ようやく普通に動かせるようになったので、余計な心配をせずドゥカティらしい走りを楽しめるように、タイミングベルトの点検をします。
現車は「専門店」での車検取得とのことだったので、当初は大丈夫だろうと後回しにしていましたが、他の箇所の状態からして確認しないと落ち着かないので、良い機会と思います。
タイミングベルトはそう易々と切れるものではありませんが、異音など事前の兆候があるとは限らず、ベルト切れやコマ飛びなど破損が起きると即エンジン停止(状況により後輪ロック)の重大トラブルなので、コーナリング中など場面によっては命にかかわる事態となります。
仮に事故にならなかったとしてもエンジンを降ろし、少なくとも破損した側のシリンダーより上を取り外し、内燃機加工を含めた広範囲の部品交換(=大出費)が必要な大修理になってしまうので、整備履歴不明の車両や長期不動車は一番初めに点検を行うのが良いと思います。
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【テンショナーベアリングの点検】
ベルトカバーを外して、まず確認すべきはテンショナーベアリングが正常かどうか。
ベアリングの回りに引っ掛かりがあったり、動きが渋い場合は、迷わず交換しなくてはいけません。
上の写真で見えている、4か所のベアリングです。
●当方が見たタイミングベルト切れの事例では、テンショナーベアリングが完全固着していました。
ベルト周りに多量の鉄粉が付着していて、固着したベアリングにより摩耗してベルト切れに至ったようでした。
既にエンジンは分解されていましたが、バルブは曲がり、燃焼室もピストンも傷が入っていて、もしかするとロッカーアームやシリンダー内壁など他の部品にも異常が及んでいたのかもしれません。
【タイミングベルトの点検】
現車はDUCATI純正のタイミングベルトが使われていました。テンショナーの調整代が少なくなっているので、それなりの長期間、調整されながら使われているようです。
ベルト背面のメーカーロゴプリントは消えたりかすれたりしておらず、周囲にベルトの削り粉なども付着していないので、摩耗は少ないと判断して、今回は調整にとどめることにします。
【タイミングベルトの張り点検・調整】
まず初めにスパークプラグを取り外し、エンジン右側クランクケースカバーのふたを外し、専用工具のクランクシャフトハンドルを取り付けてクランクシャフトを回しますが、無ければ5速か6速にギヤを入れ、リヤタイヤを回しても良いかも。
●各部のタイミングマークを合わせ、Oバンク側のベルトテンションを確認します。
合わせマークの位置は年代・機種によって違うようですので、メーカー資料で確認してください。
現車の場合は(緑で着色しました)、
①Oバンク側の背面側ベルトカバーの突起とタイミングプーリーのケガキ線
②Vバンク側の背面側ベルトカバーの突起と、タイミングプーリーのケガキ線。
③クランクケース側のタイミングプーリーと、右側クランクケースカバーの合いマーク。
以上のマークを合わせた状態が、Oバンク側の圧縮上死点=両バルブが完全に閉じている状態です。この状態でOバンクのベルト張力を確認します。
●当時のメーカー資料ではばねばかりのような専用工具で規定のテンションを掛けた状態で調整用ボルトを締め付けるよう指示されていますが、
現代のベルトテンション調整の基準は、ベルトを指で弾いて、その振動をマイクロフォンで拾い測定し、基準値の周波数であればOK、ということになっていて、スマートフォンにアプリケーションをダウンロードして測定できるそうです(弦楽器の調弦(チューニング)と同じ原理です)。
目安としては、調整機能のない側のテンショナーベアリングとベルトの間のクリアランスで調整します。
↑機種や年代によってベルトの歯形や種類が異なり、社外の出版物では目安数値はいろいろありますが、現車の場合は対辺5mmのアレンキーが通り、対辺6mmでは通らない程度に、調整機能のある側のテンショナーベアリングで調整してみました。
※後日振動周波数を測定して追記します。
