天霧城(善通寺市・三豊市〔旧三野町〕・多度津町)
香川氏の詰城で国指定史跡・天霧城
2015年12月23日
天霧城は、弥谷寺の北東1キロ余りにある天霧山に築かれた香川氏の山城です。
中世の城郭は、有事に対しての備えを持った在地の武将の居館等を含めると、その数は香川県下だけでも400箇所近くが確認されています。
その中で天霧城は、その自然地形を巧みに利用した規模の雄大さといい、実践的な確かな縄張りといい、いかにも要害堅固であり、陸海どの方向の動向にも十分に対応できるという、地理的な好条件も備えた四国屈指の山城といえます。
香川氏は、相模国香川荘出身の鎌倉権五郎の末裔といわれており14世紀後半に讃岐の守護細川氏に従って入部しました。そして、西讃岐の要衝である多度津・本台山(現在の桃陵公園付近)に常の居館を構えました。
その後、西讃岐守護代の地位を得た香川氏が、有事に備えた詰めの城が天霧城です。本台山から天霧城までは直線で3km程、また、中世山城の基本的構造である「守るに易く攻めるに難い」という理想的な山城でした。
香川氏が天霧城を築城した天霧山は、善通寺市・三豊市・多度津町と境を接し、瀬戸内海に臨む弥谷山系の北東部に一段高まる山塊です。弥谷山(標高382m)から天霧山(381m)にかけての山頂部には、数か所に高まりがあります。また、山の周囲は急崖急坂の斜面で、全山が自然の要害地形を形成しています。
天霧城跡の縄張り造作の形式は、戦国時代末期頃(16世紀後半頃)に該当しますが、東方尾根の調査では、出土遺物等から15~16世紀に築造されていたことが判明しています。これは短期(一時期)の築造ではなく、必要に応じて徐々に拡張・増強されたことを示しています。
平成2(1990)年5月16日、国の史跡に指定されています。
(現地説明板などより)
城跡は弥谷寺から登りました。その他にも登山道はあるようです。
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H27.9.12
住所: 香川県善通寺市吉原町・仲多度郡多度津町大字奥白方・三豊市三野町大見
関連リンク
タグ
地図
関連情報