「氷の神」を祀る、我が国でも大変珍しい神社・氷室神社
2023年02月20日
氷室神社の祭神は、現在、闘鶏稲置大山主命(つげいなぎ)・大鷦鷯命(おおささぎ)・額田大中彦命となっていますが、昔から「氷の神」を祀る、我が国でも大変珍しい神社として有名です。
昔、冷蔵庫のなかった時代、冬に池で氷をつくり、山に掘った穴に埋め、夏に取り出して使いました。その氷を埋めた穴を氷室といいます。その氷室を守るための神社が、氷室神社です。
奈良東部山間地一帯は、古代には古代、この地域は「闘鶏(つげ)」・「都祀(つげ)」の国と呼ばれていました。皇族が狩猟をする地でしたが、氷を夏場に朝廷へ献上する土地でもありました。日本書記によると、「仁徳天皇六十二年額田大中彦皇子が、闘鶏に狩りしたとき、野中に粗末な小屋を見つけ、従者を使わして調べさせると、ムロだという。そこでこの土地を治めていた闘鶏稲置をよんで尋ねると、氷室であると答え、その氷室の役割を説明した。皇子はその氷室の氷を、持ち帰り天皇に献上した。以後、夏になるとこの地の氷室から、氷を天皇に献上することになった。」とのことです。
氷室神社の三柱の御祭神はこの由来によるものです。
明治維新の動乱で古文書類がほとんど散逸しており、詳細なことは分かりませんが、社伝によると、允恭天皇の時(430年)の創祀と伝えられています。
氷を献上するに至った起源として、仁徳天皇62年条に、額田大中彦皇子が闘鶏で猟をした際、氷室の存在を知ったことが始まりと「日本書紀」には書かれています。
氷室神社が皇室への氷献上と深く関わり、祀られた神社であることがよくわかります。
この他にも、奈良の春日氷室神社をはじめ、京都などいくつかの氷室神社があります。毎年7月1日に催される、「献氷祭」は、むかし、旧暦の6月1日に氷が献上されたのに因んだものです。秋祭りには、氷室神社から、氷室跡のある御霊神社跡にお渡りの行列などがあり、両大祭には、遠くは東海地方の製氷業者や冷凍業者等の参拝もあります。
平安時代には清原氏が氷室を管理していましたが、戦国時代はこの地を治めていた福住氏(福住宗職)が管理し、この神社の神職も務めていました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R5.2.7
住所: 奈良県天理市福住町1841