備中高松城(岡山市北区)
羽柴秀吉による水攻めで名高い備中高松城
2006年01月12日
備中高松城は、築城時期は不明ですが、三村氏の家臣石川氏が築城した城です。
三村氏滅亡後は、清水宗治が城主となりました。
天正10(1582)年、羽柴秀吉により高松城の攻略戦が始まりました。毛利氏も救援に赴き、攻城戦は持久戦となったため、5月になり、黒田官兵衛の献策もあり、水攻めが開始されました。城は水没しましたが、6月2日に本能寺の変が起こったため、秀吉はその事実を秘匿し、毛利氏と和睦を結びました。6月4日、城兵の命と引き替えに清水宗治は切腹しました。
その後、宇喜多氏の家老花房氏が入城しました。花房氏は内紛により関ヶ原の戦いの前に宇喜多氏から離れ東軍についたため、戦後は旗本になり、高松城に陣屋を構えました。その後、備中国阿曽に陣屋を構えたため、高松城は廃城となりました。
現在は城址公園となっています。清水宗治の首塚は本丸にあり、お墓は城(本丸跡)から約100m東に行った所にあります。
平成29(2017)年、続日本100名城(171番)に選定されました。
資料館もあり、地元ボランティアの方が丁寧に説明してくれます。
岡山自動車道 岡山総社ICから2.5km
※高松城址公園資料館
開館時間 10:00~15:00
入館料 無料
休館日 月曜
H14.4.28
Photo Canon EOS 30D
H18.7.1(写真差し替え)
住所: 岡山市北区高松
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