大山寺(大山町)
大山寺は、山号は角磐山、天台宗別格本山の寺院です。
養老2(718)年、出雲玉造の人、依道という人により山が開かれました。依道は、狼を追いかけて深山に踏み入ったところ金色の狼を追って大山山中に入ると、地蔵尊が現れて猟師のつがえた矢を止め、狼は老尼の姿に変ったといいます。尼僧にさとされた依道は出家し、「金蓮上人」となりました。
平安時代、村上天皇より大山権現(地蔵権現)を大智明菩薩とする詔が下され、御本尊を本殿権現社(現在の大神山神社奥宮)に祀り大智明権現というようになりました。
慈覚大師は、顕密両教と共に「引声阿弥陀経」の秘曲を伝えられました。当山の行者はこれに帰依し、修験道から天台宗に列しました。
承安元(1171)年、火災により本尊を始め諸堂も焼失してしまいました。その頃、近くの長者原に一大勢力を持っていた紀成盛が御堂を再建し、金銅の地蔵尊及び鉄製厨子が奉納され再興されました。
元弘3(1333)年、当山の別当職にあった信濃坊源盛は兄名和長年が後醍醐天皇を奉じて船上山に立てこもった際、兄の義挙を助け当山の僧兵七百余騎をしたがえて船上山に馳せ参じて戦いました。
戦国時代には尼子氏、毛利氏、吉川氏などの尊崇を集めましたが、戦乱により寺運も衰退しました。
慶長年間、豪円僧正が座主となり寺運の挽回を計り、江戸幕府により三千石の寺領を得、次いで寛永7(1630)年からは代々宮様が座主につかれるようになりました。
明治初年の神仏分離令により、座主北白川宮能久親王も時の流れにはどうする事も出来ず大山寺の御本尊を御祀りしてあった本殿を、明治8(1875)年大神山神社に引渡して、大日堂に移し祀らねばならなくなりました。
寺運が衰退しているなか、明治36(1903)年に大山寺の号が復活しました。
昭和3(1928)年には4度の火災に遭い、昭和26(1951)年にようやく再建されました。
拝観期間 4/1~11/30
拝観時間 午前9時~午後4時
※その他の期間も参拝出来ますが、宝物館「霊宝閣」は12/1~3/31の間は休館です。
基本志納額 大人300円 小人200円
Photo SONY NEX-7
H25.7.26
住所: 鳥取県西伯郡大山町大山9
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