本格的な雪が来る前にもうひとつ済ませておきたいルート。
静岡中心部を流れる安倍川の上流、その支流の大谷川の源頭には日本三大崩れの
ひとつとされる「大谷崩れ」がある。
これは、「大谷嶺」2000mの南斜面が1707年(宝永4年)の大地震によってできた山体
崩壊で、今もなお崩落が続いている。
この「大谷嶺」へは、通常は大谷崩れの中心部にある「扇の要」と呼ばれる地点から
ガレ場を登り、山梨県境の「新窪乗越」と呼ばれる峠に上がり、尾根を東進して達する。
しかし、「大谷嶺」の南に位置する「新田」という村から山頂まで続く長い笹薮から急峻な
崩壊の縁を辿るもうひとつのルートがあり、「七人作りの尾根」と呼ばれている。
夏には、藪が濃くなりダニ、ブヨなどの害虫も多量に発生することから登山適期は11月
以降から雪が深くなる前までとされているが、静岡市民にとってはポピュラーな安倍奥
の山としては入山者が極めて少なく、この山域で最難関の尾根とされている。
概念図(多分、静岡市民でないと分からないでしょうが・・・)
詳細図
5:45 新田部落の稲荷神社が入山口。
ヘッドランプを点け急な植林帯を登ること1時間、標高1150m辺りで尾根に乗ると東の
空が明るくなる。
07:30 1358m「七人作り」の三角点。ようやく陽が射して来て緊張がほぐれる。
しかし、地図を落としたことに気付き、探しに戻って15分のロス。
先は長いのに無駄なことをした・・・。
この辺りでは尾根の東寄りのガレ縁を行く。
まだまだ笹薮にトレースもあり、朝日を浴びながら楽々と進む。
そして静岡の山ではお約束の「富嶽」が、今日の好天を約束してくれる。
標高が1500mを越した辺りから1766mのピークにかけて、尾根が広くなると同時に笹は
一挙に濃密さを増す。
更に、幾筋もの獣道が錯綜してルートは判然としなくなり、このルートの第一番目の難所
となる。
背丈を越える笹の中、獣になったつもりで藪の弱点を見つけ出し掻き分けていく。
09:40 1776mピークを越すと煩わしかった笹薮は急に勢いを失い、日影には数日前の
雪の名残りが・・・。
1776mから一旦下っていく途中にある1691mの三角点。
ガレの縁からはみ出しかけて谷側に傾き、もういつ落ちても不思議ではない状態だ。
ガレ縁からは、崩壊地の「扇の要」から「新窪乗越」へ至る一般ルートが見えた。
右手奥にあるはずの「大谷嶺」山頂部はまだ見えない。
そしてすぐ先には、次のピーク1912mの「鉢櫃山」(ハチビツヤマ)への狂ったような急な登りが
待っていた。
その第二の難関に備えて、急登の手前のコルで小休止。
ここは、東側に流れ落ちる「七段沢」と呼ばれる沢の源頭。
名前の通り滝を多くかける沢で、その昔厳冬期には凍結した滝でアイスクライミングを
楽しんだのも良い思い出だ。
しかし、過去にこの尾根に迷いこんだ2名の登山者が滑落して亡くなっていることもあり、
この山域では危険地帯として警戒されている。
さて、「鉢櫃山」への登り開始。
確かに登路として、この傾斜、この脆さは尋常ではなく、なかなかお目にかからない。
その脆い壁を越すと、今度は崩壊の縁に沿って枯れたブッシュを掻き分けて登る。
こんな登りがようやく見えた「鉢櫃山」山頂まで標高差で200m以上続く。
ガレ縁ギリギリの踏み跡、間違っても落ちるわけには・・・・。
登って来た危険地帯を振り返る。
あ~、ヤレヤレ。
11:00 ようやく「鉢櫃山」山頂着。
「大谷嶺」には昔から何度も登っているが、この山頂は初めて。
ようやく思いが叶った、昼飯を食べて大休止で眺めを楽しむ。
安倍奥の最高峰「山伏岳」、その円い山頂の左肩の向こうに見覚えのある山容が・・・。
おー!先日登ったばかりの「風イラズ」だ、ここから見えるとは知らなかった。
憧憬の尾根から憧憬の山を見る!
なんて幸せなひと時だろう。
そこから僅かに進むと、大谷崩れの最奥についに「大谷嶺」が姿を現した。
ここも一旦鞍部に下らされて、ここからまたもやガレ縁を伝っていく。
「大谷嶺」への登りから振り返る「鉢櫃山」、その右側には1776mピーク。
しばらく見えなかった富士山も再び顔を出した。
12:00 傾斜が緩み、低くなった笹原を行くと「大谷嶺」2000m山頂。
山頂南側には、死者が出て以来、一般登山者がこの「七人作りの尾根」に入らぬよう
ロープが張られている。
山頂の北西には、右奥に「白根三山」、左に「笊ガ岳」。
真北には、これも定番の「荒川」、「赤石」、「聖」の南部ビッグ3。
北西には、11月の初旬に辿った「大無限」から「大根沢山」が見える。
僅か1ケ月前のことなのにひどく懐かしい気がした。
バリエーションルートは、これで終了。
山頂からは、これから辿る崩壊地の真ん中を通る一般路が見える。
一般路は気楽だ。
何も考えずに道さえ追って行けば良い。
こんな素晴らしい天気だから、平日とは言え少しは登山者に出会うかと思ったが一人も
見かけない。
「扇の要」への下り口、「新窪乗越」に到着。
今日一日、楽しませてくれた1776mから「鉢櫃山」、そして「大谷嶺」へと続く稜線をもう
一度目に焼きつける。
ガレの急斜面、あっと言う間に乗越が遠ざかってしまった。
「扇の要」には、以前には無かった観光客向けらしい崩壊止め工事の説明看板やら
登山者向けの危険生物注意の物々しい看板が備え付けられていた。
もう一度振り返って、「大谷嶺」と「鉢櫃山」にお別れ。
かっては未舗装だった林道が、知らない内にエリーゼで走ってみたくなるような素敵な
ワインディングロードになっていた。
この林道を早足で約1時間、15:00に出発点の稲荷神社に帰着。
往復11時間くらいを予定していたが、思ったより早く下ることが出来たので顔馴染みの
元祖「しぞぉーかおでん屋」に立ち寄る。
鉄砲をやっていたおでん屋のオヤジからその昔、「七人作りの尾根」の1600m付近の
平坦部で沢山の鹿を撃った話を真っ黒なおでんを食べながら聞いて今日はお終い。