金森御坊を中心とした寺内町を城郭とした金森城〔金ヶ森城〕
2023年07月10日
金森(かねがもり)城は、現在の守山市金森町にあった浄土真宗の道場を中心とした寺内町に、東西方向に流れる境川など複数の河川を利用して濠を巡らせた城郭だったと推定されています。
かつては竹藪の中に土塁が残されていましたが、現在は宅地化が進んだため、金森集落の南側にある「城ノ下)」という小字名が残されていますが、城跡の遺構等はあまり残っていないようです。
本願寺第八世宗主蓮如は、寛正6(1465)年に山門の攻撃で京都大谷本願寺を破却されその後の一時期、金森に滞在して布教活動の拠点にしていました。
それから約100年後、織田信長が近江国に侵攻してくると、湖南地域の真宗門徒たちは大坂本願寺から発せられた反信長の檄文に応え、金森城と三宅城を拠点として信長軍に抵抗しました。
しかし、信長は一揆に内通しないことを誓う起請文を周囲の村々に提出させるなどの方法で金森、三宅両城を孤立させ、元亀3(1572)年7月に戦いを最終的に終結させました。
金森御坊の境内には「懸所宝塔」と呼ばれる国重要文化財があります。
懸所宝塔は石造宝塔で、国指定の重要文化財です。
高さ3.83mの鎌倉時代の作品で、江戸時代に近所から移されたといわれています。
門が閉まっており、境内を見学することはできませんでした。
Photo Apple iPhone 13 PRO
R5.6.25
住所: 滋賀県守山市金森町756