由佐城(高松市・旧香南町)
現在は高松市香南歴史民俗郷土館となっている由佐城
2015年11月23日

建武3(1336)年足利尊氏に従って京都東寺で戦死した益子下野守顕助の子弥次郎秀助が、阿波屋形細川頼春に従って四国に渡り、父の功績により讃岐国香川郡井原荘を賜り、姓は由佐と改め由佐に屋敷を構えたのが由佐城の始まりです。
城は東は香東川、南に沼地の多い自然を巧みに利用した要塞で、天正11(1583)年長宗我部元親軍が攻め入ったが容易に落城せず、和議を申し出たほどでした。
由佐家には「由佐家文書」が残されており、当時の由佐城を記す「由佐城絵図」には、「上之城」「下之城」「安部晴明墟」などの記述があります。
昔から由佐家では、水・火・盗難を封じた陰陽師「安部晴明」の練石を神庫に収め、その石を祀って災難を防いだといわれています。
天正13(1585)年、豊臣秀吉の四国平定に伴い讃岐は仙石秀久が統治することとなり、由佐家もその配下に属し九州平定の軍に参陣しました。このときの敗戦の責任を取らされた仙石秀久に代わって讃岐の領主となった尾藤知宣にも従ったとされています。尾藤知宣も程なくして讃岐の領主を免ぜられ、領主の地位は生駒親正に受け継がれます。由佐家は生駒家に属し、文禄・慶長の役と2回朝鮮に出陣しました。その戦功により500石の禄を与えられました。
天下分け目の戦いといわれた関が原の合戦には、東軍として戦った生駒一正に従い戦功を立てました。
その後、生駒氏が讃岐から出羽国矢島(今の秋田県由利本荘市)に移された後は、土地の豪農として、香南地域で大きな勢力を保ち、明治時代を迎えています。
由佐家の居宅とした屋敷内には、内堀、土塁跡を見ることができました。
高松市香南歴史民族郷土館(模擬天守)は、その由佐城跡に建築されたものであり、庭園内には、現在も土塁跡が残されています。
郷土館の風貌は、現存する最古の天守閣を持つ福井県の丸岡城をモデルに建てられており、館内には歴史展示室・民俗展示室・図書室を備え地域の歴史を知ることができ、本格的なお茶室の拵えのある研修室もあります。
(現地説明板などより)
高松市香南歴史民俗郷土館
開館時間 9:00〜17:00(ただし、入館は16:30まで)
入館料 無料
休館日 月曜日(休日に当る場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H27.9.12
住所: 香川県高松市香南町由佐253番地1
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