「若者の車離れ」などが原因で、自動車整備士を目指す若者が減っている。女性整備士の育成等を検討。
(アルファルファモザイク、2014年4月17日)
自動車整備士 不足のおそれ 国が対策に乗り出す
(ゆめ痛 -NEWS ALERT-、2014年4月18日)
クルマ離れの影響、整備士にも 目指す若者激減 高齢化も深刻
(同、2015年6月7日)
【愕然】 整備士の給料明細をご覧くださいwwwww ヤバイぞwwwwwwwww (画像あり)
(きゃっつあいニュース、2015年6月7日)
一昨日7日の夜、NHK総合の『プロフェッショナル 仕事の流儀』を視聴しました。
今週の内容は、「
第283回 一徹に直す、兄弟の工場 自動車整備士・小山明・博久」です。
番組を見ていると、実直な職人一家による、美談という印象を抱きます。
しかし自動車整備士の現実に関しては、一切触れていませんでした。
(恐らく、そこに触れたら爽やかな読後感など得られないから、敢えて取材しなかったのでしょうが)
「腕一本で食べていく」というと、確かに聞こえは良いです。
替えの利かない知識と技術と経験を身に付けるというのは、職人の世界であり、古来から日本人が様々な分野で得意としてきた仕事の方法です。
日本人は基本的に農耕民族であり、浅く広く適当に要領良くこなすよりは、一つのことに黙々と打ち込む仕事が、性に合っているのかも知れませんね(勿論、そうでない人もいますが)。
しかしその実態は、中々に過酷な様子。
冷暖房がなく、一年中シャッターを大きく開けっ放しにした工場(こうば)の中。
それ故夏は蒸し暑く、自分の汗が目に入って細かいものが見えず、直射日光を遮っているにも拘わらず気温だけで熱中症になりやすい。
真冬の吹雪でもシャッターを開けっ放しにし、しかし暖房はないので(ストーブはあっても気休め程度)、指先がかじかんで、氷のように冷たくなった金属製の工具がまともに持てない。
オイルの中に素手を突っ込むので、爪の中や皮膚の毛穴の奥の奥にまでオイルが入り込み、一生落ちない。
客にすれば家の次に高価な買い物なので、自ずと口煩いクレーマー気質が多くなる。
その割に専門知識を持っているわけではないので、頓珍漢な指示を出してみたり、整備士がプロの観点から良かれと思ってやった(或いは敢えてやらなかった)ことに対して、理不尽な怒り方をする。
純粋に目の前の整備だけに打ち込めるわけではなく、サービス業や接客業も、同時に務めなければならない。

職業柄、車好きな若者が多く入ってくるが、車好きを通り越して暴走族上がりもその分比例する。
その結果、体育会系の根性論と排他的な職人気質が化学反応を起こして、理不尽が横行する陰湿な世界。
パワハラ、モラハラ、セクハラ、当たり前。コンプライアンスなどどこ吹く風。
「職人の世界は一生修行」が社訓であり、会社はそれを都合良く捉え、修行中の身だからと嘯いて昇進も昇給もさせない。
命を預かる仕事であり、厳しい国家資格が必要であり、誰でもなれる職業ではない。
そんな重責にも拘わらず、信じがたい薄給。
僕も、試しにハローワークの求人票を覘いてみたのですが、働く環境が整っているホワイト企業だとばかり思っていたディーラー整備士でさえ、
基本給12~14万円。
プロとしての責任もプライドも、安く買い叩かれている現実を知り、ただただ愕然としました。

そんな現状を打破するためには、通常業務に加え、検査員や重機整備士や保険調査員や中古車査定士などの資格も取らなければならず、その激務たるや想像すらできません。
それで昇給に繋がると言っても雀の涙程度であり、にも拘わらず仕事量や責任は給料に見合わないほど重くなる一方。
どんなに死ぬ気で頑張っても、一般サラリーマンや公務員のようには決していかない。
しかも最近では、ハイブリッドカーやEV、PHEV、果ては燃料電池車も台頭してきました。
一般的な内燃機関以上に複雑怪奇であろうことは、素人目にも想像が付きます。
本来の機械整備だけでなく、電気工事士や、プログラマ、物理工学博士としての能力も、これからの時代は求められてくる。
・
【ビデオ】整備士が語る新番組 「パーツの交換がしづらいクルマ増えている!」
(autoblog、2013年9月6日)
その一方で、古典的なキャブレターエンジンを持ち込んでくる客も、またいるわけで。
振り幅の両極端たるや。
こんな激務、僕は不器用で要領が悪いので、一生掛かっても体得できそうにありません。

