南北朝時代の宗良親王、香坂高宗ゆかりの城であり、桜の撮影スポットになっている大草城
2018年05月17日
大草城は宗良親王ゆかりの城と伝えられ、南北朝時代(1334~1392)大河原(下伊那郡大鹿村)において宗良親王を守護した、大河原城主香坂高宗の重要な拠点であり、以後代々香坂氏の居城であったといわれています。
宗良親王は後醍醐天皇の第8皇子で征東将軍に任ぜられ、南朝の荘園であった遠江から天竜川の東側を北上し、越後・越中にまで兵を進め3年余を送ったが、興国4(1343)年(興国5年ともいわれる)に大河原の地に入り、それから30余年の間この地を本拠とし、北朝方の幕府分と戦い南朝方の勢力挽回のため奔走しました。
親王を守護した香坂高宗は佐久の滋野氏の分流で、大河原への進出は平安時代末期と推定されます。大草城は南北朝時代この地にあって、天竜川を挟んだ北朝方の船山城(片切氏)や飯島城(飯島氏)の諸族と対峙した、軍事的にも経済的にも大変重要な城であったといわれます。
昭和60(1985)年から公園整備が行われ、桜の植栽も行われました。大草城址公園内には「染井吉野」「江戸彼岸桜」など、開花期の違う10種類以上の桜が計200本以上植えられており、長い期間桜を楽しめます。また、中央アルプスの残雪を背景とした桜の風景は素晴らしく、カメラマンの人気撮影スポットです。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
H30.4.7
住所: 長野県上伊那郡中川村大草