
年金事務所での用事を済ませて、次のミッションへ。
この場所へ来たので、もう少し広電で宇品方面へ向かうことにしました。
電停は「宇品三丁目」、一つ行き過ぎました。
二丁目の電停まで戻りましたが、目的地の「広島市郷土資料館」の目印が見つからない。
宇品御幸二丁目で電停から西へ300メートルのはず。
ひたすら歩くと、看板が見えました。
んん、これでは県外の方は行きにくい。
(地元広島人の私も判りづらかったのですが。)

入り口。

正面玄関です。
赤煉瓦の建物です。
広島市運営のようで入館料は100円。
直ぐに目に入るのは戦前の広島市の模型。
3 X 3メートルはあるのでは。
各産業地域が判るようになっています。
旧地図を見ると、広島陸軍被服支廠(ひふくししょう)が載っていました。
場所を聞くと、出汐。この時期、徒歩はきつい。
ここは次回に。
常設展示を見ます。
大正・昭和初期の広島市の産業機器(手作業の道具)が展示されています。
「この世界の片隅に」でも記載されているのですが、はやり広島市南方面では海苔の生産がされていたようです。
実は、今回の目的はこれ。
海苔養殖に使っていた道具が展示、貴重な収穫です。

こんな展示も。
黄金橋が無い時代(昭和30年代)には舟で渡っていた写真が。
今では考えられません。
広島市は七つの川がありますが、江戸時代まで橋としては九つだけだったらしいのです。
戦に備えて敵からの侵入を防ぐため、橋の数を制限していたとか。
江戸時代初期、福島正則が河川工事をして一部を広島城の堀にして・・・・、これで広島城を追い出され。幕府は旧豊臣方を色々と・・・・。

昭和30年代頃の展示と言うことですが、
広島は田舎ですので、昭和42年ぐらいまではこんな感じでした。
まだ、経済的には恵まれた家庭ですね。

正面玄関を通り抜けると、公園のようになっています。

裏玄関です。
そろそも戻ることに。
広電電停の宇品二丁目へ。
300メートル以上歩いた気がします。

広島駅にて。
私が乗った比治山下経由広島駅行き電車です。
また、宇品へ向かう電車です。

広島駅南口の噴水です。

広島駅南口にはこのような石碑があります。
被爆当時の広島駅の写真です。

南口より東の方向。
旧商店街は壊されていました。
現在、工事中です。
駅ビルに入って、

6Fより撮影。
南口正面も工事中です。
せっかくですので自由通路を通り、北口へ出ます。
しかし、この自由通路がまた、判り難い。
北口に出ると、またまた工事中。
しかし、ふと見ると、

めいぷるスカイでは。
初めて見ました。確かにルーフが無い。
ガイドさんにお客さんの何か説明していました。
一度、乗ってみなければ。
しかし、暑い一日でした。
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Posted at
2014/08/13 20:15:00