●Oバンクを調整し終えたら、クランクシャフトを正方向(タイヤの回転と同じ方向)に270度回転させVバンクの圧縮上死点に合わせ、同様にしてVバンク側タイミングベルトのテンションを点検・調整します。現車では両バンクとも調整し直しました。
●ベルトにもプーリーとの合わせマークと回転方向を書いておきます。
クランクケース側タイミングプーリーシャフトは、クランクシャフトに駆動されるギヤで1/2の回転速度に減速されているので、クランクシャフトとは逆回転で、プーリーはシリンダーヘッド側と同径、同じ回転速度になっています。
●作業後、テンショナーの締付をしっかり確認の上、ベルト周辺に異物(外したねじやワッシャー、使った工具など)がないかよく確認します。
履歴不明の中古車の場合、見覚えのないねじなどが存在しているかもしれません(笑)
他の車両では、ベルトカバー内に、コガネムシかゲンゴロウのような虫が入り込んでいた(すでに絶命)こともありました。
ベルトカバーを取り外した状態での使用は、メカニズムが露出して格好いいですが、粗忽者の筆者はやめておきます。
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【調整後の試運転】
恐る恐るスターターボタンを押すと、何事もなかったかのようにエンジンが始動。
一定速度での走行中の振動が減っていて、僅かとはいえベルトの伸び=各気筒のタイミングのずれが補正された結果と思います。
750F1所有時代はタイミング周りを自ら整備したことがなかったので、漠然と苦手意識を持っていましたが、実際に触ってみると構造も複雑ではなく、こまめに点検すべきと思った次第。
【考察・私見・余談】
●外寸小型化のため四輪用に比べてタイミングプーリー径が小さく、且つSOHCゆえヘッド側のベルト曲率がきつく、曲がり角度も急なのでベルトへの負荷も大きいようにも思えるが、
バルブスプリングの負荷が非常に少ないデスモドロミックの場合、エンジン回転に伴うベルトテンションの変動は少ないので、特に空冷Vツインの場合、構造を簡素化でき、軽量なタイミングベルトとの相性は良いと思われる。
国産車ではホンダのGL1000系くらいしか採用例はないと思われ、メインテナンスフリー(フールプルーフ)よりも、定期的整備を要しても独自の優位性を信じ選択していた、よき時代のイタリア高性能車らしい割り切りを筆者は好ましいと思う。
●チェーンやギヤ、プッシュロッドを用いてカムシャフト駆動するエンジンの場合、内部のタイミング系メカニズムの空間が(ピストン下降に伴う空気の移動による)クランクケース内圧やオイルリターンの通路として機能しているが、
タイミングベルトやベベルギヤでカムシャフトを駆動するドゥカティの場合、クランクケース内圧はヘッド側に逃がせないので、排出部分のリードバルブやスパイラルで油気分離し、積極的に内圧をエンジン外部に逃がすような構造になっている。
●アルミ製エンジンの熱膨張を考慮したベルトテンション調整値
純正タイミングプーリーは鉄製で重量があるが、社外品の軽量アルミプーリーは温間時の熱膨張が大きいので、それを考慮したテンション(温間時の純正プーリーのテンションに合わせる等)に調整する必要があると思われる。
●カムシャフト駆動タイミング系はクランクシャフトと逆回転していて、若干ではあってもクランクシャフト回転反力による加減速時の荷重移動(ピッチングモーション)を軽減し、良好な操縦性に寄与していると思われる。
●余談ながら、以前所有していた750F1は初期100番台で、軽量な樹脂製プーリーが使われていたが、割れる可能性があるとのことで、エンジンオーバーホール時に鉄製に交換した。
●350~750㏄のパンタ系クランクケースの車両は、ベルトの歯が角形だが、900~1000の強化型クランクケースの車両はベルトの歯が丸形になっていて、より抵抗が少なく、強く張れる(=タイミングが遅れず正確になる)ようになっているそうだ。
タイミングベルトやテンショナー等部品供給には問題はないことを記し、一人でも多くの方にドゥカティVツインの楽しさにふれていただければ、設計者タリオーニ技師に大きなリスペクトを抱く愛好者としては幸甚至極である。