弁天山古墳(富津市)
竪穴式石室が保存されている弁天山古墳
2017年08月03日
弁天山古墳は、岩瀬川と小久保川に挟まれた丘陵の西端にあり、南西向きにつくられた前方後円墳で、浦賀水道を眼前にしています。
山砂を盛り上げて造ったこの墳丘は、明治初年にはその原型を失っていましたが、築造時の規模は全長87.5m、後円部径50m、前方部幅54.5m、後円部の高さ7.5m前後と推定されています。葺石はありませんが 二段に構築され埴輪がめぐらされていました。周溝は幅の広い楯形のものが推定されています。
主体部は後円部中央に築かれた竪穴式石室で、昭和2(1927)年に発掘調査されています。長さ4.9m、幅96cmの石室は、周囲に砂石の河原石を積み、板石を天井石としたもので、その中央の一枚には両小口に各一個の「縄掛突起」があります。
石室の天井石に「縄掛突起」のつけられている例はわずかに大和地方の古式古墳に見られるだけで珍しく、学界でも注目されています。
石室内には、玉砂利を敷き、木棺を納めていたと思われますが、昭和2(1927)年の調査の折、直刀、剣、鏃、甲冑等の武器や武具類が発掘されました。
この古墳の築造年代は、鋲留短甲等の鉄製武具類、あるいは古式な埴輪、竪穴式石室の形状等から、西暦5世紀の後半頃と考えられます。ここから北方4.5kmに存在する大型の前方後円墳である内裏塚古墳(全長141m)と前後して築造されたものと推定され、小糸川流域を中心に展開した須恵国の豪族の墓と考えられています。
後円部墳頂に建物で覆われて保存されています。
なお、昭和50(1975)年度より4年間に、本古墳の保存整備事業として、盛土による墳丘の保存及び覆屋による石室保護工事を実施しました。
昭和4(1929)年12月、国の史跡に指定されました。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H29.7.13
住所: 千葉県富津市小久保
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