン見て貰えますか?」
シノダが俺のデスクまで来て言った。俺はシノダのデスクまで行く。ゆうたろうがこちらを伺っている。権兵衛と34は捜査に出ている。近隣の署からの応援も含め、極秘に捜査本部が設置されていた。
「なんだ?」
「ある掲示板なんですけど……」
「俺はそういうのは分からん。何か見つけたのか?」
「名前は出てないんですが、恐らく女さんのことが書かれていると思われます」
「何っ」
シノダは椅子に座ると、パソコンを操作した。聞き耳を立てていたゆうたろうも寄ってきた。
「内容は、知り合いから高額のバイトをしないかと声をかけられ、手伝った。女を襲った。それは刑事だったと書かれています」
「警部補、こいつは……」
ゆうたろうが息を飲む。書き込まれた内容を読むと、犯行時の行動が書かれていた。当然場所等は書かれていなかったが、俺たちが推測していたのとほぼ同じだった。
「他に、画像があがってました。女さんの写真じゃないんですが…」
シノダが開いた画像は警察手帳と拳銃だった。手帳はバッジのみを写していた。銃はシグの様だった。女もこれと同じ物を持っている。
「…シノダ、本部に報告してくれ。そしてこれを書いた奴がどこのどいつか調べるんだ」
「はい」
「…婦警さん」
声をかけられ、ハッとした。迂闊だった。眠っていた様だ。さすがに飲まず食わずで電撃をくらっては体力の消耗も激しい。
「だいぶ疲れてるみたいだね」
「そうね、誰かのせいでね」
「だって、婦警さん何も食べてくれないんだもの」
確かにそれもそうだ。これ以上体力を消耗しては、抵抗する気力も起きなくなる。悔しいが、食事は受け入れることにした。薬でも盛られないことを祈ろう。しかし一切外からの音は聞こえない。防音がしっかりしているのだろうか。今何時で、ここは一体どこなのだろう……。
三日目の夕方。といっても、もうじき夜が来る。

今日は一人で捜査している。掲示板に書き込んだ奴の身元が割れ、朝早くからしょっぴいて聴取。ゆうたろうが締め上げてる。余程の意識がないと、人は不思議と秘密を喋りたがる。今回はそれに助けられた。
「「分署から分署17」」
無線で呼び出される。
「分署17、分署どうぞ」
「「ゆうたろうだ。女の居場所が分かったぞ」」
「何!」
その場所は、ある廃工場で分署からそう遠くない場所だった。舐められた物だ。
「「至急パトを向かわせ、包囲する」」
「そんな悠長なことをしてられるか」
「「落ち着け。準備するまで待つんだ!」」
「なんにしろ俺が一番槍だっ!」
俺は回転灯をルーフに放り、直6エンジンを唸らせた。
今回の食事に、やはり何か混ぜられていたらしい。どうも頭がぼやける。それに体がだるく、力が入らない。今までの言動から体を狙ってはいないと思っていたが、やはり腐っても男。目の前に女がいれば、手を出したくなるか。
「婦警さん、どお?頭の中、気持ちよくない?」
「………知らない…の…今は……婦警って言わないのよ……」
言い返してみるが、どうも呂律が回らない。青年は息をやや荒くして、私の体をなで回す。覚えてなさいよ。
その時だった。何かを壊す大きな音が聞こえた。今まで何も聞こえなかったこの部屋に初めて外部からの音が聞こえた。
「なんだ!?」
青年は慌てて部屋を出た。音の原因を確かめに行ったのだろう。
我ながら派手な登場の仕方だった。刑事ドラマ宜しく、サイレン鳴らして壁をぶち破って踊りこんだ。女が危険に晒されるとか車が傷つくといった思考は働かなかった。土埃が舞い上がり、それをヘッドライトと赤灯が照らす。車から下りると同時に銃を抜いた。女は、この内部に作られた部屋に囚われているとのことだ。パソコンの掲示板に書き込んだ男の供述によると、主犯が、バイト代をたんまりやるから手伝えと言ってきた。ある女を襲った。そしてここまで運んできた。所持品から刑事と分かった。主犯には隠れて銃とバッジの写真を撮り、つい面白半分でインターネットに投稿したのだという。俺は駆け足でその部屋まで来ると、思い切り足でノックした。
「警察だっ」
怒鳴る。しかしそこは無人であり、そして部屋一面には女の写真が貼られていた。
「来てよ!来るんだよ!」
襟元を掴み、私を引きずりあげようとする青年。しかしあまり筋力がないのか、かなり苦労している。まったく力を入れない大人は重い。片手には私の銃を持っていた。青年がようやく私を起こす。青年はいつも現れる方向とは別の方向に進んだ。隠し扉があった。そこから出る。通路の様だ。また扉を開ける。風を感じる。今度は外に出た様だ。暗く涼しい。そして暗闇の中で所々灯りが見える。どうやら夜の様だ。青年が私を引っ張る。足がもつれる。口の中に砂っぽい味が広がる。遠くから気のせいか、懐かしい音が幾重にも重なり聞こえる。サイレンだ。
「くそっくそっくそっくそっくそっ!!!」
青年が声を裏返す。先ほどの音と、そしてサイレンにかなり動揺している様だ。チャンスと感じた私はなんとか力を振り絞り青年の手から逃れると、
「だああああああああああ!!」
喉が壊れるかと思うような声を勢いに、渾身の回し蹴りを青年の顔面に食らわせた。青年共々地面に倒れる。受け身が取れず、かなりの衝撃を食らった。なんとか立ち上がろうとする。しかし、威力が不十分だったのか、青年の方が早く立ち上がった。土と鼻血でグロテスクになった顔は、怒りと悲しみが入り交じった様な顔だった。私の髪の毛を掴み、そして私の額に銃口を押し付ける。息がかなり荒い。汗と血が私の顔に落ちる。手が震え、銃も震えている。
その時、リボルバー独特の撃鉄を上げる音と、低く押さえた声が聞こえた。サイレンよりも懐かしく、そして心地良い声。
「警察だ。銃を捨てろ」
その声の主を青年は睨み、叫んだ。
「……………そうか、アンタか!アンタが…………!アンタさえいなけりゃ!アンタさえいなけりゃ婦警さんはさあああ!!!!」
私の髪を掴んでいた手が離され、私はまた地面に倒れた。
「銃を捨てろ。捨てれば、助けてやる」
「あああああああああの世に行けええええええええええええええええええええ!!!!!!」
銃声
「先に行ってろ」
銃声は44マグナムの重々しい音。そしてその声は、夜のベイエリアの灯りに照らされた、彼。私の上司でもあり、最も――――。
「大丈夫かっ」
抱き起こされる。
「………そい」
「…なに?」
「おそぉい……!」
まるで酔っぱらいが駄々を捏ねる様だ。呂律が回らないから仕方ない。彼は苦笑した。
「ああ、すまない。遅くなった」
「遅いわよぉ………!」
顔が歪む。痛みのせいじゃない。目が霞む。薬のせいじゃない。喉が震える。土埃のせいじゃない。悔しいけど、涙が出てきた。
「ああ、悪かった」
彼はただそう言って、私を強く抱き締めた。幾多のサイレンが夜を包んだ。
To next time