延慶寺(天草市・旧本渡市)
木山弾正の妻の逸話で知られる兜梅がある延慶寺
2011年10月02日
延慶寺は、山号は大敬山、浄土真宗の寺院です。
天正17(1589)年11月25日、加藤・小西の連合軍に十重二十重と取り囲まれた本戸城は、はや落城の寸前かと見えました。
その時、城門さっと押開いて躍り出た、2、30騎の騎馬武者の一隊がありました。その先頭にたっているのは、まぎれもなく豪勇無双を以って鳴り響いた木山弾正その人です。弾正の率いる騎馬武者の一団は、敵陣の中に切り込み当たるを幸い薙倒しました。とある梅の木の側に寄った時、梅の小枝に兜の錣をからませ、身動きとれず遂に討死しました。
首級を挙げて見ると、弾正ではなく、緑の黒髪を流した弾正の奥方お京の方であったといわれています。
つき従う騎馬武者も皆戦死したが、何れもうら若い娘氏軍でした。数日前、志岐の佛木坂の戦で敵将加藤清正ととの一騎討ちに敗れた夫の弔い合戦にと、夫の鎧兜を身につけね戦国武将の妻の心意気を示したものです。
木山弾正は肥後木山の城主で、本戸城主天草種元とは姻戚関係にあるため、木山城落城の後本戸城に合流していたと云われています。
この兜梅は司馬遼太郎氏も「街道をゆく・島原・天草の諸道」で訪れ、「白梅にはチリ紙のように薄っぺらい白さのものが多いが、ここの梅の花は、花弁の肉質があつく、白さに生命が厚っぽく籠っているような感じがする。ともかくもこういう梅の木も花も見たことがなく、おそらく今後も見ることがないのではないかと思われた。」と絶賛しています。
(説明看板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H23.9.17
住所: 熊本県天草市浜崎町12−6
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