福岡城(福岡市中央区)
黒田長政が築いた福岡藩52万石の居城・福岡城
2008年09月10日
福岡城は、黒田長政により築かれた城です。
慶長5(1600)年、黒田孝高・長政父子は関ヶ原の戦いの功績により豊前国中津16万石から、一躍筑前一国52万石を得て名島城に入城しました。
しかし、名島城の城下は手狭なことから、那珂郡警固村福崎に新城を築くことになり、長政の設計の元、野口一成を普請奉行に命じました。慶長6(1601)年には築城が開始され、7年後の慶長12(1607)年に竣工しました。城の名は黒田氏の故地である備前国邑久郡福岡に由来します。
梯郭式の平山城で、南側に赤坂山から伸びる丘陵を切断して堀を切り、北側は潟を埋め立てて城下町とし、西側は湾入する入江(草ヶ江)を利用して堀とし、東側は那珂川まで中堀(紺屋町堀)、そして佐賀鍋島藩の助力を得て掘削された肥前堀を連結しました。
城内は天守台、本丸、二の丸、三の丸の4層に分かれ、潮見櫓、花見櫓をはじめとする47の櫓が設置されていました。天守は未だに存否が確定せず、不明です。
そして、幕末まで福岡黒田氏の居城でしたが、明治後城跡は県庁に使用され、その後陸軍が駐屯し、多聞櫓など一部を除き、大半の建物が解体や払い下げにより失われました。
しかし、祈念櫓、多聞櫓、潮見櫓などの櫓、旧母里太兵衛邸長屋門などの建造物が残っています。天守台などの石垣も見事です。
平成18(2006)年日本100名城に選定されました。
H20.9.5
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H26.9.15(写真差し替え〕
住所: 福岡県福岡市中央区城内
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