メディアは、「若者の車離れ」「若者の整備士離れ」と盛んに喧伝して、さも若者こそが悪いかのように謳っています。
そんな環境を作り出した大人の側の問題には、決して触れずに。
少子高齢化で只でさえ若者の数が少ないのに、自動車に興味を持つ人が少なくなってきており、将来有望な若者がいざ自動車に関係する仕事に就いても、業界全体がブラックすぎて心身が追い付いていかない。
これでは整備士を目指そうという若者が減るのは無理もありません。
専門職であり、国家資格であり、スキルを身に付けさえすれば、どこへ行っても一生食うに困らない。
「この会社が嫌いになったので、今日限りで辞めます」と言って本当に辞表を叩き付けて背を向ける、それが通用する数少ない職業。
それと引き換えに、そのスキルを、どこへ行っても安く買い叩かれる。
車が好きだという純粋な情熱、自分のやるべき仕事への責任、そういったものへ業界ぐるみで付け込んで。

よく、
「日本は頑張れば頑張っただけ見返りの多い、超絶イージーモード社会じゃねえか」
「それで仕事が大変だ、給料が安いなんて愚痴を零すのは、甘ったれ以外の何物でもない」
と言う人がいますが、そういう人に限って、こういう現実には決して目を向けようとしないのですよね。
或いは、
「そんなの、整備士なんて馬鹿な仕事を選んだそいつの自己責任じゃねえか」
「職業選択の自由があるのに、もっと割の良い職種に転職しなかった奴が馬鹿なだけなのさ」
と、論点をすり替えて言い逃れ。
だから僕は、そんなことを言う人を、全く信用していません。
幸いなことに、僕の地元のような田舎では車の需要が絶えず、その分車好きな若者がまだまだ一定数います。
僕の行き付けの工場にも、将来有望な若い人が、4名も入ってくれました。
それまでは定年退職間際の人材ばかりで、長いこと後継者問題で揺れていたのを知っているだけに、安泰です。
僕の愛車を
オーバーヒートから直してくれた整備士も、年齢こそ若いものの、キャリアが豊かで、会社でもそろそろ中堅としてのポジションであるようです。
僕も安心して、全てを任せられました。
若い人の仕事が、一番信頼できる。
冒頭の『プロフェッショナル』では、整備士がやりたいことと、客が望んでいることの乖離が、一部に見られました。
整備士としては、100%を超越した120%の仕上がりにしたい。
だがそれをやったら、整備ではなくレストアになる。
何より納期や、客の懐事情もあるので、次回車検時への宿題ということにして、当面は自分で自分を納得させるしかないと。
このような、それこそ偏執狂ともいえる、常軌を逸した完璧主義こそが、日本の「ものづくり」が海外から称賛されているのですね。
ジャパンブランドが世界中から一目置かれている理由が、そこにあります。
・日本人がアップルという企業に特別な感情を持つ大きな理由
(DARKNESS、2014年10月21日)
・多くの日本人が持っている「これ」が生き残るための武器だ
(同、2015年6月19日)
勿論、現実にはそれをしたくともできない場合のほうが多く、また客も全員が全員必ずしも望んでいるわけではなかったり、望んでいたとしても歯車が噛み合わない場合だってあるでしょう。
しかしこれもまた一種のサービスであり、ビジネスの枠を越えた仕事振りです。
こういうのも含めて、マニュアルでは決して身に付かない、日本の職人だけが先天的に持つ「おもてなしの心」なのでしょうね。
細工は流流仕上げを御覧じろ。
皆が皆、そうやって、やりすぎとも言える拘りを発揮するからこそ、日本の技術や品質は世界の頂点に君臨していられる。
整備士個人に対しても、客は尊敬の眼差しを絶やさない。

その代わり、ビジネスとしては、ブラック以外の何物でもないという二律背反。
「みんなのカーライフ」は、そんな名も無きプロフェッショナルたちに支えられているという事実を、改めて思い知らされた番組でした。
全ての整備士の皆様、有難うございます。